この中に嘘つきがいます
1
この中に嘘つきがいます。僕は
2
僕とワイさんと最近バイトとして入った
僕らの他には2組のお客さんがいた。1組は30代ぐらいの夫婦。主人はタートルネックの似合う
「僕さん。右側の女性、可愛くないですか?」と黒音が僕に話しかけて来た。
「そうかな?僕は隣の奥さんの方がすごく綺麗に見えるけど」
「げっ、熟女好きですか。趣味が合いませんね」
「酒も飲めないキッズには少し苦味が強いかな」
「黙れマザコン」
黒音が僕に悪態を着く横で、ワイさんも恋バナに混ざりたいのかソワソワと貧乏ゆすりをしながら僕らの方を見ている。黒音はそれを無視した。
そんな中、場面は急転した。どこからか白い煙が溢れて来たのだ。煙は一気に部屋を包み込み、僕らの視界を鈍くした。すると、ガタンッと音を立てて、部屋の電気が消えた。これで完全に見えなくなってしまったのだ。
「火事!?火事なの!?出口は!?!」と、隣の女性グループの焦った声と悲鳴が余計に僕らをパニック状態にさせる。
「ぐわっ。お、おい!なにすんだ!やめろおおおおおおおおお」と、男性の低く掠れた悲鳴が突如と部屋に響いた。女性2人はそれに上乗せするようにさらに悲鳴を上げる。そんな中、黒音とワイさんは冷静に机の下に避難していた。そして、ワイさんは「換気扇をつけるんご!」とマスターに指示を出すと、マスターは物を倒してぶつかりながら、なんとか換気扇を点けた。どうやら、煙は引いていったらしい。そして、ワイさんはマスターにスマホのライトを渡すと、ブレーカーの元まで行って部屋の電気を取り戻させた。ガラス瓶やグラスが倒れた店内はお酒や飲み物でビショビショだった。それに、服や肌も少し濡れている。僕らは光に慣れるために一度目を
「キャーーーーー!!!!」という耳の痛くなる悲鳴がした。僕は耳を押さえながら携帯を取り出して急いで警察に通報をした。そして、辺りをじっくりと見渡す。床には色とりどりの飲み物が散っており、カーペットの色を変色させている。そして、テーブルの中央の席には血のついたナイフが置かれていた。黒音が可愛いと言っていた女性の元にあった。全員の視線が彼女に集まる。
「違う。私じゃない!!」
彼女はボロボロと涙を
「VIP共、落ちつくんや」と、ワイさんが名刺を出しながら言った。そこには会社の名前とワイさんの職業が書かれてある。探偵。その2文字の眩しさが僕らの救いになるようで自然と心が落ち着いていった。
「犯人はこの中におるやで。1人1人、話しを聞かせてくれんか?」
僕は息を飲んだ。この中に犯人がいる。
3
1.妻の証言
「正直、まだ気が動転しています。主人が殺されたのですから」
「電気が消えた瞬間は主人の指示に従って机の下で伏せてました。ハンカチで鼻を押さながら、片手で四つん這い?になっていました」
「殺された瞬間に気づいたことですか?周囲の人達もパニックになっていて、音だけでは何とも...。ただ、主人が私の頭に触れた感触がありました。ゴツゴツとした手と婚約指輪が頭で擦れて少し痛かったです」
2.右側に座っていた女性の証言
「本当に、私は殺してません。信じてください。あのとき、私は友達に体を寄せていました。1人だと怖かったのです。証拠ならあります。実際に彼女に聞いてみてください」
3.左側に座っていた女性の証言
「事件が起きたとき、友達が私に寄って来ました。そのとき、私は壁にもたれていたので、2人で身を寄せていました。え?あそこの席の奥さん?さあ?事件時に何をしていたかだなんて、わからないです」
5.マスターの証言
「私はこの調理場から動いていません。この調理スペースから出るには裏の休憩スペースにまでいく必要があります。ただ、あの暗闇の中でそちらに移るのは不可能です。事件時は煙を吸わないように体勢を低くしていました」
僕たちはある程度の証言をまとめ終えると、部屋の捜査を続けた。まず、あの煙の中でなぜ、火災報知器が鳴らなかったのかだ。僕は天井に取り付けられた火災報知器を確認した。
「その火災報知器は定温式やな。
「じゃあ、あの煙は一体何だったの?」と黒音が尋ねる。
「あの煙はおそらく水蒸気やな。ワイや黒音ちゃんの服や顔も水でびしょびしょやから、たぶん無害な
「それであの煙で火災報知器が鳴らなかったのね」
なるほど。納得がいく。だとすると、犯人はかなり用意周到にこの事件を起こしたのだな。
次に、僕たちはご主人の死体を確認するために顔を
3
「あなたが殺したんでしょう」と奥さんが容疑をかけられている女性に話しかけた。その目は
「違う!犯人なら、わざわざ自分の手元にナイフを残さないでしょう!あなたの方こそ、私の近くに座ってたのだから、ナイフをこっそり私の席まで持ってきたのでしょう!」
「何を言うの!私が主人を殺すわけないでしょう!」
「ワイの推理を聞いて欲しいんや。やがその前に、今回の事件について軽く説明するやで。今回の被害者は
中央の女性の顔が
「ではない。死因は
一同の視線が一気にワイさんに戻った。ロープ?カーペットについた血液やナイフがあるのに、なぜロープで殺したことになるのだ?それに、ロープで殺された外傷なんてなかったはずだ。
「ほんまにナイフで殺したのなら、電気が戻ったあとに返り血でバレるやろ。だったら、ロープで首を絞める。不幸にもご主人の着ていたタートルネックが原因でその外傷には気づかん人も多かったはずや。つまり、ナイフは犯人による意図的なミスリードや」
僕は被害者の服の首元をめくった。たしかに、絞められたような痕が残っている。
「さて、次に犯人を
「その狭い通路に寄りかかっていた証拠はないじゃない!」と奥さんが突っかかって来たが、ワイさんは落ち着いて反論する。
「あの煙は水蒸気やった。つまり、この2人が壁に寄りかかっていた部分は水蒸気で濡れていないはずや」とワイさんは言いながら、彼女達の座る
「旦那さんが殺された事件。犯人はあんたや」
その場の全員が
「マスター。あんたやろ?」
黒音が「えっ!」と声を漏らす。被害者の妻が犯人だと思っていたのだろう。しかし、被害者の妻が犯人だと、説明がつかない要素がいくつかあるのだ。
「奥さんの持つ小さいブランド物のバッグにナイフもロープも入らんやろ。それに、目が見えん状態での現場で、女性があの短時間で男性の首を絞めるだけの腕力はないはずや」
この事件は短期決戦だった。手際良く人を殺すための訓練とそれを隠すためのトリックが用いられている。人を素早く殺すには、奥さんのその細い腕では力不足なのだ。
「では、どうして私が犯人なのですか?」とマスターは冷や汗1つも落とさずに尋ねる。
「まず、この店がおかしいんや。普通の飲食店は消防法の決まりで消化器を設置しとかんといけんはずなのに、この部屋の四隅には綺麗に何もない。それに、法律上飲食店はウールなどの燃えやすい素材のカーテンやカーペットを使ってはいけないんや。それなのにここの床はモフモフしすぎやないか?ここは、本当は飲食店でも何でもない、ただの空きテナントやろ?そして、何よりも怪しいのはアンタがいる調理場や。オーナーは普通は食い逃げなどの防止のためにいつでもカウンターから出れるように別の出口があるはずや。わざわざ裏を通って出てこんやろ。アンタの証言は嘘やな?」
ワイさんが言い終わると、マスターは小さく笑いながら首を振った。楽しんでいるようだった。
「証拠はあるんですか?探偵さん?」
「ある。男性の刺された傷の場所や。男性の刺された右肩は四つん這いになっていると、かなり刺しにくい場所にある。しかし、アンタの言う通り、調理場から客席に出てくるような別の出口は一見無いようにも思える。けれど、見えんだけであったんや。アンタや夫婦のように四つん這いになったら見える、テーブルの下に人が1人通れるぐらいの小さな引き戸や。アンタはこの引き戸を通って主人を刺し、首を絞めて殺害した。そうやろ?」
「ハッハッハ」と、マスターは笑いながらワイさんに反論した。
「その推理は面白いが、少しズレている。右肩を下の引き戸から刺すことは不可能だろう。夫が四つん這いになったとき、右肩は壁側にあるはずだ。下の引き戸から刺すと、左肩に刺さるはずだ」
「いや。それは違うやで。旦那さんは右肩をテーブルの方に向けていたはずや」
「なぜ、それが言いきれる」
「旦那さんは死ぬ直前に奥さんの頭を撫でていた。手のひらが奥さんの方に向いているということは、旦那さんの右肩もテーブル側にあったということやで」
「そんなわけがないだろう!コイツは一目散に逃げるために...」
「最後まで、愛する人を守りたかったんやないか?」
奥さんは、静かに涙を落とした。左手で目を拭う。キラキラと光る
「1人にしないでよ。ばか...」
4
事件の次の日、
「どうしたのですか?」
「それがな。昨日ワイの胸ポケットに名刺が入っとったんや」
ワイさんがその名刺を取り出した。
有限会社 クローン人材派遣
コードネーム キツネ
と、書かれてある。世間一般的に聞き覚えのない会社と人物の名前だった。僕は首を傾げた。
「昨日の事件な。犯人の動機は人を殺してみたかったとからしいんや。そんな動機であんな大掛かりな場所の確保とかも大変やろう。やったら、大きな組織が裏にいた可能性も0じゃないんやろうなって」
ワイさんが腕を組んで深く考え込んでいた。これから、ワイさんの名前が知れ渡るにつれて、どんどんと敵対する相手も大きくなっていくのかもしれない。僕はいつまで彼のそばで共に戦い続けれるだろうか。そんな不安があの名刺には詰まっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます