月の魔女と楽園の錬金術師

193@毎朝7時更新!

第一章 月の楽園

第0話 プロローグ※改稿済み

 ――月には魔女の暮らす国がある。


 古今東西、月には様々な逸話がある。だが、その御伽話が現実のものとなり、真実味を帯びて囁かれるようになったのは、今から三十二年前に起きた一つの〝災害〟に端を発する。


 西暦2020年、夏。それは突如として世界を穿った。

 何の前触れもなく、世界六カ所で同時に十キロメートル四方の空間が消失。その中心には、巨大な〝あな〟が口を開けていた。

 建物も、地形も、そこにいた人々も……すべてが跡形もなく失われた。

 約十万人が日常ごと消え去ったこの大事件に、世界は悲嘆と混乱に包まれ、各国は直ちに合同調査を開始した。

 しかし、


「ダメです。様々な方法で調査を試みましたが、どの計測機器も一切反応がありません」

「光を一切通さない穴か……。一体なにが起きているのだ」


 最先端の技術と精鋭が投入されたにもかかわらず、得られた情報はゼロ。

 あらゆるセンサーが沈黙し、まるで空間そのものが人類の介入を拒絶しているかのようだった。

 調査は暗礁に乗り上げ、無為な時間だけが過ぎていった。


 しかし、事件発生から五日目の夜、事態は急変する。

 現場に残された穴から、生存は絶望的とされた被災者の一人が姿を現したのだ。

 生存者の名は、アレックス・テイラー。アメリカ合衆国フロリダ州に住む三十六歳の男性。

 彼の口から語られた内容は、世界中を震撼させた。

 ――穴の向こうは、『ダンジョン』と呼ばれる迷宮に繋がっている、と。



  ◆



 ダンジョンには、侵入者に牙を剥く生命体――通称〝モンスター〟が徘徊していた。

 通路の奥へと進むほどにモンスターは凶暴さを増し、当初は有効だった銃火器も次第に意味をなさなくなった。

 調査は難航し、犠牲者が増え始めた頃、思わぬところから光明が差す。ダンジョンから生還した人々の中から、〝魔法〟としか言いようのない力に目覚める者たちが現れたのだ。


 後に〈スキル〉と呼ばれるこの力は、モンスターを剣や槍といった原始的な武器で倒すことで覚醒することが判明する。

 しかし、スキルは一人につき一つしか得られず、その多くは戦闘に不向きなものだった。実戦で役立つ力を手にできたのは、全体の二割にも満たなかった。

 そんな中、ダンジョン内で不思議な輝きを放つ赤い石――〈魔石〉が発見される。高密度のエネルギーを秘めた新たな資源の可能性に世界が湧き立つと、その後も未知の鉱物や資源が次々と発見された。

 そして遂には、スキルを宿した強力な魔導具〈古代遺物アーティファクト〉の発見が、世界の熱狂を決定的なものにする。荷物を大量に収納できる〈魔法の鞄マジックバッグ〉や、あらゆる怪我を治す霊薬など、スキルを持たない者でも使える魔法のアイテムは、人々の価値観を根底から覆した。

 十九世紀のゴールドラッシュを彷彿とさせる熱気に、マスコミは『新時代の到来』と連日報じ、テレビやネットを通じてキャンペーンを展開。各国企業も政府にダンジョンの開放を迫り始める。

 こうして、ダンジョン出現から十年後。世界が新たな価値観に適応し始めた頃、国際組織『世界探索者協会』――通称〈ギルド〉が設立されることとなる。



  ◆



 スキルの力は、時に近代兵器すら凌駕した。その力がもし、人間に向けられたら――

 この懸念は、新たな社会システムの構築を余儀なくした。

 スキル保持者を管理下に置くため、発足された組織。それが〈ギルド〉である。

 ギルドへの登録を義務化し、探索の成果を申告させることで、スキル保持者は〈探索者〉という正式な職業として社会に位置付けられた。組織内には戦闘技術を学ぶ訓練課程や階級制度も整備され、ダンジョンは〝未知の災害〟から〝管理された資源地〟へと、その認識を変えていったのだ。


 ギルド設立から二年後、世界の変革はさらに加速する。

 各国の思惑と企業の利害が一致して規制が緩和されると、〝探索者向け〟の市場が爆発的に拡大。探索許可証ギルドカードさえあれば誰もが探索用の装備を手に入れられるようになり、スポンサー契約を結んでスターダムにのし上がる探索者も現れた。

 新たな職業、新たな産業、新たな経済の柱。人々はダンジョンを〝日常〟として受け入れ始めていた。

 そして、それから更に二年が過ぎた頃――月面での〝異常〟が、初めて観測される。



  ◆



 ダンジョン出現から十二年。アメリカの天文台が、月面に地球のものと酷似した巨大な〝孔〟を発見した。

 人類は真相を求め、無人探査機を打ち上げる。しかし、探査機は月の軌道に入る前にことごとく消息を絶った。

 墜落の痕跡すら残さず、まるで月がすべてを呑み込んだかのように。

 科学者たちは、月にもダンジョンが発生した可能性を指摘したが、確かめる術はないまま議論は膠着し、時間だけが流れていった。


 そして、事件は起こる。


 二機目の探査機が行方不明になってから、六日後。

 その残骸が、突如としてホワイトハウスの中庭に出現したのだ。

 厳戒態勢が敷かれる中、人々は目撃する。残骸の上に静かに佇む、〝人型の存在〟を。

 月光を弾く銀白色の髪に、吸い込まれるような黄金の瞳。クラシカルなエプロンドレスを纏ったその姿は、御伽話から抜け出した〝魔女〟そのものだった。


「この国の代表者に伝えなさい。月の使者が会談を求めていると――」


 魔女を名乗る女性は抵抗する素振りも見せず、政府による極秘の交渉が始まった。

 会談の内容が明かされることはなかった。マスコミの追及に、政府は沈黙を貫いた。

 しかし、その日を境に世界には確かな変化が起こる。

 市場にダンジョン産のものとは異なる魔法のアイテムが出回るようになったのだ。

 人の手で作られた回復薬や魔導具の流通。アメリカが月の調査を断念したこと。

 それらの事実から憶測が飛び交い、人々の間で一つの噂が囁かれるようになった。


 ――〝月には魔女の暮らす国がある〟と。


 だが、世界の人々はまだ知らない。

 その国に、ダンジョンが出現したあの日から、引き籠もっている一人の〝日本人〟がいるということを――

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