第48話

 その頃、毛利方が支配する門司城の一隅、物見櫓の上にたたずむふたりの足軽が手持ちぶさたな時間をつぶすために言葉を交わしていた。

 昼日中のことだ。相手が押し寄せてくればすぐに見つけることができる。しかし、今日はまったくそんなようすもないために正直なところ暇を持て余していた。これには厭戦気分もおおいに一役買っている。なにしろ南海道、鎮西と連続しての派兵だ。海を渡ってきた時点で倦んでいたとしても不思議ではない。

「おい、聞いたか」

「なにをだ」

「あれだよ。京の陰陽師が大友の陣中でなにやら怪しげな儀式をおこっているって話だ」

「あれか、安倍晴明の師匠の裔っていうやつが」

「なんでも人魂を降らせて、おれたちの陣を襲わせるとか」

「人魂を降らせるだの襲わせるだの、陰陽師ってやつはおっかねえな」

「まことなのかね、この話は」

「おれが知るかよ」

 両者とも話が終わるころには薄気味が悪いという顔つきになり、大友が陣取っている方角へと視線を向けた。


 他方、厩でも似たようなやり取りが交わされている。

「なんでも、その人魂が降るっていう日取りはあと少しだって話だ」

「なにが陰陽師だ。あいつらに戦がどうこうできる業があるってんなら、京が武家に散々に荒らされることもなかっただろうが」

 ひとりの若い馬丁が怖気をあらわにするが、それを年長の者が笑い飛ばした。

「そうだな。確かにその通りだ」

 そのせりふに勇気づけられ、噂をなかば本気にしていたほうの馬丁もあかるい表情をとりもどす。


 だが、本丸で、虎口で、そこかしこで着実に陰陽師に関する噂はひろまっていった。

 その陰にはむろん、

「やれやれ、世鬼(せき)の奴輩の目をかいくぐるのも楽じゃない」

 仁右衛門の姿があった。突飛に過ぎる噂の流布が、それも在昌が大友の陣にいる折に偶然起こるはずがない。物陰で彼は肩の凝りをほぐすように腕を動かす。が、次の瞬間、一陣の風と化してその姿はかき消えた。

 あとには何者かがいた痕跡はなにひとつとして残っていない。彼の存在そのものが流言飛語と同じ、つかみ所のない幻だったかのように。

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