第37話 レオス・ヴィダールは兵士を相手にする

 俺たちはドライン辺境伯に連れられて部屋を後にする。

 まずは動きやすい服装へと着替えを済ませる。


 その後は屋敷を出て、広大な土地に囲われた兵士たちの訓練場へと足を踏み入れた。


「さすがは辺境伯領だな、規模が違う」


「ね、自分たちのところが小さな村に思えてくるよね」


 俺たちの眼前に広がるのは学校にあった対抗戦で使った会場よりも三回りほど大きな広場だった。

 だだっぴろいだけではなく、城壁で囲まれた横には訓練用に刃の潰された剣や、遠征用の厩舎も備えられている。

 それらを含めると思っている以上に大きいのかもしれない。


「四人は実戦がしたいよな? エレオノーラは体力づくりから始めたほうがいい。ちょうど訓練が始まるところだから一緒に参加してくるといい」


「は、はいですわ~」


 そう辺境伯に言われて一人だけ別の部隊に放り込まれるエレオノーラ。

 まあ魔力循環も出来るしいい訓練になるだろう。

 剣術を覚えたエレオノーラか、ますます脳筋具合に拍車がかかりそうで怖いな。

 リボーンは抵抗できなくなるかもな。


「それでは残りは、ふむ、とりあえず私と試合をしようじゃないか」


 手すきな部隊が見当たらなかったのか、辺境伯自ら戦うことを申し出た。

 その言葉にレインが食いつく。


「なら私やりたいです!」


「そうかそうか、遠慮はいらない。かかってきなさい」


 そう言って側にある訓練用の剣を二本とり、一つをレインへと渡す。


「さあどこからでもかかってきなさい」


 そう言って構えを取る辺境伯の気迫はものすごいものだった。

 伊達に国境くにざかえを守っていないってか。

 悪魔のような殺気はない。

 ただその体から発せられる圧力は背負ってきたものの違いか。

 ぶるりと肌が震えるのを感じた。


 隣にいるリボーンは青い顔をしている。


「っい、いきます!」


 少し気圧されたレインも、ぐっと剣を構える。


 レインが少し浅い踏み込みから剣を振るう。

 その剣先は相手には届かずに空を切る。

 苛烈に攻めるレインにとっては珍しい光景だ。


「まだまだあ」


 今度はさっきよりも深く踏み込んで剣を振り上げる。

 それを相手に軽々と受け止められる。

 体格差以上に伝わる力が違う気がする。


 それにしてもレインの息があがるのが早い。


 まだ数回の打ち込みだというのに、肩で息をしている。


「……すまなかったな、少し配慮が足りなかったようだ」


 ドライン辺境伯がそういうと、ペタリとレインがその場に座り込む。

 いつもと違う様子に俺はレインの元に駆け寄る。


「大丈夫か?」


「うん、いや、大丈夫じゃないかも」


 レインのその手は震えていた。


「まだ、怖いみたい」


 俺はその時ようやく気付いた。

 まだまだ皆の心は癒えていないのだと。

 気丈に振る舞っていても傷ついた心は戻っていない。

 

「いい気分転換になるかと思ったのだがな」


 ドライン辺境伯が申し訳なさそうに声をかける。

 俺もそう思った。

 いつもと違う景色、状況で嫌な事を忘れられる。

 大好きだった剣で遊べば気も紛れるんじゃないかと。


「僕もちょっと無理かも~」


 リボーンも同じように震えている。


「僕は大丈夫だよ」


 アインはいつも通りだ。

 むしろお前が一番危ない目に会ったっていうのに、元から精神が壊れているんじゃないか?

 それともあれくらいで凹んでいたらここじゃあ生きていられないってか。

 そんな俺たちの様子をみた辺境伯が声をかける。


「二人は大丈夫そうだな……そうだな、レオス、ちょっと変わった訓練をしてみないか?」


「訓練ですか?」


 なんだろう。目隠しで気配を感じ取れとか?


「一対多数の戦闘訓練はしたことはあるか?」


「ないです」


 基本的に俺の対人戦は一対一だ。

 野盗を討伐したときは二人いたけど、あれはノーカウント。

 そもそも多数とぶち当たったときは不利な状況に陥っているに決まっている。


「まあそんな状況に持っていかないように立ち回ることが必要なんだが、まあ一回やってみるといい」


 俺はやるだけならまあいいかと思い、レインの落とした剣を拾う。


 ドライン辺境伯がちょうど休憩の終わった部隊の人達を呼んで俺たちの前に紹介する。


「こちら、こんな見た目をしているがアインと同級生のレオスだ。少し訓練を手伝って貰おうと思ってな」


 辺境伯から説明を受ける兵士の人が頷く。

 説明によるとまずは二人から、そこから段々と人数を増やしていくらしい。

 なんかゲームみたいで面白そうじゃん。

 無双出来るかどうかはわからないけど、いい鍛錬になりそうだ。


「それでは準備はいいか? まあ相手は待ってくれないがな」


 そういうと待機していた兵士の二人が俺に向かって走りこんでくる。

 想定は当然襲い掛かってくる盗賊か何かか?


 二人の兵士は息を合わせて右と左から剣で切りつけてくる。

 こんな息ぴったりな盗賊がいてたまるか。

 

 俺は前に飛び込み前転して攻撃を躱す。

 これは剣だけじゃ限界がすぐくる。


「魔法の使用はいいですか!?」


 前転から起き上がり、相手の剣戟を剣で防ぎながら俺は問いかける。


「構わん、ただし殺すなよ」


 おいおい、いくら悪魔みたいな見た目しててもそこまではしないぞ。

 でも魔法が使えるならやれることはたくさんある。


 俺は魔力を練り、闇の剣を顕現させる。


「ダークソードってとこか? ダサ」


 二刀流になった俺は二人の攻撃を同時に捌き攻撃に転じていく。

 手数が同じなら俺が負ける道理はない。

 兵士の人には悪いけど、魔力循環も使えるからね、俺。


 そんな余裕をかましていると、背後に気配を感じる。

 後ろを振り返らず、魔法を詠唱する。


「ダークウォール」


 俺の背後を守る様に出来た闇の壁に何者かの剣が阻まれる。


「三人目だ!」


 辺境伯の声が響く。

 ちょっとペース早くなぁい?

 俺の目は二つしかない。

 三人目はすでにきつい。


 これは出すしかあるまい。


「ダークバインド」

「グラビティ」


 俺の前にいた二人に魔法を掛ける。

 俺は身動きの取れなくなった二人の兵士の首を軽く切りつけ、戦闘不能にさせる。


「ううむ、その魔法、反則ではないかな?」


「これは範囲も狭いですし、ダークバインドの拘束は相手によっては効かないこともありますから万能ではないですよ」


 実はダークバイントは相手の影の面積に比例して強さを増す。

 なので夜間での戦闘や、影の少ないときには十全に効果が発揮されない。


「仕方ない、全員でかかれ!」


「えっ!」


 俺に対して残っていた全員の兵士が向かってくる。

 それはちょっと無いんじゃないのかな?

 無理にもほどがある。


 いや、でも大人数とはいえ、全員で斬りかかるようなことは出来ない。

 精々四、五人程度だろう。

 槍を持っていたりしたら隙間から刺されるところだが、生憎槍は主な武器として採用されていない。


 常に大人数に囲まれるプレッシャーに耐えながら、複数人を相手にする。

 いいね、こういうの。

 ぞくぞくするよ。

 こういうことをこなしてこその最強。


 ムルムルに頼ってばっかじゃダメだ。

 いつか融合出来なくなったり、消えてなくなるかもしれない。

 そんな不確実なものではなく、己の力を使ってこその最強だ。


 俺は俺を取り囲む兵士たちを前に気合を入れる。


「こい!」


 本当ならここでダークミストを使って視界をふさいで、ダークランスあたりを使って範囲攻撃してしまえばどうにかなるだろう。

 でもそれじゃあ意味がない。

 あくまでそれは最終手段。


 まずは出来るだけ、剣で対応して見せよう。

 俺は視認できる三人の剣筋を予測する。

 ムルムルと融合した時を思い出し、経験からくる予測を頭の中で考える。

 やはり以前よりは不鮮明で遅い。

 それでも俺の首や手首を正確に狙ってくる。


 それらをするりと躱し、背面から斬りかかってくる相手を見据える。

 これだけの包囲だ。

 前面で何かしらの防御を行うと思っていたのだろう。

 後方にいた兵士は驚いた顔をしていた。


 その隙を逃さず、両手に持った剣で横薙ぎに一閃、相手の胴に剣を打ち付ける。

 吹き飛ばされた二人の兵士、しかしその程度で相手は揺るぎはしない。


「うおおおお!」


 兵士たちの気合の入った叫び声が木霊する。


 さすがに今回みたいな不意打ちは何度も成功しないだろう。

 俺は仕方なくダークウォールを背に戦うことにした。


 それでも相手にするのは最大四人、それが際限なく襲い掛かってくる。

 やられた死体になった兵士はすぐに退くから死体の山が積みあがることもない。


 幾度となく続いた剣戟、俺はついに根をあげ魔法を発動させる。


「ダークミスト!」


 自身を中心に闇の霧を展開する。

 これで相手の視界は完全に防いだ。

 しかし兵士たちの動揺は少ない。


 この状況でもまだ戦えると?

 俺は慎重になり、ダークバレットを使い、遠距離から相手を仕留めようとする。

 一人、また一人と倒していくが、ある一発が避けられた。


 俺の最速魔法だぞ。

 もう一度その避けた兵士に向かってダークバレットを放つ。

 また避けられる。

 それどころか俺に向かって突き進んでくる。


 相手の視界はないはずだ、魔力の起こりを感じている?

 魔力視というやつだろうか。

 俺のダークアイは暗視としての役割しかないが、魔力視は魔力の形が見えるらしい。


 だからと言って一人だけ俺を見えたところでどうにかできるわけでもなく、俺はその兵士を片手で相手をしながらダークバレットで残った兵士たちを倒していく。

 

 ダークミストの効果が切れるころには全ての兵士が地に伏していた。

 ドライン辺境伯が俺の戦いぶりに感嘆する。


「まさかこれほどとはな……悪魔を退けたのもうなずける」


 いやまあ、闇魔法って対人戦にすごく有効だし、今回は命のやり取りをしているわけでもないから相手も手心があったし、逆に言えばエレオノーラみたいな強力な魔法を持っているやつは範囲殲滅出来るから俺より多数を相手するのに向いていると思う。

 

 やっぱり剣術だけで全てを解決するには難しいかなあ。

 魔法との組み合わせ、それがやはり俺の目指す最強への道へと続いていくだろう。


「次は僕も!」


 ヘトヘトになっている兵士をよそにアインがワクワクした表情で参戦を待ち望んでいる。


「お前はいつもやっているだろうが! 兵士も無尽蔵じゃないんだぞ。だめだ」


「そんなあ」


 アインはお預けを食らった犬のようにしょんぼりとしていた。


 しかし魔力の使えない兵士でもあんなことが出来るとは。

 世界は広いな、まだまだ自分の未熟さを認めて鍛えていかなければならない。


「もうおわったのですか?」


 ムルムルが眠そうな声で尋ねる。


「終わったぞ、寝てたか?」


「そろそろ解けそうなのです。あと数日くらい?」


 ついにか!

 俺は近いうちに元の体に戻れることに感激した。

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