第2話 二人の出会い

 サトシと初めて会ったのは数年前。

 俺は仕事が早めに終わり、暇を持て余していた。いつも通り何人かに声をかけたが、タイミングが悪く誰も捕まらない。たまにはと、最近あまり使っていなかったアプリで一夜限りの相手を探した。そして見つかったのがサトシだった。

 恋人は少し前から作るのをやめていた。

 交友関係は広い方で出会いがないわけじゃない。初対面の相手でも、飲み仲間でも、良い雰囲気になったら抵抗なく付き合うこともできた。

 しかしその出会いには酒の魔法でもかかっているのか、素面に戻ると互いに何かが醒める。どちらかが別れを切り出すまではそう時間はかからなかった。俺はゲイだから付き合う相手は男ばかりだが、相手が興味のある仕草をみせれば、たとえノンケの男でも構わず抱く。体から始まる付き合いの方が多かった。相手を選ばない辺りも別れが早い原因かもしれない。

 あまりに短期間の出会いと別れが続くと、好きという感情も、恋人を作る理由も、自分の中で必要なのか曖昧になってくる。恋愛について考える時間が増えるのも憂鬱だった。

 それならもう、人肌恋しい時だけ誰かと寝られればいいと、どこか醒めてしまったのだ。

 

「アンドウさん、ですか?」


 サトシと初めて会った日、待ち合わせの場所で時間通りに声がかかる。

 地味。

 それがサトシの第一印象だった。一切のしゃれっ気もない、真っ黒な服装。ついでにいうと愛想笑いもしない。初対面の相手に良い印象をあたえようという意思がまるで感じられない。

 過去に会った相手とは、いくら体だけの関係とはいえそのひと時を楽しむために少しは雑談をしていた。しかしサトシとは本当に話さなかった。

 初対面の相手に緊張しているのかもしれない。もしくはこういった出会いに慣れていない奴なのか? と、色々な理由を考えたが、時間が経っても自分の事を話さないし、こちらから話しかけても素っ気ない態度は変わらずだった。

 

「本当に喋らねぇなぁ」


 少し退屈になってきてそんな事を思っていたら、うっかり声に出てしまった。嫌な思いをさせたかと思い慌ててサトシを見たが、まるで気にする様子もなく「人付き合いが面倒で」とたった一言返ってきただけだ。

 人と会ってるのになんだこいつ。

 俺の中のサトシの第一印象に“失礼な奴”が追加された。

 今日の相手は外れかもしれない。正直落胆した。こんなこと言ってる人間に、アプリで相手を見つけなくてはいけないほど人恋しいと思う時があるのだろうか。

 もう会ってしまったからには仕方がない。どうせ暇だから時間さえ潰せればいい、話したこともない人間と会うのだからそういう時もあると割り切って、予定通りホテルへ向かった。

 

 シャワーも別で浴びたいという要望に応えて俺が先に浴室へ入った。さっぱりして部屋に戻ると、サトシはベッドに腰掛けて何かを見ていた。

 手に持っていたのは雑誌だ。備品として置いてあったのだろうか。ページをパラパラと素早くめくる姿は一見流し見をしているように見えるが、その目がどこか真剣だった。


「お先」

「あぁ。いってきます」


 声をかけるとすぐに手を止めたサトシは、雑誌をおいて短く返事をしたあと浴室に向かった。

 こういう事に慣れていなくて緊張している、というわけではなさそうで、淡々としているのは本当に性格のようだ。

 俺はシャワーの音を聞きながら、サトシが開きっぱなしにしていった雑誌を覗いた。あまりにも気持ちが盛り上がらないから、雑誌の内容が会話の糸口にならないかと思ったのだ。

 読んでいたのは意外にもファッション誌で、それも数種類ある。

 意外というのは、最初待ち合わせの時に抱いた印象の通り、サトシの服装は真っ黒でしゃれっ気がないのだ。地味に見えて実は凄いところの服ですって訳でもなかった。正直、雑誌を読み漁るほどファッションに興味があるとは思えない。


「置きっぱなしですいません」


 急に背後から聞こえた声に驚いて、思わず雑誌を手から滑らせてしまった。振り返るとシャワーを浴び終えたサトシが、すぐ近くに立っていた。


「……上がったなら言えよ」

「驚かせたみたいですいません」


 落とした雑誌を拾いながら表紙を見ると、どれも発行日が最近だった。よく見たら袋も待ち合わせをした駅構内にある書店のものだった。ホテルの備品だと思っていた雑誌は、待ち合わせの前に買ったらしい。


「いいけどさ。勝手に見て悪かったな。これ、今日買ったやつだろ」

「……雑誌好きなら、それ貰ってくれませんか。全部見たんでもういらないです」


 初対面の相手に変なことを言う奴だ。しかし嘘は言っていないようで、サトシは未練なんかなさそうに、入っていた袋に雑誌を戻していく。


「読むの早いな」

「慣れてるんで」


 なんでもない事のように言うが、雑誌の速読なんて一体どんな慣れだ。


「まぁ、貰っていいなら。鞄ないから袋ごと良い?」


 ファッション誌を読むのは好きだから有難く貰うが、サトシの行動はいまいちよくわからなかった。表情も変わらないから考えていることも読みづらい。


「どうぞ」


 差し出された袋を受け取る。

 その瞬間、袋を放した手が俺の腕を掴んで、サトシが身を乗り出した。唇が触れる。そのまま深くなっていく。

 サトシが見せたその動きで今日の目的は二人一致していた事がわかり、俺達は予定通り体を重ねた。

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