第9話 目が覚めたら、幼なじみが十歳年上になり社会人になっていた件について



 "たっくん"


 懐かしさを感じる顔立ち、気持ち。そしてなにより、達志のことを「たっくん」と呼ぶのは一人しかいない。

 背は伸び、以前とは違う。顔は大人っぽくなりながらも、童顔の部類。女性としてはコンプレックスを感じていた身体も、今ではスタイルは抜群だ。


 あの頃の面影を残しながらも、成長したその姿。正直姉だと言われた方がまだ納得できるが、あいつに姉妹はいない。つまり、本人。

 達志にとっては、つい『昨日』会ったばかり。それが驚くべき変化を遂げている。


 だが、そもそも忘れてはならない。あれから、十年の時が経っているということを。だというのなら、この見た目の変化も納得せざるを得ない。


「……まさか……ゆ、か……か?」


「……十年ぶりなのに、覚えてくれてだんだ」


 そこにいたのは……達志の幼なじみである、如月 由香であった。由香は達志の言葉を聞くなり、今にも泣いてしまいそうなほどに目の端に涙を溜め、微笑んでいる。

 その表情を見るだけで、彼女がどれほど心配してくれていたのかが伝わる。


 ……母みなえは、この後来る人物と二人きりにするために、一人帰宅した。

 わざわざ十年ぶりの息子との再会を中断してまで、気を遣おうと考える人物……そんなのは、限られた人物しかいない。


 全く、いらぬ気を使わせてしまったものだ。わざわざ自分が去ってまで二人きりにしたい相手が、幼なじみの由香であるとは……


「……由香」


「……なに? たっくん……」


 こう呼ばれるのも、『昨日』までは気恥ずかしかったのに、今では心地よささえ覚える。

 体感では昨日のことでも、実際には十年経ってしまったと……心が、感じ取っているのだろうか。不思議だ。


 なにを言われるのか……期待に瞳を潤ませ、頬を赤く染めながら待っている由香に対して、達志は……


「しっかしお前……えろくなったなー」


「……なっ……!」


 気を遣うほど感動的な再会など、俺とこいつには似合わない……だから達志は、思いのままに感じたことを伝えた。しかしそれは、母の時とまったく同じ間違いだった。

 現に、それを聞いた由香は顔を真っ赤に、腕で胸を隠し、内股になる。


 しかし、その恥じらいの姿がまたそそるというもの。


「へ、変態! たっくんのえっち! せっかくの再会の言葉がそれなの!?」


 感動的な言葉を期待していた由香の乙女心は見事に崩れ、代わりに湧いてきたのはなんとも言い難い、形容しがたい気持ち。

 十年ぶりの再会が、こんな形で……だから由香は、怒る。とはいっても、恥ずかしさで顔を真っ赤に染め上げているため、迫力はないのだが。


 思いのままに感じたことを伝えた結果、案の定、罵られてしまう達志。


 しかし、母親といい由香といい、こうも身近な人物の成長を見せつけられると……つくづく、十年経った世界というものを突きつけられる。

 それに由香の成長ぶりは、人ってこうも変わるんだな、と目を見張るものがある。


 昔は胸はぺったん、背も低く、自分のスタイルに自信がないと言っていた。一部ではそこがいいと、ファンクラブまで存在するほどであったが。

 ……それが今ではどうだ。すっかり大人のお姉さんではないか。


 自分の知らぬ内に、みんな成長していたのだ。自分の、知らぬ内に……

 ……目が覚めたら、幼なじみが十歳年上になり社会人になっていた件について。今の状況を簡潔にまとめるなら、この言葉で充分だろう。


「十年、か……」


 寝る前を昨日とするなら、昨日まで達志は、高校に通っていた。目の前の、由香と一緒に。

 それが、どうだ。あの、高校生にすら見えなかった幼児体型の由香が、モデル顔負けのナイスバディになっている。それでも変わらぬ童顔と内面に、少しばかり安心感はあるのだが。


 これが十年か。


「そっか……びっくりした、よね。こんな……」


「そりゃもう。百歩……いや千歩譲って……まあ現実だから譲るもなにもないんだが、十年後は受け入れるにしても……この世界観は何よ」


 十年の世界。それだけでも処理しきれない事柄なのに、問題はそれだけにはとどまらない。十年後の世界と同じくらい……いや、むしろそれよりも大きな問題がある。

 『十年の歳月』……そして『異世界っぽくなった世界』。


 前者はまだ現実味のある現象ではあるが、後者はとてもではないが現実味もなにもあったものではない。

 獣人、魔法……フィクションの中でしか見たことのない世界が、目の前に広がっているのだ。真っ先に自分の頭がおかしくなってないかを疑った。


 夢でないかを疑った。……これは、現実だった。


 窓の外には、以前と変わらず近代的な建物が並んでいる。無駄に大きなビル、マンション、建設中の建物……というのに、この世界ではファンタジーな要素が絡み合っている。

 仮にここが異世界なら、まだ幾分か受け入れられただろう。


 目が覚めたら異世界……なんて、召喚ものや、達志の場合であれば事故のショックで異世界に飛ばされる、とか。

 達志の大好きなラノベでありがちな展開だ。予習だってしている。


 ……だが、ここは異世界じゃない。『異世界っぽい現実の世界』だ。ファンタジーだけどファンタジーじゃない。

 獣人が現代機器を使いこなし、飛行機と平行して鳥人間が飛び、庭では子供が魔法を放ちそれを注意されている。


「……なんだこの世界」


 自分の知らない間に変わってしまった世界。世界がこうなった理由はウルカから聞いたものの、それでもやはり……いや。

 今は、いいか。せっかく目の前に幼なじみがいるのだ。世界の情勢とは別に、彼女の状況を聞いてみたい。


 ……聞きたいことはたくさんある。あるのだが……うまく、言葉にできない。由香は、達志がなにかを言うのをただ待ってくれている。

 ……ならば、なにも考える必要はない。ただ素のままに、疑問をぶつければいい。


「……由香は、会社員?」


 大人になった幼なじみを前に、その身体の成長を除けばまず気になったのは、着用しているスーツだ。なにせ、眠る前までは……達志にとっての昨日までは、由香は高校生だった。

 それが、今では成人している。


「ううん、実はね私、教師になったんだ」


「へぇ、すげえな、きょう…………え、マジで!?」


 思わずさらっと流してしまいそうになったが、衝撃の告白に、驚きを隠せない。

 働いていることに驚きはしないが、高校生の時は、達志より……というか、学年の中でも最下位に近いほど頭が悪かったのだ。それに、性格としても子供っぽかったというのに。


 だというのに、だ。


「あ、今失礼なこと考えてるでしょ」


「おお、思ってない思ってない! バカなのによく教師になれたなとか、性格は今でも子供っぽいのにとか思ってないから! そもそも教師とかウソだろとか思ってないから!」


「めちゃくちゃ思ってるじゃん! 失礼を通り越してなんかもうすごいね!?」


 達志の態度に、不服だと猛抗議する由香は頬を膨らませる。

 その仕草が以前となんら変わりなく、外見は変わってもやはり中身は変わってない……その事実に、達志は安心する。


「ウソじゃないもん。証明書だってあるもん。見る?」


「や、いいよ。由香がそんなウソつかねえことくらい知ってる」


「なら覚えてるかな? 私の夢……」


「覚えてるもなにも、俺にとって十年経った実感ないって。忘れる要因がねえよ」


 由香の夢……無論、覚えている。実のところ由香は昔から教師に憧れていたのだ。私教師になる……なんて言われたときには、無理無理とあしらっていたが……


「夢、叶ったんだ。おめでとう」


 こうして、ちゃんと夢を叶えている。あの時からかっていた自分を殴ってやりたい。

 幼なじみからの労いの言葉に、夢を叶えた少女……いや女性となった彼女は、頬を緩め、赤らめる。

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