第40話
「乗っていた船が大きな嵐に遭遇し、沈没していまったときは波にさらわれながら意識を薄れさせていくなかで、つい神(デウス)を疑ってしまったのですよ」
してやったりという調子で伴天連(バテレン)は言葉をかさねた。
「それでなぜ、信仰を失わずに済んだのですか」
「岸に打ち上げられ、ふたたび目を覚ましたとき、空を横切る無数の流星を見たのですよ」
やや勢い込んでたずねる在昌に、サンチェスは少し遠い目になって応じる。
流星、と在昌はやや拍子抜けした声をもらした。
「空を横切る多くの流星が、まるで神(デウス)が試練に耐えたことを祝福しているように思えたのです」
サンチェスの声はやや自嘲のひびきを帯びている。
「もっとも、神がわたしごときのために星を降らすなどということがあるはずもありませんがね」
しかし、あれには心が洗われました、と彼は笑顔を浮かべた。
「そういえば、そろそろ“あの”季節ですね」「そうですね」
サンチェスの言葉に、そういえばと思いながら在昌はうなずく。
流れ星に慰められたという部分はともかく、大きな苦難を目の前の伴天連(バテレン)はくぐり抜けてきてここにいるという事実が彼にとって大きな励ましとなった。
まだ。まだ、やれる――そんな思いを在昌は抱く。
「そういえば」なにかを思い出したようすでサンチェスが言葉を継いだ。が、すぐに「しまった」とでもいいたげな顔つきになる。
「いえ、似たような質問をなさった方が少し前にいらしたのです。ただ、懺悔の折のことだったので」
サンチェスは少し考えるようすを見せたが「まあ、伊留満(イルマン)であれば差し支えないでしょう」とつぶやいた。
「大内家はご存知ですか」
「むろんのこと」
大内家といえば今は毛利に滅ぼされてしまったが、元はとえいば西国一と称しても言い過ぎではないほどの権勢を誇った名家だ。そして、最後の当主は大友宗麟の弟であることも在昌には無関係ではない。
「一族の生き残りの方が御屋形様に保護されているのですよ」
「それは初耳です」サンチェスの言葉に在昌は正直おどろいた。
大内家だけでなく尼子氏をも攻め滅ぼしたあの毛利の二股膏薬のもとから生き延びた者がいるとは。
「それでなんともうされたのです、その方は」
「『世話になっている大友家の領地が毛利の軍勢に攻められている、ならば己は大友家に寄騎し戦に加わるべきではないか』とそうおっしゃられました」
道に迷っている、その懊悩は痛いほどに在昌には理解できた。
「それでどうお答えになりました」
「いずれ、主の導きがあることでしょう、そう答えました。かの御方はそれでいくぶんか救われたご様子でした」
主の導きか――在昌は声に出さずにつぶやく。
おそらくはその文言自体に意味はない。誰かに胸のうちの憂えを吐き出せた、そのことにこそ意味があったのだ。
そう、ちょうど先ほどの自分のように。
耶蘇会の教えが一部の武士を惹きつけるのにはそういったわけがあると彼は考えるようになっていた。
僧が相手となるとどうしてもその背後の宗門、利益のつながりを意識せざるをえない。立場のある者とはそういうものだ。世俗のしがらみに縛られる。そして僧というのは出家した、世俗とのつながりを断ったといいながらも一大勢力を形づくっているものだ。
そういった者を相手に不用意に弱音を吐くのは武門の人間には許されない。
その点、耶蘇教の人間は新参の宗門のために世俗のしがらみを意識せずに話ができる。
ただ、話をするだけで救われることもあるというのにそれができぬ人の世とはなんと息苦しいものなのだ――。
在昌はそんな思いを抱かずにはいられなかった。
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