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 バリーの運転する車はとあるビルの駐車場へと入っていくと、彼は駐車場の白線が描かれていない場所に車を停める。すると、ガコン……とアスファルトの地面が沈みエレベーターのように車が下へと運ばれて行く。それを見てエリーは煙草をふかしながら苦笑いを浮かべた。


「相変わらずのセキュリティ、どうせアタシ達が指名手配された時も警察なんかにゃ見つかってねぇんだろ?」


「当然だ、あの場所に続く経路を知ってるのは俺とエリー、メイちゃん、最後に姉さんしかいないからな。それに運転手をしてる俺でさえ知らないルートもあるって話だ。それこそ姉さん専用のルートみたいなやつがな。」


「はっ、どれだけ自分の存在を秘匿したいんだか。」


 そんな会話をしていると、車は最下層に行きついた。バリーは証明に照らされた道を進み、見えてきた施設のような場所の横に併設されているガレージへと車を停めた。車からエリーとメイの二人が降りると、それに続くようにバリーも車を降りて施設のような建物の内部へとつながる扉の横へと立った。


「久しぶりの再会だ、姉さんも張り切って待ってるぜエリー?」


「ったく、久しぶりの再会ぐれぇ穏便にできねぇのかよ。」


 煙草を咥えながらエリーは片手に先ほど使ったハンドガンを構え、もう片方の手にはナイフを構える。


「メイは下がってな、ちょっくら暇持て余してるお袋と戯れてくるわ。」


 そしてメイがバリーのいるところまで下がったのを確認すると、エリーは扉を豪快に蹴りぬいた。それと同時に露になった一本道の廊下の奥からキラリと何かが鈍く光る。


(投げナイフね。)


 正確に急所を狙って放たれたそれをエリーは片手のナイフで弾く。弾かれたナイフが勢いを失って床に落ちていくのを一瞬目で追ったエリーは、三本のうちの一本が何か細工されたものだと気づくが、その瞬間には落下しているナイフから煙幕が放出された。


「っ!!便利なナイフだな!!」


「あはっ♪でっしょ~?」


 一瞬視界を失ったエリーの真下から声がしたと思えば、彼女の眼前をナイフが通り過ぎていく。


 煙幕の中からバックステップで勢いよく飛び出たエリーは容赦なくその中へと向かって銃弾を放つが、手ごたえがないことに顔をしかめる。


「ちっ!!」


「うんうん、日本こっちにいた時よりも動きに無駄が無くなってる。戦場で洗練されたかな?」


 煙幕の中から悠々と姿を現したのはエリーやメイよりもはるかに幼い容姿の女の子。容姿だけで見れば10代前半にも見て取れるような少女へと向かって、エリーは吐き捨てるように言った。


「久しぶりに帰ってきたに向かってずいぶんな歓迎じゃねぇか!」


「久しぶりだからこそ、母親っていうものは娘の成長が気になるものさ。」


 エリーの前でにこやかにほほ笑むこの少女は、エリーの母親。子供であるエリーよりもはるかに幼く、あどけなく見えるが実年齢は遥かにエリーやメイよりも上である。本人曰く体が全く成長しない病気なのだとか……。その真相は実の娘であるエリーですらも知らない謎に包まれている。


「それにしてもエリーはひどいなぁ、お母さんに向かってさっきって言ったよね?」


 リースは少し悲しそうな表情を浮かべると、足元に転がっていたナイフを足で蹴って宙に浮かせ逆手に持った。

 そしてエリーが一瞬瞬きした瞬間、一歩で彼女との間合いをゼロにした。


「~~~っ!?」


「お母さんはそんな風に暴言を吐く子に育てた覚えはないぞ~?」


 完全に不意を突かれ間合いに侵入されたエリーは、ナイフによる近距離格闘戦を試みすぐに反撃に出るが、ナイフを持った手を動かそうとしたとき、銃を握っていた反対の手に強い衝撃と鈍い痛みが走る。


「ぐっ……。」


 銃を持っていたほうの手首にリースの回し蹴りから放たれた踵がめり込み、エリーは銃を落としてしまう。


 それをすかさずリースは蹴り飛ばすと、エリーの銃は外で二人を待っていたバリーとメイのもとまで転がっていく。


「銃は没収だよ、ここからはナイフでやろうかエリー?」


「はっ、しゃらくせぇなぁ!!」


 残ったナイフの切っ先をリースへとむけると、エリーはナイフの持ち手についたボタンを押した。するとナイフの刃が射出されリースの顔へと向かって放たれる。


「お?」


 射出されたナイフがリースに届くと同時にリースは体を後ろにのけぞらせた。ナイフが当たって倒れたのかと思われたが、すぐにそうではないことが発覚する。


あうほろなるほどひゅへつはふひゃいふスペツナズナイフ。」


 のけぞった体を元に戻したリースの口には先ほど射出されたナイフが咥えられていた。彼女はそれをふっと吐き出すと、エリーへと視線を向ける。


「今のタイミングで受け止めんのかよ。」


 半ば呆れながらそうぼやいたエリーに、くすくすと笑いながらリースは言葉を返す。


「ま、最初からナイフには細工があるって思ってやってるからね。さてと、いよいよじゃあ小細工なしでやろっかぁ!!」


 そしてリースはエリーへと向かって手にしていた二本のナイフを投げた。それと同時にエリーへと再び急接近。


「上等……っ!!」


 刃が無くなったナイフを投げ捨て、エリーは拳を構える。


「ふっ!!」


 無駄のない動きでリースの顔面を撃ち抜こうと拳を振るうエリーだが、その拳はリースの残像を貫いただけで終わる。拳を放った後隙にリースは伸びきったエリーの腕に手をかけ、服を掴むと背中をエリーの腹部に密着させた。


「ほい一本背負い~。」


 その体勢からエリーは豪快に一本背負いされるが、投げられている途中で強引に体勢を変えたエリーは地面に打ち付けられることなく両足を地につけた。


「捕まえたァッ!!」


「おぉ!」


 リースに掴まれた腕を逆に掴み返し、得意の超至近距離でのファイトに持ち込もうとするが……。


「甘い甘い、小手返しぃ〜。」


 クイッとリースが掴まれた腕を横に捻ると、エリーの体が簡単に床に転がされる。


「くっ……そがっ!…………っ!!」


 エリーが起き上がるよりも前に、スコン……と彼女の顔の横スレスレにナイフが突き刺さる。


「はいっ、今回もお母さんの勝ち〜。まだまだだね♪」


 クスクスと笑って勝ちを宣言したリースはくるりとエリーに背を向けると、バリーとメイを迎えるために歩いていくだった。

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