月の魔女と楽園の錬金術師
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第一章 月の楽園
第0話 プロローグ
――月には魔女の暮らす国がある。
古今東西、月には様々な逸話があるが、そんな噂が囁かれるようになったのは
どうして、そのような噂が広まるようになったのか?
その話を語る前に、まずは三十二年前に起きた〝災害〟について話をしなければならないだろう。
――西暦2020年の夏。それは突然として人々の前に現れた。
世界六カ所で同時に、何の前触れもなく十キロメートル四方の空間が消失し、その中心部に巨大な〝穴〟のようなものが出現したのだ。
凡そ十万人が建物や地形ごと消失するという大事件に世界は悲しみと驚きに包まれ、国による調査が行われることになった。
しかし、
「ダメです。様々な方法で調査を試みましたが、どの計測機器も一切反応がありません」
「光を一切通さない穴か……。一体なにが起きているのだ」
国からの要請を受けた研究者や軍による調査が行われるも穴の正体は分からないまま時間だけが過ぎ、事件発生から五日目の夜に事態は急変する。現場に残された穴から、生存は絶望的と思われていた被害者の一人が姿を現したのだ。
生存者の名はアレックス・テイラー。
アメリカ、フロリダ州に住む三十六歳の男性であった。
そして、被害者からもたらされた情報に世界は驚きに包まれることになる。
穴の向こう側は、『ダンジョン』と呼ばれる迷宮へと通じていたのだ。
◆
ダンジョンには侵入者に対して攻撃的な生命体――通称モンスターが徘徊していた。ダンジョンの奥へと進むほど徘徊するモンスターは強力になり、最初の方は効果があった銃火器も段々と通用しなくなっていった。
モンスターに攻撃が通用しないことから調査は難航し犠牲者が出始めた頃、思いもしなかったところから解決の糸口が見つかる。ダンジョンに取り込まれ、帰還した人々の中から魔法のような力に目覚める人々が現れたのだ。
後に〈スキル〉と呼ばれるようになるこの力は検証の結果、モンスターを銃などの近代兵器以外の武器。例えば、剣や槍と言った武器で殺すことで得られることが判明する。
しかし、モンスターを殺すことで得られるスキルは一つだけ。それもどう言ったスキルを得られるかは人それぞれで役に立たないスキルも少なくなく、実戦に使える戦闘向きのスキルを得られる人は全体の二割ほどであった。
そんななか、ダンジョン内で不思議な輝きを放つ石が発見される。モンスターを倒すことで得られる赤い石は『魔石』と名付けられ、国の研究機関の調査でエネルギー資源として活用できることが判明したのだ。
新たな資源の発見に世界が湧き立つ中、ダンジョンからは他にも様々な資源や鉱物が見つかり、遂には〝
中層以降で稀に発見される〝スキル〟を宿した強力な魔導具。荷物を大量に収納できるマジックバッグや、ありとあらゆる怪我を治す霊薬など、スキルを持たない人間であっても使える魔法のアイテムが注目を集め、これまで様子を見ていた各国の経済界からダンジョンの開放を求める声が出始めたのだ。
十九世紀後半に起きたゴールドラッシュを彷彿とさせる熱気に、マスコミも『新時代の到来』と連日テレビやネットでダンジョンの開放を求めるキャンペーンを打ち出し、ダンジョンの出現から十年――人々が世界の変化に順応し始めた頃、『世界探索協会』の設立が発表された。
◆
国家主導で行われてきたダンジョン調査だが、研究が進むにつれて魔石の利用価値は日に日に高まっていった。
しかし、モンスターを倒したからと言って有用なスキルに目覚める者は少ない。実戦に使えるスキルに覚醒する者は全体の二割ほどで、軍人だけで増え続ける魔石の需要を満たすことは困難になっていた。
そのため、経済界の意見を取り入れながら協議が行われ、自国にダンジョンのある
ギルドの設立を急いだ理由に〈スキル〉が抱える問題もあった。
戦闘向きのスキルを持っているか否かでダンジョン攻略の効率は大きく変わるが、モンスターを殺せると言うことは人の命も簡単に奪える力と言うことだ。強力なスキルに目覚めた者は近代兵器を遥かに凌ぐ力を得ることすらあり、そんな危険な力を国としては放って置くことなど出来ない。
犯罪者がそうしたスキルに目覚めた場合、国の治安組織で取り締まることが難しくなる可能性があるからだ。
ダンジョンの民間への開放に十年もの歳月が掛かったのは、問題に対処できるだけの戦力を予め確保するための時間が必要だったからだとも言われている。国家の治安と秩序を維持するためにも、危険なスキルは管理が必要だと国が考えるのは自然な流れであった。
そこで、モンスターを殺さなければスキルは得られないのだから、それなら免許制にしてしまえばいい。ダンジョンに入るにはギルドに加入する必要があり、そうすることでスキル所持者の把握と管理を行おうと国は考えた訳だ。
そうして設立されたのが、世界探索協会――〝ギルド〟であった。
滑り出しは順調……と言って良いのか分からないが、多少の問題は起きつつもギルドの存在は社会に浸透し、そこで働く人々――〝探索者〟の存在も世間に認知されていった。
そんななかギルドの発足から二年。
アメリカの天文台が、月にダンジョンと思しき巨大な穴を発見したのだ。
――地球以外の惑星にもダンジョンが存在する。
月のダンジョンの発見は世界に大きな衝撃を与えた。
しかし、月にあるダンジョンをどうやって攻略するのか?
そもそも探索者を月に送り込もうにも、現代の技術では安全性やコストの問題から現実的とは言えない。とはいえ、見つけてしまったものを何も対応しないと言う訳にもいかず、ロケットによる調査が行われることになった。
入念な準備の下、アメリカ主導で進められた計画。
世界中の人々が固唾を呑んで見守る中、月へと向けて調査用の無人ロケットが発射された。
しかし、その結果は――月へと到達する前にロケットは反応を消失。
原因不明のままロケットは二度打ち上げられたが、いずれも成功することはなかった。
それから一ヶ月ほど経ってからのことだ。
ロストしたはずのロケットと共に〝魔女〟が人類の前に姿を現したのは――
◆
ホワイトハウスの敷地に横たわったロケットの上に一人の女が立っていた。
膝下まで届く銀白色の髪に深い黄金の瞳。陶器のように透き通った白い肌と人形のように均整の取れた顔立ち。クラシカルな〝メイド服〟に身を包んだ絶世の美女は、銃口を向けて自身を取り囲む治安部隊を一睨みして、
「この国の代表者に伝えなさい。月の使者が会談を求めていると――」
大統領との面会を要求したのだ。
すぐに情報統制が敷かれ、どのような話し合いが行われたのか詳しいことは分かっていないが、月の調査計画をアメリカが中止したことから様々な憶測が飛び交うことになる。
そうして囁かれるようになったのが――
――月には魔女の暮らす国がある
と言う噂であった。
それからしばらくして〝魔法のアイテム〟が市場に流通し始める。
ダンジョン産ではなく人の手で作られた回復薬を始めとする魔法のアイテムが――
ダンジョンの出現から三十二年。
ダンジョンが日常の一部となり、探索者が職業の一つとして浸透した時代。
物語は動き始める。
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