第拾話 ピンチヒッター

 ──西暦二〇〇二年九月三日、午前一時──


『ジャガーノート、こちらリベレーター。また救援要請だ』

「次は?」

『同じくウクライナ保護国、ドニエプル線へルソン要塞』


 またドニエプル線だ。それも間髪入れずの集中攻勢。


『もう既に戦闘が始まっている。加えて同基地には鉄道路線増設の為に徴用された避難民が数百も居る。いくら避難民とはいえ、あまり死に過ぎると後が面倒だ』

「守る?」

『ああ、出来る限り守ってやれ。だが、最優先すべきは基地の防衛だ。支障があるようなら見捨てて構わない』

「こういう時なんて言うのか知ってる。相変わらず血も涙も無いな、でしょ」


 やや長めに無線機が沈黙する。


『............映画の見過ぎだ、ジャガーノート』


 <<>>


 夜間での活動が不可能とされていた異生物群グレート・ワンの夜襲が確認されてから約三〇時間。今宵も闇夜に紛れてオーロラ色の奔流がドニエプル線、へルソン要塞を襲っていた。


Огоньアゴー二!!」


 射撃の号令が下り、一個中隊総勢一二両のT-72が火を吹く。マズルフラッシュが煌めき、硝煙の匂いが辺りを満たす。


 翼を広げた翼安定式成形炸薬弾HEAT-FS浸透襲撃種ガルマディアの一群に襲い掛かる。しかし着弾点にその姿はなく、弾頭炸薬が虚しく地面を抉る。


 浸透襲撃種ガルマディアは回避機動の勢いそのままに再びT-72の車列に向け突撃。弾丸雨注の戦場で耳の肥えた兵士達ですら慄かせる雄叫びを上げる。


 六のあしをうねらせ、土砂と先行掃討種クリューエルを蹴り飛ばしながら迫る姿は悪魔と呼ぶに相応しい。


「──ッ......クソッ、頭がおかしくなりそうだ」


 中隊長は軽く頭を抑え、目を瞑る。


 一瞬して目を開けると、先程まで先行掃討種クリューエルと照明弾によって照らし出されていた浸透襲撃種ガルマディアが消えていることに気付く。


 しまった。


 そう口にするよりも速く、浸透襲撃種ガルマディアが中隊長車に直撃。T-72の車体に取り付き、エンジンルームを尻尾で突き刺し破壊。三又に裂けた大口で、砲塔をターレットリングごと引き抜き投げ捨てる。


 周囲の中隊各車は何が起きたかすら理解できず、呆然と動きを止めている。


『中隊長!!』


 一拍置いて状況を理解した誰かが叫ぶ。そして、その叫びも続いて飛び掛かってきた浸透襲撃種ガルマディアによって掻き消されてしまう。


 二号車、三号車と同じように仕留められていく。


「こ、後退! 下がれ! 下がれ!!」


 何も出来ずに眺めていた四号車の車長が操縦手に怒鳴る。


 操縦手は一瞬遅れて後進一杯にギアを入れる。エンジンが唸り、のそのそとT-72が動き出す。


 獲物を仕留めた浸透襲撃種ガルマディアが、砲塔と車体に残った搭乗員を啄んでいる。その隣をどうするでもなく、四号車の戦車兵は息を殺して後ろへ、後ろへと下がる。


『クソッ、嫌だ!! 来るな!! やめろ、やめてくれ!!』


 運悪く意識を保っていた戦車兵の悲鳴が無線越しに聞こえてくる。どれだけ叫ぼうと、生身の人間では浸透襲撃種ガルマディアに対しどうすることもできない。


 浸透襲撃種ガルマディアは悠々と迫り、返しの付いた牙が生え揃った大口で器用に戦車兵の頭を摘まむ。くぐもった悲鳴を上げてでたらめに暴れる戦車兵を、浸透襲撃種ガルマディアは勢いよく地面に叩き付ける。


 バンッと銃声のような音がして、戦車兵の身体が力なく垂れる。


 それを何度も、何度も。


 執拗に地面に叩き付け、真っ赤になった戦車兵を浸透襲撃種ガルマディアは空に放って丸呑みにする。


 他の二匹はもう餌を食い尽くしたのか、砲塔や車体を引き裂いてはつついている。もう餌が無いことを確認した浸透襲撃種ガルマディアが振り向く。グルグルと喉を鳴らし、三匹共々が互いに威嚇し合う。


 三つ、四つと小さく咆哮。


 一匹が四号車へと向かう。


 順番が決まったようだ。


「......砲手。目標左前方、浸透襲撃種ガルマディア。距離ゼロ、照準次第射撃せよ」

「了解」


 僅かに聞こえる駆動音と共に砲塔が浸透襲撃種ガルマディアを睨む。FCSが目標を捉え、小さく警報が鳴る。目標までは一〇メートルとなく、安全射程圏外だ。


 だが、四の五の言っていられる状況ではない。砲手はビープ音を響かせるFCSを切り、狙いを付けるまでも無く引き金を引こうと指を掛ける。


 あからさまな抵抗を浸透襲撃種ガルマディアが見過ごすはずも無く。僅かに鳴る砲塔駆動装置の音を聞き分け、浸透襲撃種ガルマディアは一際強く咆哮を上げる。


 餌の分際で生意気だ。


 そんな怒りが垣間見える、腹の底まで響くような咆哮。


「────ッ?!」


 四号車の戦車兵達は強烈な耳の痛みと目眩めまいに襲われる。咄嗟に耳を抑えた両手の隙間から血が垂れる。


 脳が理解を拒む。


 目の前に死が迫る。


 嫌に引き延ばされた意識が、飛び掛からんとする浸透襲撃種ガルマディアを捉える。


 やっと脳が死を受け入れて、目を瞑ろうとする直前だった。


 どこからか現れた黒鉄の弾丸が浸透襲撃種ガルマディアを撃ち抜いた。突出した一匹を切り裂き、間髪入れずに残りの二匹に着弾。青黒い巨躯が醜い肉塊と成り果てる。


 直後に爆発するような音を響かせながら鎖が地面に突き刺さる。呆然と動きを止めた四号車の後方から、サーリヤが姿を現す。サーリヤは低空飛翔の勢いを殺さぬまま、打ち込んだ鎖を軸に九〇度旋回。


 防衛線を突破して奥深く浸透する浸透襲撃種ガルマディアの一群を背後からの奇襲で仕留める。突破されそうな場所の群体に鎖状の子弾を撒き、大まかに頭数を減らした後は足元で鎖を起爆。


 高度を取り周囲の状況を確認する。


 ぐるりと見回し、異常な行動を取る一群を見つけた。へルソン市街を突破した浸透襲撃種ガルマディア達がドニエプル川を前にして進路を変更。数十匹の群れを成し、ドニエプル川沿いに北上を開始したのだ。


「面倒な」


 今日で何度目かの戦術的な行動だ。高い機動力を持つ浸透襲撃種ガルマディアは渡河に際して極端に動きが鈍る。そこが狙い目だったのだが、これではそうもいかない。


 恐らく浸透襲撃種ガルマディアが目指しているのはアントノフスキー橋。あそこには鉄道路線増設の為に徴用された避難民が未だ残っている。そのことを理由とせずとも、橋を越えて味方の対空砲陣地に浸透されては面倒だ。


 鎖を起爆させて空中で加速しつつ橋へと向かう。


「急げ!! 徴用作業員を優先的に避難させるんだ!!」

「なんでこんなとこに民間人を連れてきてんだ!!」

「そんなの知るかよ!! 人が鳥の餌みてぇに食われるの見たくなけりゃさっさと誘導しろ!!」


 耳を済ませればそんな会話が聞こえてくる。今までは夜間に襲撃は無かった。昨日一件あったとて、悪いことが連続して起こるとは考えもせずに今夜も鉄道の敷設作業を行っていたのだろう。


 上層部はそのまま作業させることによるリスクよりも、早急な鉄道路線の増設によるメリットの方が大事らしい。


 手首の鎖を大きく横に振り、瓦礫と化した家屋かおくを突き進む浸透襲撃種ガルマディアの進路上に投げ付ける。地中深くまで貫通し、しっかりと固定されたのを手で感じて鎖を巻き上げる。か細い腕を切り裂かんばかりの勢いで鎖が身体の中を這いずり飲み込まれていく。


 十分に加速したら鎖を地面から引き抜き反転。地面と衝突する直前で足首から生やしておいた鎖を起爆。着地時の衝撃を緩和する。


 これで丁度、浸透襲撃種ガルマディアと徴用作業員達の間に立ちふさがる形となった。


「今度はなんだ?!」


 突然の爆轟に驚いた兵士達がざわめく。土煙が晴れていくにつれ、警戒と疑念の表情は薄れていく。


「ジャガーノートっ......」


 あまり歓迎していないような声音だ。


「下がれ! 今のうちだ、急げ!!」


 今更な怒号を尻目に、サーリヤは浸透襲撃種ガルマディアの群体に真正面から襲い掛かる。先頭の個体が大口を開けて咆哮。強烈な衝撃が身体を頭から足先へと突き抜ける。


 サーリヤは地面を蹴り、跳び蹴りの姿勢で群体へと飛び掛かる。六つの砲口を大口の中央に集中、同時に撃発。集中砲火により首根っこから消し飛んだ死骸を両足で踏みつけ、長々と引きずり勢いを殺す。


 そこそこの質量を持つ体躯と、弾性に富んだ浸透襲撃種ガルマディアの表皮は衝撃緩衝材として中々に良質だ。


 瓦礫と土砂で荒々しい地面に削られ、次第に速度が落ちていく。釣られて左右に避けていた後続の浸透襲撃種ガルマディアもドリフト気味に急減速。二又の尻尾を地面に叩き付けると、大きく咆哮を上げながらサーリヤに迫る。


 しかし、全部が全部サーリヤへと向かって来ているわけではないらしい。最外周を走る個体はこちらを見向きもせず、橋へと一直線だ。


「邪魔」


 正面から襲い来る浸透襲撃種ガルマディアに一発、二発と砲撃。一発目は咄嗟射撃だったせいか浸透襲撃種ガルマディアの右前腕部に命中。即座に修正、二発目は頭部に命中し疾走していた勢いそのままに地面に伏す。


 続いて二匹目、三匹目と間髪入れずサーリヤの眼前に躍り出る。サーリヤを包囲するように周囲の個体も動く。


 どうも橋へと向かう別働隊を叩かせるわけにはいかないらしい。


 だが、サーリヤを相手にして戦力分散は悪手もいいところだ。この辺りの思考はまだまだ未熟なことに喜ぶべきか、はたまた未だ成長の余地があると悲観すべきか。どちらにしろこれからの戦いは苦しくなるだろう。


 背中から新たに鎖を一対生やし、手数を増やす。背後に回り込もうとする二匹を串刺しにして橋の方へと投擲。死骸は別働隊の進路上に墜落し、不幸にも一匹が下敷きになる。


 これで一、二秒くらいは時間が稼げる。


 あまり時間は掛けられない。正面の敵に向けてサーリヤは走り出す。呼応して左右に布陣していた浸透襲撃種ガルマディアも動き出す。


 正面の二匹は大口を開け、尻尾を叩き付けて突進を仕掛けてくる。尾の照準を二匹に指向、一発づつ撃発。当然避けられるが、間髪入れずに残った四門が火を吹く。


 命中。二匹共々頭を失いくずおれる。


 出来れば包囲している浸透襲撃種ガルマディアを殲滅してから向かいたかったが、別働隊の動きが思ったよりも素早い。もう橋に着いてしまいそうだ。


「仕方ない......」


 サーリヤは腰を落とし、異常な速度で加速。強く踏み込み跳び上がる。


 橋の方へと向かう直前で嫌なものが視界の端に見えた。五〇メートルはある巨躯に三対の歩脚。


 重装甲殻種ファントムだ。


 ただでさえ防衛線は半ば突破されている状態で、サーリヤも即応は出来ない。比較的鈍重ではあるが放ってもおけない。加えて数もやたらと多く、見ただけでも二〇体。


 片付けることは十分可能だが、次いつどこに敵が攻めてくるか分からない。流石にサーリヤ一人では厳しい戦況になってきた。


 兎にも角にもまずは橋の防衛だ。振り返り、さっきと同じように爆圧で別働隊の正面に着弾する。


 土煙が晴れるまで待つ時間すら惜しい。音と振動で大まかな位置に狙いを付け一斉に撃ち放す。同時に土煙から飛び出し目に付いた個体に鎖を投げ付ける。


 細長い首に鎖を巻き付け、大きく振り上げて地面に落とす。これだけでは仕留めきれない。接近して大口の中に腕を突っ込ませると、内側から浸透襲撃種ガルマディアの身体を両断して仕留める。


 隙を突いて浸透襲撃種ガルマディアの尻尾が横殴りに襲い掛かる。剣のように構えた鎖で尻尾を叩き切り、跳び上がって返す刀で強引に首を切り落とす。


 尋常じゃない程に腕が痺れる。やはり表皮の外側からでは身体に無理を強いてしまう。


 そうやって次々と仕留めていくが、次第に動きが悪くなってくる。


「しまっ」


 着地の衝撃が直に脚を直撃し、折れてしまった。放っておいても数秒で治るものの、僅かに生まれた一秒程度の隙が命取りだ。


 浸透襲撃種ガルマディアの大口に上半身を飲み込まれ、一回二回と叩き付けられる。そのまま飲み込もうと宙に放り投げられた所で強烈な爆轟が響いた。


 並大抵の威力の砲撃ではない。辺り一面、浸透襲撃種ガルマディアの群体諸共消滅している。


 一六インチ列車砲の榴爆弾だ。


 そしてサーリヤも勿論無事ではない。軍服も身体もボロボロだ。再生する皮膚に押され、焼け焦げた表皮が剥がれ落ちる。


 このくらいでは死ねないが、なんと酷い支援砲撃か。いくら皮膚は再生しようと軍服は対象外。


 おかげさまで真っ裸だ。


 ふらつく身体を動かし起き上がる。避難民達は無事なようだ。


重装甲殻種ファントムを......」


 振り向いたタイミングで、頭上を息を吐くような音と共に何かが飛んでいく。白い煙が尾を引いて、数秒後に爆発音が空気を揺らす。


 何事かと跳び上がって確認してみると、数十の白い煙が途切れた場所に重装甲殻種ファントムが横たわっている。重砲と列車砲の熾烈な砲撃に紛れ、また数十の飛翔体が白い尾を引きながら飛んでくる。


 飛翔体はピンポイントで重装甲殻種ファントムを直撃。ものの一、二分で二〇体の重装甲殻種ファントムが全て撃破されてしまった。


 何が起きたのか。


 その答えは戦線後方二〇キロ、高度四千にあった。


『カノーネ01、こちらブラックドック。終末誘導員から報告、対艦ミサイル全弾命中。腕は鈍って無いようだな』


 安全地帯で手綱を握るAWACSから通信が入る。


「当たり前だ」

『久々のフライトだ、もう少し飛んでいくか?』

「......いや、大丈夫だ。任務は終了、下手に遊んで帰ったらおもちゃを没収されちまうからな」

『了解。ミッションコンプリート、RTB』


 五機編隊のトーネードIDSが緩やかに旋回。空を奪われた世界で、航空機は蚊帳の外。こんなミサイルキャリアーみたいな運用が関の山だ。


「また出撃の機会あるんですかねぇ」


 後部座席の兵装管制官が話しかけてくる。


「さぁな。ただ、無いに越したことは無い」

「......本気で言ってます?」

「本音を言うともっと飛びたいぜ」

「だと思いましたよ」


 他愛もない雑談を交わしながら基地へと向かう。


 在るべき居場所を失い、それでも彼らは飛び続ける。


 いつか、故郷の空を再び仰ぎたいから。


 懐かしきドイツの青い空を、もう一度この目で、この狭苦しいキャノピーから。


 尾翼に描いたグリフィンのパーソナルマークは、ドイツの空を飛んでいた時から変わらない相棒の印。


 彼らが地上で死してなお戦うと言うのなら、俺達は死者を導く者ワルキューレだ。


「ドイツ連邦空軍第三二戦闘爆撃航空団、これより帰投する!!」

「また怒られますよ」


 <<>>


『──というわけで、今日の攻勢はひとまず落ち着いた。休んで大丈夫だ、ジャガーノート』

「ほんとにこれで全部?」


 基地要員から貰った替えの軍服に着替えつつサーリヤは問う。


『まぁ、また何かあったら起こすことになるが......大丈夫だろ?』

「問題はない」


 運がいいことに先程の大攻勢を皮切りに敵の攻勢が止んでいる。サーリヤとしても、これ以上の連戦は肉体の方がダメになってしまう。


『それと一つ伝達事項がある。対艦ミサイルの使用許可が下りた。基本的にはジャガーノートが先に動くことになるが、先程のような緊急時はロシア空軍臨時航空隊[カノーネ]が出撃する』

「......安直だね」

『言ってやるな。ついさっき出来たばかりなんだ』


 カノーネとは直訳すれば大砲。


 列車砲の代替だいたいとして起用された経緯を考えれば、あながち間違ってはいないだろう。


『とにかく今は休め。まだ夜は長い』

「そうする」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る