第33話:満足ですか side絶望した者達 ※センシティブな内容を含みます




side,第二王子


 シルビアの姿が視界から完全に消えた時、ロレンソはフランシスカがを実行したのだと悟った。

 仲間内で「悪役令嬢」と呼び、その行動を責めていたが、全然悪役などでは無かったと、今なら解る。

 あれは公爵家としての、当然の行動だったと。


 周りに人が居なくなった中での唯一の仲間だったファビオが来なくなった時の絶望は、王位継承権を剥奪された時よりも深かった。

 例え罪人であっても、ファビオは幼い頃から一緒に居た側近であり、大切な友人だった。

 学校に来なくなったトマスやカルリトス、平民のマルティンも同じである。


 学校生活最後の1年は、地獄のようだった。

 学校内だけでなく、王宮でも居ないものとして扱われているので尚更だ。

 ほんの少し前、フランシスカが婚約者だった時は楽しかったと、遠い目をする日が増えた。



 学校の卒業式の後。

 ロレンソは、久しぶりに父である国王に呼ばれた。

 今後の事の話だろうと、予想はついた。兄である第一王子の補佐でもさせられき使われるか、将又はたまた爵位を与えられ地方に追いやられるのか、と思っていた。


 呼ばれた部屋で1番最初に目に入ったのは、異様な存在だった。

 ずた襤褸ぼろの布をまとった女が、床に座り込んでいたのである。

 布は汚いが、女の体は汚れていなかった。しかしそれは、泥や垢という意味の汚れの事であり、情事の痕跡こんせきである鬱血うっけつや噛み跡が至る所に付けられていた。


「ロレンソ。お前の望み通り、その女との婚姻を認める」

 意味が解らなかった。

 なぜ父親が自分をけがれた女と結婚させようとしているのか。


「……ロレンソ?」

 年寄りのようにしわがれた声で、女が名前を呼んできた。

 振り返った顔には、見覚えがあった。

「シルビアか?」

 ロレンソが名前を呼ぶと、ボロボロと涙をこぼしながら何度も頷く。


「こんな、こんな何をされたか判らない穢れた女と結婚なんて出来ない!」

 ロレンソが怒鳴るが、周りから冷ややかな目で見られただけだった。


「お前が望んだから、パディジャ公爵令嬢との婚約破棄後に、勅命ちょくめいでの結婚が決められたのだ。何が不満だ?」

 父親の言葉に、ロレンソは絶望した。

 勅命での結婚はくつがえる事は無いし、離婚も認められない。


 あの婚約破棄の影響は、まだ残っていたようである。




side,シルビア


 シルビアは、目の前に居る人物を見て、安堵から涙を流していた。

 久しぶりに見た知っている顔。

 王太子妃にしてくれると、公爵令嬢を振ってまで自分を選んでくれた、この国の王子様。



 ある日突然、シルビアは学校からの帰り道で男達に攫われた。

 当時男達を「ゴロツキ」とシルビアは呼んだが、そんな甘い者ではなかった。

 1年以上監禁されたシルビアは、男達の慰みものにされていた。公衆トイレ、という言葉が頭に浮かんでは消える。

 当然避妊などしてくれるわけもなく、すぐに妊娠した。


 妊娠しても構わず男達の相手をさせられ、何度か流産もしたが、奇跡的にほんの2ヶ月程前に女児を産んだ。

 その女児はすぐにどこかへ売られていった。

 出産してもシルビアの待遇が変わる事は無く、相変わらず男達の相手をしていた。


 そして今日。攫われてから初めて、体を隠す布を与えられた。

 無理矢理馬車に乗せられて連れて来られたのは、王宮前だった。

 馬車から蹴り出されるように下ろされ、人々の好奇の目に晒されたがシルビアは気にしなかった。


「戻って来れた……?」

 呆然とするシルビアの元へ王宮を警備する騎士が寄って来て、名前を名乗るとすぐに奥へ通された。

 温かいお風呂と綺麗な服を想像していたシルビアは、汚い姿のまま国王やその従者達の目に連れて行かれ驚いた。


 しかしその後すぐに呼ばれた者の名を聞いて、姿を見て、涙が止まらなくなった。

「……ロレンソ?」

 愛しい気持ちを込めて、第一王子に乗り換えようとしてゴメンと心の中で謝って、相手の名前を呼んだ。


 望んだような結果は、返って来なかったけれど……。




side,ファビオ


 騎士になる為だけに、生きてきた。

 そう言っても過言では無い生活を、ファビオは物心ついた時から送っていた。

 伯爵家は兄が継ぐので、自分は父の後を継いで騎士団長になるのだと、本気で思っていたのだ。


 弱きを助け強きをくじく。

 それが騎士道だった。

 だからいじめられた平民上がりの男爵令嬢を助けるのは当然だったし、意地悪な筆頭公爵家の令嬢を倒すのも当然だった。



 フランシスカがシルビアをとがめるのは、貴族として正当な行動だったと知ったのは、騎士への道が閉ざされてからだった。

 その後、謝ろうと近付いただけで、理不尽な暴力を振るわれ、腕を折られた。


 伯爵家を追い出されたら罪を償い、その後は傭兵にでもなろうかと思っていた。しかしファビオは、二度と剣が握れなくなってしまった。

 これからどうやって身を立てれば良いのか。騎士どころか、自分の身も守れなくなってしまった。


 そのような時だった。狙ったかのように手続きが完了したのは。

 ファビオはエンシナル伯爵家から籍を抜かれ、罪人へと落とされたのだ。



 剣が握れたら、辺境の森での魔物討伐も選べただろう。

 罪人に落ちても、剣士として最後の矜持は守れたかもしれない。

 それすらも、今のファビオは奪われてしまっていた。


 誇り高い自死を選ぶ権利も無い。

 なぜなら、彼は罪人だから。

 ファビオは、これからのあわれでみじめな自分を想像し、絶望した。






 卒業式が終わり、パディジャ公爵邸へ向かう馬車の中で、悪役令嬢は嗤う。


「皆様、喜んでくださりましたかしら? ワタクシの考える本当の悪役ぶりを」




 終

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最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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