第10話 リボーン・ドルッセンは退屈している

 リボーン・ドルッセンは退屈だった。

 出来のいい(ように見える)姉の世話を任され、公爵家の嫡男として跡継ぎの教育も厳しいものだ。


 楽しいことと言えば剣だった。

 この時間だけは全てを忘れて没頭できる。

 才能もあっただろう、やればやるだけ強くなっていく気がして堪らなかった。


 普段の面倒な事から解放され、自由に剣を振るえる時間は彼にとって唯一の楽しみだった。


「リボーン、私少し出かけてくるからよろしくね」


「よろしくねって、ちょっと……はあ、またかよ」


 何か面倒なことがあると彼の姉はすぐにどこかに逃げる。

 そしてそのとばっちりを食らうのはいつも彼だ。


 それでも彼の姉、エレオノーラは何かとうまく世渡りをしている。

 自分はそういうのが不器用で口下手でもある。


 それを見抜いている彼の姉はそれを利用して、全てを彼に押し付けていた。


 それでも剣があれば彼は耐えることが出来た。

 それに学園に上がってしまえばそれからも解放される。

 それだけを拠り所にして彼は耐え続けた。


 そして10歳に行われる剣術大会、その知らせを聞いた時から彼はより一層剣にのめり込んだ。

 誰が相手でもいい、ここで優勝して少しでも自分の地位を上げたい。

 なによりどんな強者がいるのか楽しみでしかたなかった。


 そんな彼の思惑はすぐに敵うことになる。

 一回戦の最初の試合、アイン・ツヴァインの試合。


 撃ち合ったのは一回だけだったが、見ただけでわかる綺麗な剣筋。

 鍛え上げられた体。

 自分よりも恐らく強いであろう相手。

 震えた。

 これは恐怖ではない、武者震いだ。


 こんなやつが同じ世代にいるなんて、彼は歓喜した。

 戦いを申し込もう、この大会が終わったら何度でも戦いたい。

 そう思える相手だった。


 その後の試合はあまり楽しくはなかった。

 まあまあかな程度、彼にとっては児戯のようなものだった。

 ただその中で唯一女の子として出場している子に目がいった。


「珍しいね、女の子が剣術なんて」


「ね~ちょっと野蛮よねえ」


 エレオノーラは周囲に誰もいないとこんなもんだ。

 彼しか彼女の本性を知らない。

 まあ彼が言いまわったところで誰も信用しないだろうが。


 リボーンは彼女の試合を見る。


 体格は普通、少し鍛え上げられているが同年代の男子程度だろう。

 しかし撃ち合いになると彼女の力は押し負けなかった。

 むしろ押している。


「魔力循環がすごい、ここまで滑らかに効率的に動かせるものなのか」


 魔力循環は魔力操作が必要となる実は高度な技術だ。

 体全体に行き渡せるのは簡単だが、それを攻撃の時に集中して腕に集めたり、移動する際に足に込めたりと自由自在に動かすには才能と努力が必要だ。


 レインは努力はもちろんしていたが、それを有り余る才能でその滑らかな魔力の動きを可能としていた。


 試合は終始レインが圧倒し、最後は相手の剣が手から落ち継戦不可能となり彼女が勝利した。


「ふふ、あはははは」


「何急に、気持ち悪いんだけど」


 急に笑い出したリボーンにエレオノーラは距離を置く。


(なんということだ、僕に匹敵する、いや凌駕するかもしれない存在が二人も、面白い、面白いじゃないか)


 試合が終わり、次の試合の準備が始まる。


「俺の出番か、そろそろ控室に行ってくるよ」


「あそ、いってらっしゃい」


 次の試合が終わればリボーンの番だ。

 彼は控室に向かった。


 控室には二人の先客がいた。

 一人は今から試合するのだろう。


 もう一人は? 最後の試合の子か。

 随分早くから待っているんだな。


 椅子に座ると、次の試合の子が呼ばれて出ていく。

 すると近くにいた子が彼に声をかけてきた。


「次は俺との対戦になるからな、首を洗って待ってろよ」


「……悪いんだけど、君だれ? 興味ない人は覚えられないだよね」


「――クーゾ・コザックだ。お前を倒す男だ、よく覚えておけ」


 本当に誰だろう?

 誰かに恨みを買うようなことはしてないはずだが。

 はて、これはエレオノーラが何かしたかな?


「そうか、覚えておくよ」


 リボーンは気にもせず返答する。

 それが気に障ったのか、しかし言い返すこともなくクーゾは席に座る。


 そして待っていた試合が終わり、リボーンの試合が始まる。


 リボーンは相手を赤子のように捻り一瞬で決着をつけた。


 それよりも楽しみなのはレインという女の子との試合だ。

 次の試合に勝って3回戦になれば彼女と当たれる。

 それが嬉しくて堪らなかった。


 だから見誤った。

 目の前の相手を。

 そういえばクーゾって奴負けたんだなあとか思っていた。


 頭の中は次の試合のことで一杯だった。

 あの火力、そう簡単には防げない。

 でも守勢に回る? それも悪手だ。

 彼女の攻撃に対して後手に回るなどあり得ない。

 恐らくスタミナも充分だろう。


「両者構えて、始め!」


 審判が開始の合図を告げる。

 おっと試合に集中しないと。

 そう思って前を向くと相手がいない。

 

 一瞬焦るが、目の端に相手を捉える。

 彼の右端に走り寄る相手の姿が見える。


 右手に持った剣を引きずる様に袈裟斬りを行うとしている。

 その程度、簡単にと思った。

 その寸前、彼は右手に持っていた剣を左手に持ち替えた。


 それによってリボーンの防御が遅れ、不完全な形で相手の剣を受けることとなる。


(あぶなっ――)


 グシャリ。


 突然の衝撃にリボーンは混乱する。

 分かっているのは自分は何かしらの攻撃を受けて鼻血を出しているということだ。

 とにかく距離を取らなければ、後ろに下がったリボーンはその状況を確認する。


 相手の左手には剣、右手には血がついている。

 恐らくあれで殴られたのだろう。

 なんで野蛮な。

 しかし湧いてくるのは痛みとか怒りではなかった。


 未知なる体験に対する歓喜。

 こと剣に関しては狂ったように学んでいた彼に、体術というものはあまり重要視するものではなかったからだ。

 あくまで手元に剣がないときに補助として使えるもの。

 その程度の認識。

 それを実戦で、10がいったいどれだけいるのか。


 彼は自分の無知さを恥じた。

 そして目の前の彼の試合を一試合見そびれたことも後悔した。


(こんなにワクワクさせてくれる存在が同世代に3人もいるなんてね、僕はついてる)


 姉の世話係という不幸を有り余る幸運で塗り替えられた彼。

 

 リボーン・ドルッセンは己が運命に感動していた。

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