第弐拾漆話 冒涜戦線

 刹那、エイブラムスの側面を八八ミリの徹甲榴弾が貫いた。


 弾頭炸薬が炸裂し、内部の乗員と各種モジュールをズタズタに切り裂いていく。弾薬と燃料タンクにと引火、誘爆し、盛大な爆炎を吹き散らして一両のエイブラムスが屑鉄と化した。


「なっ?! 何が──」


 戦慄するウルフ01の側面にも徹甲榴弾が突き刺さり、同様に鉄臭い花火を上げる。もう一両、また一両と喰われ、ものの三秒で四両のエイブラムスがスクラップと相成った。


"ティーゲラー01アインス、敵戦車撃破"

"ティーゲラー02ツヴァイ、敵戦車撃破"

"ティーゲラー03ドライ、敵戦車撃破"

"ティーゲラー04フィア、敵戦車撃破"


 ガソリンエンジンが唸り、鋼の鱗を纏った異生物が瓦礫より這い出てくる。


 古めかしい八八ミリ戦車砲を据え、ギュラギュラと無限軌道がコンクリートの大地に足跡を残していく。


"ティーゲラー01アインスより冒涜師団各員"


 音無き声が響くと共に、廃墟のミハイロフカに命の気配が蘇った。


"誅戮ちゅうりくを開始せよ"


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 ミハイロフカの市街。その外周から内側から、あらゆる場所から敵の戦車が湧いて出た。完全なる奇襲攻撃を受けた混成機甲部隊は分断され、完全なる包囲下に置かれていた。


「タイガー03!! 右前方にティーゲル二両!! 突っ込んでくるぞ!!」

『くそっ、またかよ!!』


 タイガー01の警告に、タイガー03の一三〇ミリ砲が即座に照準。轟音と砲煙を噴き上げる。されど、砲火を吹く寸前で敵は車体を傾け、けたたましい衝突音を立ててこれを弾いてしまう。


『クソッ、クソッ、クソッ!! なんでだ?! なんで弾かれる?!』

「落ち着け!! 側面か背面。正面の垂直部を狙うんだ!! 敵の動きに惑わされるな!!」

『出来たらやってる!!』


 酷いノイズの中飛び交う無線交信に徹甲榴弾。そしてAPFSDSの応酬。四方八方からティーガー重戦車が機甲部隊を押し潰さんと迫る。


 そして、敵はティーガーだけではない。


 タイガー03の後方。潰れかけの家屋が派手に吹き飛び、土煙が煙幕の如く広がる。間髪入れず、土煙の中から一両の重戦車が姿を現した。


「タイガー03!! 後方IS-2!! 回避、回避!!」

『はっ?! 車体回せ!! ケツに正面を向けろ!!』

「装填手!! 速く装填しろ!! 援護するぞ!!」

「自動装填ですよ何言ってんですか?!」


 支離滅裂な指示に、つい砲手が突っ込みを入れてしまう。


「クソ!!」


 ガンっと砲塔を叩く。タイガー03の超信地旋回と砲塔旋回より早く、されどゆっくりと、重々しく一二二ミリ砲が上がる。


 砲身が止まった一瞬。黒い爆炎がIS-2を包み込んだ。


「やっと来てくれたか!!」


 爆炎に驚いたのか、ねじ切れた砲身を上空に向けつつIS-2が後進し始める。それに対し、逃がさんと言わんばかりの勢いでサーリヤが着弾。IS-2の砲塔天板に張り付いて、ゼロ距離から黒鉄の鋭弾を叩き込む。


 薄い天板を狙われ、大きく破孔が開く。サーリヤが飛びのくと同時に、IS-2の各所がボコボコと膨らんで盛大に爆発。黒焦げの影をその場に残して綺麗さっぱり消滅してしまった。


 少し遅れてルカも着弾。辺りを一度見回して、サーリヤに指示を請う。


「どうするんですか、これ?」

「二手に分かれる。私はこっち、眷属はあっち」

「どっち??」

「あっち」


 指で差されても大雑把過ぎて分からない。だが、敵は待ってはくれない。


 また一両、瓦礫の海を掻き分けて姿を現し、ルカとサーリヤに向けて機関銃を撃ち放す。寸でのところで左右に避けて瓦礫の影に身を隠すも、発せられる敵の殺意は砲口がルカに向けられていることを知らせていた。


「あぁもう!!」


 鎖の一端を切り離して起爆。高速で横に跳び、敵の砲撃を回避しつつ側面に回り込む。


「撃て!!」


 生やしておいた三本の尾が火焔を吐いて、ティーガー重戦車の側面を貫徹。これまたボコボコと全身が膨らんで爆散。跡形も無く塵と化した。


 とにかく、今はサーリヤの指差した方向全体を守る他無いだろう。サーリヤと行動を共にしたところで邪魔になるだけだ。


 現状、ルカとサーリヤは部隊全体の配置で見れば左翼に位置している。サーリヤの指差した方向は中央正面だが、中央全体はノルトフォークが勝手に戦闘を始めてしまっているから大丈夫だろう。


 となれば、右翼正面寄り。そうルカは判断して、正面右翼へと飛んだ。


 案の定、右翼正面は崩壊寸前であった。それもそのはず。右翼正面に展開する第六機甲大隊の中核はT-72。多少機動力をかさ増しさせているとはいえ、練度不足も相まって戦力としては居るだけマシ程度だ。


 空高く飛び出たルカの眼下で、また一両のT-72が挟み撃ちにされて撃破される。


 僅かに一○キロ程度の後退速度でジリジリと下がるT-72の隊伍の後背に、IS-2とティーガーの混成部隊が迫る。


「させるか!!」


 ルカは爆圧を以て吶喊とっかん。瓦礫を踏み散らす重戦車隊の正面に躍り立つ。


 即座に全ての銃砲がルカの着弾地点へと襲来。ルカは鎖を隙間なく正面に展開、壁を築いてこれを防いだ。されど、機関銃弾は止むことなく火を吹き、鎖の障壁に弾かれ激しい跳音が鳴り響く。


「撃て!!」


 鎖の障壁から砲口を僅かに覗かせ、数うちゃ当たると適当に射撃。敵はお行儀よく戦列を並べている。ゆえに、一両二両には命中した。


 だが、やはり当たり所が悪い。ものの見事に弾かれ、敵は横隊から縦隊へと隊列を変更。より当てづらくなってしまった。


「くそっ、どうすれば......」


 考えているうちにも、機関銃弾と榴弾が鎖の障壁を削っていく。


 そして、ふと気付く。敵の見てくれは戦車そのもの。なれば、真上には撃てない。


 ルカはほくそ笑み、鎖の障壁を解除すると共に敵縦隊の真上へと向けて飛翔する。鎖の爆圧で更に増速。空高くへと、敵の銃砲の射程圏外へと登り詰める。


「もう一回!! 撃て!!」


 揺ぎ無く敵戦車を捉え、砲火が轟く。閃光と共に着弾。正確無比に撃ち抜かれた三両の戦車が爆散。その爆発に巻き込まれて、密集した重戦車に爆発が連鎖していく。


 爆発音が連続し、数十両が纏めて一掃された。ルカは心底不思議な気持ちで、その爆裂の連鎖を見届けていた。


「誘爆?」


 誘爆、それにしては不自然だ。重戦車ほどの装甲を持っているのなら、密集していようと誘爆などと言う粗末な死に方はしないはずだ。


 なのに、なぜ。疑問が脳裏にこびり付く。


 とはいえこれは好機だ。砲尾の使い方にも慣れてきた。痛みも溢れ出るアドレナリンのおかげで気にならない。血が絶え間なく流れ出て、手が真っ赤になっているのは少し気持ち悪いが。


 指揮棒でも振るかの如く鎖を縦横無尽に振り回し、鎖の雨を降らす。絨毯爆撃が重戦車を襲い、身の毛のよだつような爆風と振動が空気を伝う。


 少し、ハイになっていた。


 ルカは勢いのままに。感情の赴くまま、押し込んだ憎悪に従うまま。目を殺意でギラつかせ、重戦車とMBTが死闘を繰り広げるど真ん中へと飛び込んだ。


「足りない」


 着弾と同時に砲尾が火を吐いて、三両仕留めた。誘爆して五両殺した。


 ドクっと、鼓動が強まるの感じる。戦いの高揚が、痛みが、敵を殺す快感が。全ての心の傷を押し流してくれる気がした。


「もっとだ!!」


 目を見開き、猟奇的に笑う。瞳は血走り、視野が徐々に狭まっていく。動きの鈍る鎖を置き去りに、無鉄砲に突撃。重戦車の機関銃に打たれながら、榴弾の弾幕砲火を一直線に駆け抜ける。


 ティーガーを真正面から叩き斬り、ティーガー諸共葬らんと銃砲を差し向けるIS-2に鎖を打ち込み汚い花火を上げる。


 十字砲火を避けて上空へと跳び上がって、違和感を感じた。


 鎖の反応が鈍い。嫌に重く感じる。


「クソッ!! 言うこと聞けよ!!」


 赤く染まった瞳で睨み、怒鳴る。鎖は一瞬ビクッと跳ねて、だらりと垂れた。言うことを聞く気になったようだ。


 思い通りに相手を屈服させる快楽。手応え確かな敵を、自らの手で葬る痛快さ。ルカは自らの心が何かに侵されているのを感じつつも、この快楽から逃れることは難しく。


「そうだ!! もっと!! もっと──」

"──もっと殺してやるんだ"


 自分じゃない声が聞こえて、ルカは虚を突かれたように硬直してしまう。


"少年......いや、ルカ。君は素晴らしい。破壊衝動、殺意、憎悪。満点だ"

「............だ、だれ?」

"私に名は無い。だが、人の子らはこう呼んでいた"


 天に渦巻く嵐から声が聞こえる。


"外法の者、と"

「げ、外法??」

"水を差して悪かったな。さぁ、情動に従い、破壊を続けたまえ。私も少しばかり、力を与えよう"


 声に気配が途絶えると共に、心臓が破裂しそうなほどに強く脈打ち始めた。


「ぁがッ?!」


 滝のように口から血を吐いて、息を吸うたびに鉄臭い血の臭いが全身を巡る。


 生やした鎖が真っ黒な炎に包まれる。燃えているというのに凍てついた瘴気が漂い、冷たい空気を吸い込む度に感情が黒く濁るのを感じる。


"思う存分暴れたまえ。英霊の死を冒涜する悪霊共を、その傲慢と憎悪を以て。好きなだけ殺すといい"

「............」


 あぁ、そうか。


 答えを教えてくれたんだ。


 そうだ、やっとわかった。


 我慢なんて、しなくていいんだ。


 <<>>


 後退を続けるエイブラムスの車列が前に、黒い炎が躍り出た。その炎は弾丸雷雨を焼き払い、どす黒い煙を吐き出している。


「今度はなんだ?! なんなんだ?!」


 突然現れた黒い炎に、一両のエイブラムスが機関銃を撃ち散らす。


『バター04!! 無暗に発砲するな!! 味方の可能性もあるんだぞ!!』

「知るかよ!! こんなのが味方であってたまるかってんだ!!」


 機関銃が効かないと分かると、次は主砲を叩き込もうとエイブラムスの一二〇ミリ砲が僅かに動く。


 その動きを捉えると、黒い炎は火焔を撃ち飛ばし、砲身を焼き溶かした。


「なっ?! 砲身が?! こいつ敵だろ!! 攻撃してきたんだぞ!! 敵じゃなかったらなんなんだよ?!」

『まだ酒が入ってるのか貴様!! いいから命令を聞け!!』

「クソックソックソッ!! 下がれ、後退だ後退!!」


 部隊長の指示も何も無視して、一両のエイブラムスが独断で後退を始める。


 後退を続け、視界の良く通った広間に出る。広間の真ん中に来たタイミングで、ティーガー重戦車の群れが家屋から飛び出してきた。


「はぁ?! なんで?! なんでこんなところに?!」


 四門の八八ミリ戦車砲が四方からエイブラムスを捉える。


「嫌だっ!! 死にたくな──」


 ティーガー達が火を吹く寸前。どす黒い炎がティーガーを包み込んだ。発射寸前で、砲閉鎖に詰め込められていた弾薬が誘爆。砲塔前面が捲れ上がり、醜い骸を晒す。


 かつて雪原と砂漠と。沼地に市街を駆け抜けた王たる虎の姿は、憎悪の黒き炎に焼き焦がされ、溶かされて。醜悪に、むざむざと溶けていく。


 驚いてキューポラから顔を出して辺りを見渡す車長。その目の前に、黒く燃え立つ少年が立っていた。


「き、君は......?」

「............」


 少年は何を言うでもなく、ただただ目の前のエイブラムスを睨み付けていた。


 そうしている間にまた一両、最前線でエイブラムスが破壊され、爆炎と狼煙が上がる。


 少年は最前線へと振り返り、燃え立つ鎖と砲尾を徒然に最前線へと征く。守るモノなどない。なれば、殺し尽くすがために。


 少年は溢れんばかりの憎悪と傲慢なる力たる炎を纏い。最前線を文字通り火の海へと変えていった──。


 <<>>


"天にまします我らが主よ、計画は順調です。御霊の器は美しく磨かれ、糧たる魂も順調に揃っております"

"よろしい。吉報を待つ"

"ご期待に沿って見せましょう"


 あと少しで全てのピースが揃う。滅びのパズルが完成する。


 人の子らは、我らが主を冒涜した。だからこそ、我らも奴らの死を冒涜するのだ。偽りの神共も、傲慢なる人の子らも。


 死して御霊は天へと還るのみ。


 だが、これは違う。報復だ。天へと還る御霊を呼び起こし、英霊を今一度、死の恐怖へと。


 死を愚弄せよ、神を冒涜せよ。我らが主こそが世界を統べるのだ。


 古の契約に従い、我らは滅びを執行する。全ては自業自得、全ては人の子らが罪。


 人の子らは言う。外法の魔を討てと。


 対し我らは履行する。滅びの裁定を。


 崇め、恐れ、心の内に秘めた我らが主への賛美。全てを忘れ去り、遺すことさえ忘れ愚弄した人の子ら。贖罪しょくざいは、その命を以てして償われる。


 冒涜ここに極まれり。我らが主と神と人の子らが創る、愚弄の大戦、冒涜されし戦い。一言で言うなれば──。


 ──冒涜戦線。


"さぁ、人の子らに罪を償わせよう。そして、我らが主へ貢ぐのだ"


 このゲーム、我らの勝ちだ。

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