腐りかけの果実

しゃむしぇる

プロローグ

プロローグ第一話


 1610年5月14日


 この日、フランス国民に衝撃を走らせる事件が起こる。しかしその事件の裏側で……世界をも揺るがす事件も静かに起こっていた。




 1610年5月14日、現フランス国王であるアンリ4世は娘であるルイスの見聞を広めるべく馬車で街の中を歩こうとしていた。


 好奇心旺盛なルイスは、その好奇心を自分自身で抑えることができず、危ないことをしでかすこともしばしば、そんな彼女は今日は庭園に落ちていた奇妙な形の石ころに興味を抱いていた。

 国王アンリ4世とともに出かけるまでに暇な時間、その石ころと見つめ合っていた彼女は、石ころの下で何かがもぞもぞと動いていることに気が付く。


「何かいる?潰されてるのかな?まってて今助けるから!!」


 そして彼女がその石ころをどかすと、その下に圧し潰されていたのは小さな蝙蝠だった。もちろん好奇心旺盛な彼女はそれを両手で拾い上げてしまう。


「大丈夫かな?ねぇ?ねぇ?」


 ツンツンと蝙蝠の口元をルイスがつつくと、あろうことか蝙蝠はルイスの指先に噛みついてきたのだ。


「イタッ!!」


 ぶんと振り払うように蝙蝠を地面にたたきつけると、ピクリとも動かなくなってしまう。そして日光がその蝙蝠の体に当たると、蝙蝠の体が灰になってしまった。


「??」


 首をかしげながらルイスは噛みつかれた自分の指を見てみるが血は出ていないようだった。


「なんだったんだろ。」


 その疑問が解決する前に彼女の肩にポンと手が置かれた。


「どうかしたかいルイス?」


「あ、パパ!!」


「そろそろ行こうか、馬車の準備もできているよ。」


「うん!!」


 彼女を迎えに来たのはアンリ4世。ルイスの父親であり、現フランス国王である。彼はルイスの手を取り、馬車へと向かうとそこには何人もの護衛と豪華な馬車、そして屈強な馬が待っていた。厳戒態勢の中、アンリ4世よりも先にルイスが馬車に乗り込む。


 そしてアンリ4世も馬車へと乗ろうとしたその時だった。


「待たせたねルイッ………ス。ゴフッ。」


「パパ?」


 馬車に乗ろうとした彼の胸から突然剣が生えたのだ。血を吐いて前のめりに倒れ込んだアンリ4世を呆然とルイスが眺めていると、彼女が乗る馬車に全身に返り血を浴び、狂気的な笑みを顔に張り付けた何者かがアンリ4世を踏みつけながら乗り込んできた。


「ひっ……。」


「イヒヒ、裏切者にハァ……裁きをォォォォォォォッ!!」


 その言葉と同時に振り下ろされた凶刃はルイスの右の肺を貫いた。


「あ゛っ……。」


 ボロボロと涙を流し、肺を貫かれた苦しさで声にならならない声を上げる彼女だったが、そんな彼女に容赦なくもう一度凶刃は振るわれた。


「偉大なるカトリックを信仰しろォォォォッ!!」


「いっぎ!?」


 今度は腹部、じんわりと白いドレスを溢れ出した自分の血が赤く染めていく。しかし、今度彼女を襲ったのは痛みではなく、体の奥から湧き上がるような熱さ。


 これ以上苦痛を味わいたくない。その一心でルイスは叫ぶ。


「もうやめっ……てっ!!」


 彼女が手を横に薙ぐと馬車を破壊しながら、狂人が外へと吹き飛んでいった。自分でも何が起こったのかわからずにいると、自分の体から溢れ出していた血が流れを変えて体の中へと戻っていくのが目に入る。そして傷口までもが何事もなかったかの状にふさがってしまった。肺を貫かれた苦しささえも、きれいさっぱり無くなっている。


 傷が無くなったと同時に湧き上がってきたのは目の前で父親を殺された憎しみ……ではなく、父親が流している血液に対する異常なまでの食欲。

 その食欲の赴くまま父親が流した血を人差し指ですくって口に運ぶと、甘美な味わいが彼女の口いっぱいに広がり、それと同時に幼かった彼女の体が異常な速度で成長していく。


「おい……しい。どうして?」


 自分の体に起こった変化に対する困惑、そして目の前で父親を失ってしまった悲しみが同時に彼女にこみ上げ、ぽろぽろと涙があふれ出る。


 ふらふらとした足取りでルイスは馬車の外に出ると、護衛の兵士たちが狂人に殺されている真っ只中だった。


「ルイス様ッ!?」


 残っていた兵士の一人は馬車から出てきたルイスの前に肉壁として立ちはだかったと同時に狂人に刃で貫かれた。


「ヒャハッ、神にこの身を捧げェ……誰よりも信仰心の強いこの俺様ハァ、不死身なのだぁッ!!」


 再びルイスの体に突き立てられる凶刃。しかし、それはルイスのことを貫くことは無かった。彼女の体に触れた瞬間刀身がぐにゃりと変形し、殺傷能力を失ってしまったのだ。


「なんでパパを殺したの?」


 改めて父親を殺した犯人を目の前にしたルイスは心の奥底からふつふつと怒りの感情が沸き上がって売るのを感じていた。

 ルイスの感情の高まりに呼応するように彼女の手に、地面に飛び散っていた兵士たちの血液が集まっていく。それはルイスの強い怒りを具現化するように巨大な深紅の剣へと形を変えた。


「死んじゃえ、この人殺し!!」


 強い感情に任せて振るわれたそれは狂人の首にズ……とめり込んだ。その次の瞬間には胴体と首は繋がりを失い狂人の生首が宙を舞う。


 ころころとルイスの足元に転がった狂人の生首は、最初とは一変恐怖を顔に張り付けながら、最後にルイスに向かって言った。


「あ、悪魔……。」


 その言葉を聞いたと同時にルイスの意識も闇の中へと沈んでいった。

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