第6話 さようなら(1)
一度だけ、サトシがホテルで酒を飲んだことがあった。俺が持ち込んだ缶の酎ハイを飲むかと勧めたら珍しく頷いたのだ。
行為の後で喉が渇いていたのか、たまたまそんな気分だったのか、理由はわからない。俺に対してしつこいというイメージを持っているだろうから、ただ断るのが面倒だったのかもしれない。
「サトシは特定のセフレ作る気ねぇの」
「ない。アンドウは彼氏作ったら」
「なんで」
「彼氏がいたらセフレ必要ないだろ」
それは俺へ配慮しているようにみせかけて、自分へ向いている興味をそらしたいだけだろう。
口には出さずに毒づいたが、正直嬉しかった。たとえ返ってくるのが素っ気ない言葉でも、いつもより口数が多いサトシともう少し会話を続けていたい。
「寂しいこと言うなよ、続かないんだって。前に言っただろ」
そういいながら痩せた体に腕を絡めると、サトシはくすぐったさに身をよじりながら信じられないと言いたげに俺を見た。
「今、こんなにしつこいのにって疑っただろ。嘘じゃねぇって。付き合って別れて繰り返し過ぎて、ちょっと疲れたの」
「ふーん……合う相手が見つかるといいな」
完全に他人事だ。反応が返ってくるだけましかもしれない。酒に酔っているのか、いつもより本音をこぼしやすくなっているようだ。
今のうちにもう少しだけ本音に触れられないだろうか。
やはり行為の後は眠くなるのか、サトシは缶の中に残っている酒を一気に飲み干した後、俺の腕を邪魔そうに解いてうつ伏せでベッドに沈んだ。
「一回きりの相手にまた会いたいと思った事ってある?」
「ない」
「誰かと付き合ったことは?」
「一応ある、質問多いな……」
「じゃあ最後、相手がいなくて寂しくなったりしないの」
「……しない。体だけの関係に余計な感情が入ったら厄介だし、普通の恋愛はしんどい」
その言葉は何を思って言っているんだろう。厄介とは俺に対しての言葉だろうか。サトシがしんどいとこぼすほど夢中になった相手ってどんなだ。
少ない会話の中で時々出てくる誰かに、やり場のない気持ちを抱えてしまう。片思いの相手か、初恋の相手か。元恋人か――。
「……俺ってやっぱりうざい?」
口にしてからだいぶ女々しいなと後悔した。しかしさっき最後と言ったからか、サトシの口から聞こえたのは寝息だった。
珍しく一緒に酒を飲んで、口数が増えて、少しは心を開いてくれたのではないかと一瞬思ったのに、結局ポジティブな言葉を聞くことは出来ない。もっと聞いてみたいことはあった。しかし思うように聞くことは出来ず、最後にはもやもやとした気持ちが残った。
朝が来るといつも通り俺達はホテルでわかれた。
サトシが先に出て、俺が「また連絡する」と言っても返事はない。これはいつもの事だった。
だから手を振りながら、まさか本当に「また」がなくなるとは思わなかった。
その日を境に、サトシは俺と距離をおき、メッセージを送っても『仕事が忙しい』の一点張りだ。もちろん電話にも出ない、かけなおす前に電源を切られてしまう。
せっかく少し話せたと思った途端、明らかな拒否。
俺はあの日、サトシのテリトリーに踏み入り過ぎたのだろうか。
さようなら。
流石にもう仕方ない、そう思えたから、俺も連絡の数を減らし忘れようとしていた。
このままフェードアウトしていければ良かった。
一年前の夜。
知り合いからステージでライブをやると聞いて、見に行くついでに一人で飲んでいた店で、音楽と音楽の合間に、耳が拾ってしまった声。
その声は確かに聞き覚えがあるのに、会話のテンションや目に入った光景は違和感だらけで、思わず疑った――こいつ、誰?
そこにいる人物は確かにサトシなのに、隣の茶髪の男を真っすぐにみて饒舌に話している。腹を抱えて笑っている。
この店は賑やかで人も多い。客同士の交流も多く、人付き合いを面倒だと感じるサトシのような性格の人間は、来るのを嫌がりそうな店だった。なのにこんなに似合わない場所で、あのサトシが隣にいる相手をしっかり見て会話に夢中になっている。
そんな顔、出来るのか。
悔しかった。やり場のない気持ちの収め方がわからなかった。
もちろん、自分だけがサトシの相手をしてるなんて思っていた訳じゃない。なんせプライベートの事を一切話さない男だ。
しかしあれだけ頑なに恋人は作らないと言っていたのに、そんなに楽しく話せる相手、一体どこで見つけたんだよ。
この数か月距離を置いた理由はそれか? 俺といるのはそんなつまらなかったのか?
今、振り返ればあの夜、なんであんな行動に出たのかと後悔している。
気持ちを抑えて店を出ていればこんなに苦い思い出になることはなかっただろう。
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