第20話:何もしていない



「おい、起きろ」

 カルリトスはベッドにねている少女の肩を乱暴に掴み、思いっ切り揺さぶる。

 少女はすぐに目を開け、飛び起きた。

 しかし、その後の反応は、カルリトスが思っていたものと違った。

「んだよ! うるっせぇな! 起こすんじゃねえよ、クソが!!」

 乱暴にカルリトスを蹴り飛ばすと、布団を頭まで被り、また寝の体勢に入ってしまった。


 今まで受けた事の無い理不尽な暴力に、カルリトスは茫然と座り込んでいた。

 蹴られた腹も、その後に打った尻も痛いが、何よりも心が痛かった。

 ゆるゆると立ち上がり、ソファへと移動する。そのまま部屋の中で小一時間待ったが、少女が起きる事は無かった。

 カルリトスは渋々部屋を出て、屋敷内の探索を再開した。


 結局、あの少女以外に人はらず、食べ物も見つからなかった。

 リネン室にあったはずの洗濯済みのシーツや枕カバーなども1枚も無く、ここまで徹底して盗んで行くなど、下手な泥棒よりも性質タチが悪いとカルリトスは思い、諦めの溜め息を吐き出した。



 1階の部屋を見終わり、先程少女が居た部屋に戻る。

 扉が少し開いていたので、カルリトスは首を傾げる。自分はしっかりと締めて出たはずだ、と。

 扉を押して隙間を広げる。

 部屋の中には誰も居らず、ペットの膨らみも無くなっていた。


 夢だったのか? それとも、淋しさに耐えられず見た幻?

 そう不安になっていると、後ろから声を掛けられ、飛び上がるほど驚いた。

「あれ? 坊ちゃん。逃げたんじゃないのか?」

 カルリトスが振り返ると、メイド服を着た先程の幼い顔の少女が立っていた。



 少女は紙袋を持っており、その袋からはとても美味しそうな匂いがしていた。

 思い出したかのようにカルリトスの腹が鳴る。

 少女は笑うと、カルリトスをソファに手招いた。


「このパンはね、月頭に契約されてるから、今月中は金が掛かんないんだよ」

 少女が机の上に直接パンを並べる。

「アタシは先月から雇われた雑用メイドなんだ。まだどこに配属になるか決まってなくて、色々な係を回ってた」

 少女は話をしながら、部屋に置いてあった水差しからコップに水を注ぎ、カルリトスの分まで持って来る。


「……コップ」

 カルリトスが呟くと、少女は苦笑した。

「皆、手当たり次第に盗んでたからね。アタシは帰る場所が無いから、生活に必要な物を自分の部屋に運び込んで隠してた」

 はい、とカルリトスにコップを手渡してから、少女はカルリトスの向かいのソファに座った。



 パンを食べながら少女が説明してくれたのは、屋敷に火を付けたのはカルリトスの父親であるリベロ伯爵である事。そこまでの経緯は、メイド見習いの少女には判らない事。

 屋敷に火を付けた伯爵は1番大きな馬車に積めるだけの金目の物を持ち、妻と一緒に屋敷を出た事。


 紹介状も今月の給料も貰えなかった使用人達は、残ってた荷物を盗んで行った事。

 孤児院出身の少女は、帰る家が無いので追い出されるまで屋敷に居座るつもりでいた事、だった。


「でもさ、良かったじゃん。皆が燃えやすい物盗んだから、火事が広がらなかったんだよ」

 あっけらかんと話す少女は、本気でそう思っているようだった。




 カルリトスは、それから少女に色々と習った。

 洗濯の仕方や食器の洗い方、掃除の仕方など。

 カルリトスの中では売るなどと思い付かなかった家具類は、少女の知り合いが買い取ってくれ、当座の生活費になった。


 1週間、二人きりの生活が過ぎた頃。

 少女が家族を呼んで良いかとカルリトスに聞いてきた。

「家族って言っても、血の繋がりは無いんだ。孤児院で一緒だった奴。仕事をクビになって、住む所も無いんだよ」

 屋敷は広く、使っていない部屋も多い。

 この頃には少女を信用しており、感謝もしていたので、カルリトスは二つ返事で了承した。



 その日の夕方、出掛けた少女と一緒に帰って来たのは、十人近い人数の男と二人の女だった。

 一人か多くても二人だと思っていた家族は、まさかの大人数だった。

 しかし、一度了承したものを追い出すわけにもいかず、カルリトスは何も言えなかった。


 それから少女と家族は仕事もせずに、屋敷でダラダラと過ごしている。

 お金は家具を売ったお金で、勿論カルリトスの物である。

 お金が底をつくと、また勝手に家具を売る。

 それをカルリトスは止められない。


 なぜなら、売る事に反対するのはカルリトスだけだから。

 他の皆は、売らなければ生活出来ないと「賛成」する。

 働いて稼げば良いと一度提案したが、皆が「売る物が無くなったら」と言ったので、それ以上は何も言えなくなった。



 そしてそれから2ヶ月もせず、少女達は出て行った。

 リベロ伯爵邸に、本当に何も無くなったから。


「働くって言っただろ?」

 出て行く皆にカルリトスが縋るように声を掛けると、少女がにこやかに微笑む。

「えぇ、働くから出て行くの。だってここに居る意味が無くなったから」

 服を掴むカルリトスの手を叩き落とすと、少女は軽い足取りで屋敷を後にした。


 売る物が無くなったら、今度は皆が働いて自分を養ってくれると思い込んでいたカルリトスは、ただ茫然と、まるであの火事の日のように座っていた。




───────────────

すみません。昨日携帯を落として、液晶をバキバキに割ってしまいました。

本日機種変をしてきますので、20時の更新はお休みいたします。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る