第53話 レオス・ヴィダールの奮闘

 俺は目を疑った。

 2体!? いつのまに出てきた。何も感じ取れなかったぞ。


「ほう、躱しますか。しかし私に2体目を出させるとはなかなか強いですね」


「歯ごたえの無さはそういうカラクリか?」


 確かに1対1ならこのままクロセルに勝つことは可能だっただろう。しかし2対1では? まだいける。多分。


「ではいきますよ」


 今度は攻守が逆転していく。こちらが相手の攻撃を凌ぐ時間が続いた。単純に手数が倍になったのだ。手の数が足りない。片方を止めているときは、相手の攻撃をひねって避けたり、足蹴にして距離を取る。

 無理矢理1対1の状況を作り、攻勢に回る。しかしすぐに相手は下がり2体になり体勢を整える。まともに攻撃をさせてくれない。


「はあはあ、逃げてばっかじゃないか。悪魔様が随分弱気だねえ」


「なんとでも言うがいい。そちらこそ守るので手一杯に見えるが?」


「ほざけ!」


 俺は攻撃に打って出る。


「エンチャントダーク、ストレングス」

「エンチャントダーク、アクセル」


 闇魔法の付与を重ね掛けする。1段階上がった力で戦況を切り開く。相手の4本の剣を2本のブレードで横薙ぎに払いのけ、1体に体当たりをする。相手との距離を引き離して追撃をさせないようにすると、そのままブレードで相手の肩から腹に向かって切りつける。


 ギリギリという音を立てつつも、相手に傷をつけることに成功した。攻撃は通る。この事実だけでも大きな収穫だ。

 遅れて俺の背後から攻撃してきたクロセルをするりと躱し、再び相手と睨み合う。


「いやいや、予想外でしたね。これは本気を出さないといけません」


 クロセルが不穏な言葉を呟く。本気? これ以上何をする気だ、まさか――


 俺が思うよりも早く、2体のクロセルの横に人影が浮かんだと思うと3体目のクロセルが出現した。


「これが正真正銘私の全力です。さあ踊ろうじゃありませんか」


 俺はこの窮地の乗りきり方を必死に模索していた。



 2体でもやっとだった戦い。そこに絶望の3体目、どう考えても終わっている。俺は必死に相手の攻撃を防ぎ、躱す。しかし完全に守り切ることは出来ず、血こそ出ないが表皮にいくつもの傷を作っていた。

 こちらもムルムルと融合して強くなった悪魔の体、人間をベースにしているとはいえその強度は相手にも劣らない。


 しかし決定打がない。このままではジリ貧だ。


「どうしました。さきほどから守ってばかりですが」


「今攻撃しようと思ってたんだよ」


 そう言って俺がブレードを出すが、横からくる相手のブレードに弾かれる。


「クソっ」


 残った腕でもう1体からくる攻撃を防ぐ。

 埒が明かない。このままでは負ける。何かないのか。俺は必死に3体のクロセルを観察する。隙の無い攻撃、6本の腕から繰り出されるブレードは防ぐので精一杯だ。




 ……精一杯? どうしてだ。3体もいたらあっという間に負けてもおかしくない。なのに今この場で戦況は拮抗している。俺が若干押されているとはいえ決定的なダメージも負っていない。そういえばフォトンもしばらく見ていない。


 俺はもう一度3体を観察する。そして動き出しをしっかりとみる。動き出しは同時だ。攻撃も同時、いや僅かにずれがある。そして次の攻撃に移る間も大きい。まるで2体の人形を操っているかのよう――


 そうか! クロセルは3体に増えたんじゃない。1体が2体を召喚して操作している。だから自分の攻撃はおろそかになるし、連携も取れていない。悪魔と言えども脳みそは一つ、その処理速度も限界があると見た。


 だからと言ってどうする? 相手に隙があるとはいえそこをつくのは容易ではない。でも1体だけなら……、俺は効果があるか分からない魔法を放った。


「ダークミスト」


 効果範囲を中心の1体に絞って闇の霧をだす。やはり出力が弱く、相手の目を覆ったのも僅かな時間だけだった。しかしその時間だけでも十分だった。

 視界を失ったクロセルの2体の動きは止まり、防御の姿勢を取る。そして俺はその2体を無視して肩口から傷のついている本体のクロセルにブレードを突き刺す。


「ぐはっ」


 闇のブレードは相手の腹にめり込み、青色の血を出血させた。それを捻る様に抜き取る。悪魔に内蔵があるかは分からないが、すこしでもダメージが増えれば儲けものだ。


 3体のクロセルの動きが止まる。

 追撃か? そう思う俺を牽制するかのように2体のクロセルが向かってくる。その攻撃は苛烈だ。とても一人で操作しているとは思えない。


自動迎撃オートモードに切り替えましたよ。本当は魔力の消費が激しいのでしたくはなかったのですが」


「そうかよ、さっきより単調になってるぜ」


 オートモードになった相手の攻撃は単調だった。ただ振るわれるブレード、そこに虚実などはなく、ただただ振り回されるのみだ。これならさっきの方が大変だったな。そう思った。


「フォトン」


 そこに頬をかすめて相手の魔法がとんできた。

 なるほどね、2体のクロセルを壁にして自分は魔法で攻撃ってことか。嫌らしいな。それでも、この程度どうにかして見せる。


「エンチャントダーク、ダブルストレングス」

「エンチャントダーク、ダブルアクセル」


 俺は体に大きな負担のかかる付与魔法を施し、規則的に動く2体のクロセルを弾きとばす。そして後ろから魔法を撃ってくる本体のクロセルを狙いにいく。


「くっ、フォトン、フォトンブレード!」


 クロセルは再び魔法を放ち、ブレードを出現させる。俺を迎え撃つ構えだ。

 相手の右手がこちらに振るわれる。それを紙一重で躱し、こちらの右手で相手の右腕を切りつける。切りつけた右腕を相手の左手が切りつけようとするところで、体を回転させ避けると共に、左手にあるブレードで相手の左腕を切り落とす。


「ぐああああぁぁ」


 硬質化は意識しないと出来ないのだろう。俺が精神を集中させ、相手の動きの先回りをすることで意識外からの攻撃を当てることに成功していた。


 左腕を切り落とされ苦悶の表情を浮かべるクロセル、そこに2体のクロセルが戻ってきた。俺はその2体の相手をしつつ、再度攻撃の機会を窺っていた。クロセルに再生能力はなさそうだ。治癒力は高そうだが切れた腕をすぐにくっつけるようなことは出来ないみたいだ。


 空中から地面に落ちた腕は動かない。そして俺は片手になったクロセルに止めを刺そうと、2体のオートモードになったクロセルを弾き飛ばして、本体に向かってブレードを振り上げる。


「終わりだな」


「くそがああああああああああああああ」


 クロセルの断末魔が響き渡った。

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