恋してんだ君に

Nekome

第1話 黄昏

冬の寒い黄昏時、家のインターホンが鳴った。

出てみると、そこには清二が居た。ドアを開ける。

「どうしたの?急に……」

久しぶりに会う彼はぼんやりと、私を見つめて立ち尽くしていた。

「清二?」

声を掛けると彼は玄関に足を踏み入れ、

「入っていい?」

そう聞いてきた。最初は断ろうと思った。でも、私を見つめる目がやけに真剣で、断り切れず、上げてしまった。

「何か飲む?」

私がそう声を掛けても、彼は返事をしなかった。居心地が悪くって、キッチンと部屋を行き来する。どうしたものか、そう考えていると、冷蔵庫の奥にあるものを見つけた。飴玉、イチゴとメロンとブドウ味。取り敢えずそれを持っていこうと、皿の上にからからと乗せる。

「良かったら食べない?」

甘い匂いが彼を誘い、彼はようやく口を開いた。

「食べるよ」

そういって手に取ったのはイチゴ味。私もブドウ味を手に取って、口の中に放り込む。

「おいしい?」

彼は黙って頷いた。落ち着いているように見える。でも、やっぱりおかしい。私が飴玉をころころと口の中で動かすのに対して、彼はぼりぼりと噛み砕いている。無くなればまた飴玉を口に、次から次へと消費していく。

「腹壊しちゃうよ」

黙ったまま。咀嚼音だけが部屋中を走り回る。

何があったのか、そう聞こうと顔を上げた瞬間、彼の視線に捕まえられた。

ギロリと睨みを利かせたその目は、虚ろだった、確かな憎悪が込められていた。そしてすぐにそれは哀愁へと変わる。私に向けての物ではないことは確かだった。

腕を引かれ、彼に近づく。そしてそのまま、唇を合わせた。驚いて、顔を離そうとするけれど、彼はそれを許さない。抵抗しようとしたけれど、辞めた。受け入れてあげるのが彼の支えになると、思ってしまった。

二か月ぶりの彼に対してそう思うのだから、恋とは恐ろしい。

私からはどんな味がするのだろうか。やっぱり、ブドウ味?あれだけ色々な味の飴を食べていたから、それすらもわからないのかもしれない。甘いことだけしか、認識が出来ないのかも。

「ごめん」

彼はそう言った。それは私へ向けてなのか。謝ることは無いと言ってあげたかった。

流れるままに私は過ごした。指先を動かすことすらしなかった。全て彼の思うまま。思うままに、仰せのままに。


「うあ」

冬特有の寒さが、私の肌を突き刺した。どうやら、朝が来たらしい。外の様子を見るに、まだ日が出たばかり。清二は隣ですやすやと寝ている。取り敢えず、服を着よう。

鏡に映った私の姿。首元に、うっすらと跡がついている。そんなことまでしたのかと、昨日の私の愚かさに嫉妬した。

部屋に戻ると、彼は起き上がっていた。昨日と違って意識ははっきりしているようだ。目線もグラグラとしていない。私が知っている彼なのだとわかった。

「あ、ごめん、昨日は俺……えっと、その」

私の存在を認識し、彼は青ざめる。私から匂う残り香に気づいたか、せっかくのハンサムフェイスが台無しだ。

彼を見下ろす。彼は酷く怯えているようだ。私から罵詈雑言を浴びせられると思っているらしい。そんなことしないのに。

「気にしてないよ」

そういうと、彼は私が気を使っていると思ったらしい、慌てて立ち上がった。

「気を使わなくていいよ、昨日は本当に酷いことを……ごめん、許さなくていいから」

「本当に気にしてないから」

それを聞いて、彼はますます困惑したようだ。そうだ、朝ごはんを食べよう。朝起きたらその次には朝ご飯を食べるものだと決まっている。

何を作ろうか、トーストは外せない。目玉焼きも良いんじゃないだろうか。それにチーズまでのせたらもう最高。……太ってしまうだろうか、悩む。

背後でそろそろと音がする。振り向くと、清二が靴を履いていた。

「どこ行くの?」

「いや、帰った方が良いかなって」

彼は私に気を使ったつもりなのだろうけれど、私からしたらそれは逃げにしか感じれない。でも、それを言うのは気が引けた。

「朝ご飯、二人分作っちゃった」

そう言って、二個目の卵を割り落とす。

「……じゃあ、食べていこうかな」

「うん、ちょっと待っててね」

私の圧に押されたか、彼はそそくさと部屋の中に戻っていった。

我ながら上出来、とても良い朝ごはんが出来た。

「おいしい?」

「うん、おいしいよ」

彼はまだ落ち着きが無かったけれど、美味しい朝ごはんに負けて、表情が緩んできていた。

「ごちそうさまでした」

朝ご飯を食べ終わって、片づけをする。

「そろそろ帰る?」

「うん……今日は出勤日だし、一度家に戻らなきゃ」

「日曜なのに?大変だね」

「最近忙しいから」

背を向けたまま、靴紐を結ぶ。声が震えている。ずっと怯え続ける彼が癪に触って、ドアを開け、外に出るとき、私はこう言ってやった。

「私、清二の事大好きだよ、愛してる」

ピタッと固まる彼。私はドアを閉めた。返事なんか聞いてやらない。鍵を閉める。彼が二か月間何をしていたかとか、何があったかだなんてどうでもいい、聞きたくもない。ただただ、恋するって素晴らしい!なんだか気分が高揚してきて、鼻歌を口ずさむ。彼は今どんな顔をしているだろうか、想像してみるだけで面白い。

窓を開け、朝の空気を思いっきり吸う。空には、大きな虹がかかっていた。


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