第44話 卒業パーティー当日

=逆境逆行悪役令嬢の侍女に転生しました=


44 卒業パーティー当日


今日が本番当日、私とエリンシアの汗と涙が報われなければならない日。先ずは朝早い時間から王宮へ向かう。

正式な叙任式は後回しにして、王殿下の御前にてアザルトル侯爵になる書類にサインを済ます。それらは兼ねてより準備はしておいたのでスムーズに行われた。これでエリンシアはアザルトル侯爵様だ。



一旦タウンハウスに戻りティータイムをとる。


「エリンシアおめでとう・・・は、まだ言わない。パーティーを乗り切ってから言うわ。」

ルキノは目の前で優雅にお茶を飲んでいるエリンシアに言った。 


「そうね。」

エリンシアは微笑みをルキノに見せる。


「相変わらずの眩しい笑顔ね。ところで・・・。」

ルキノは口と一緒に手を動かせながら、鞄から何やら取り出している。


「訂正と付け加える箇所があるのだけれど、確認して貰える?」

取り出したのは、魔法契約書だった。

「今日で契約きれるから・・・。エリンシアどうしたの?」


目の前のエリンシアは、表情を変えないままで涙を溢れさせていた。いつも淑女としての振る舞いを忘れない彼女が不意を突かれた瞬間の出来事に。

「魔法契約、更新するの?」


「あっ・・・しないの?」

ルキノは相談もなく1人で決めた事に、今更ながら気が付く。


「ルキノが良いなら、私は更新したいわ。でも・・・」

 

でも、どうしたと言うのか?いつものエリンシアと違い歯切れが悪い。

「エリンシア、ハッキリ言いなさいよ。」


「今日、私は断罪されるかも知れない。そしたらルキノも。」


「毒を食らわば皿までよ。エリンシアが断罪されるとしたら、冤罪か私の作戦が及ばなかったと言う事でしょう。同罪ね。」


ルキノは3年間エリンシアと過ごす中で、確実に変わっていた。小説の前半のルキノは、エリンシアとの関係は希薄で巻き込まれただけだった。しかし今は違う。一緒に対策してきた仲間だ。ここで自分だけが助かったとしても、後味が悪いだけだ。エリンシアを見捨ててその後の人生、幸せになれるとは到底思えない。


一蓮托生、ルキノがそこまで考えているとは・・・。

「さぁ契約更新しましょう。改正する部分を説明してくれる?」


まだ涙が渇ききっていないエリンシアから、悪戯な笑みが溢れた。




  ◇◆◇  ◇◆◇


『アザルトル侯爵、エリンシア様の入場です』


卒業パーティーを取り仕切る者より、最後のアナウンスをされカーテシーをして入場する。卒業生は全員出揃ったようだ。

ルキノやセルネオ様、院生の方達も揃って見守ってくれている。人生最後になるかも知れない私の晴れ舞台、魅せてやるわ。


卒業生やそのパートナー、友達同士、好き勝手に輪を作り歓談を楽しんでいる。卒業後は領地に帰る者が名残を惜しんでいたり、最後まで高位貴族に擦り寄っている者、淑女だけで恋バナを楽しむ者。皆が心落ち着かない様子だ。



ファンファーレと共に王陛下と王妃殿下が入場され、猥雑な空気が一変して厳かな空気に変わる。

来賓の席にはガザルディア宰相と公爵家嫡男セルネオ様。

辺境伯様とアレク様。魔導士高位長、神官長、近衞騎士団長様がいらっしゃる。


王陛下と王妃殿下が着座され、シグルド殿下とベルン殿下が両脇に立つ。

一同が紳士淑女の礼をとり、音楽隊が音を鳴らし始めた。

ファーストダンスの始まりだ。


シグルド殿下がゆっくりと階段を降りて来られ、エリンシアの元に向かった。パーティー会場の注目を一身に浴びる。

絵画から抜け出てきた様な、美男美女の姿がスローモーションに映る。シグルド殿下がエリンシアに手を差し出した。


十中八九決まった。誰もがそう思った。

王家は婚約者を発表するのだろうと。だが、納得できない貴族達もいる。シルヴィアの一派だ。


ルキノはシルヴィアの方に目を向けた。事の他取り乱した様子は伺えない。寧ろ落ち着いている様にも思える。

起死回生の一手があるのだろうか?


ルキノはシルヴィアから視線を外す事なく、エリンシアのダンスを見守った。

程なく会場から、溜息混じりに拍手が巻き起こる。

ファーストダンスを終えたシグルド殿下の周りに、人が集まってきた。


(婚約が決まったのか?)

(シルヴィア様は?)

シグルド殿下に群がっていた貴族達は、直接聞く事が出来ずにコソコソとした話し声が漏れ聞こえている。


セルネオがルキノの元へ行き手を差し出す。

「一緒にいた方が見守り易いと思ってね。」


セルネオ様もシグルド殿下とエリンシアの事を応援してくれている様だ。

そんな中、2曲目のダンスが始まった。


シルヴィアが、シグルドとエリンシアの方に少しづつ近づいて来た。シルヴィアとの距離が縮まる程にエリンシアの顔色が悪く引き攣ってきた様になっていった。


そして後5歩程の距離に来た時


「いや〜〜〜〜Gは無理〜!!!!」


エリンシアはシルヴィアのドレスの裾に付いているGに向かって、魔法攻撃を放っていた。


黒く光っているG、ガサゴソと動くG、不意に飛ぶG。

どれもがエリンシアを動揺させる。


近くで見守っていた、ルキノが間に入ろうとするが、間に合わない。


雷の光線がシグルド殿下の袖口を掠め、シルヴィアのドレスの裾を焦がす。


一瞬にしてパーティー会場が静寂に包まれた。

皆が皆、何が起こったのか理解出来ていない。


「キャー!!助けて下さい。シグルド様。」

耳を劈く様な声でシルヴィアが悲鳴をあげた。


(シルヴィア様に魔法攻撃を?)

(両陛下の御前で、エリンシア様が・・・。)

(法度に触れるのでは?)


シルヴィア一派の貴族達がざわめき出す。

シルヴィアはシグルドの腕を掴み震えながらエリンシアを睨んでいた。






補足=虫の中でも世の中の女性から忌み嫌われている、ホイホイ等の対処法がある虫をGと呼ぶ。






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