第1話:漲る勇気の赤の槍!

街は閑散と、そして雑然としていた。

人の気配のない街道には廃棄物があふれ、分別されてもいないそれは、強烈な悪臭を放っている。

人々は何処に消えたのか?

ゴーストタウンとなった街にも僅かながら人の気配はあるものの、大多数の人々は街を捨て、郊外に避難してしまっていた。

こんな状況が、ここ数年続いている、原因は何か?

それは、数年前開かれた次元の穴から現れた大規模な異世界の軍勢。

魔法を使う武装勢力ガラクーダの侵攻の前に自衛隊と在日米軍は全く歯が立たず、たった数ヶ月で日本は征服されてしまった。

ガラクーダは日本人をさらい、代わりに大量のゴミと征服獣ダートスを街に放った。

今や日本はガラクーダの廃棄物投棄場となり、人々は放たれたダートスの食料として供される、まさに地獄の様相を呈していた。

一部の人間は街に残り、ゴミ処理やダートス退治に従事するものの、圧倒的不利な状況は変わらない。

それでも日本人は、祖国奪還を諦めず、パルチザンとしてガラクーダと戦っていた。


そして今日も、不毛な街道を走る、清掃局のパッカー車が一台。


「この街もすっかり変わっちまったな……」

助手席の窓から街を眺め、清掃局員:山中太郎がため息をつく。

「ため息をつくな、だから俺たちがこうしてゴミ回収しているんじゃないか」

ハンドルを握り、外の惨状を真剣に見つめながら、同じく清掃局員:赤崎琢磨が相棒を諭す。

「でもよ、いくら俺たちが清掃しても、こうガラクーダの奴らにゴミを捨てられたら、全くの無駄じゃないか、焼け石に水だぜ……」

「そう言うな、俺たちが回収しなければ、ゴミは増える一方だ。焼け石に水でもいい、清掃し続けることが大事なんだ」

赤崎の瞳は、使命感で燃えていた。

「そんなもんかねー」

山中がまたもため息で返す。

「おい、あれみろ!」

赤崎の目が街のある一点に釘付けになる。

「ガラクーダの投棄艇か、もうウンザリだぜ……」

「そんなこと言ってる場合か、やるぞ!」

「え、やるってなにを?」

「決まっているだろう、落とすんだよ!」

「本気かよ、無理だって!」

「米軍から支給された武器もあるんだ、抵抗しない訳にもいくまいよ!」

「やめろって! 奴らの攻撃食らったら、車ごとお釈迦になるぞ!」

「ガラクーダめ……日本人をなめるな!」

山中の制止など耳も貸さず、赤崎がRPGを肩にパッカー車を飛び出していく。

「あーあ、お前と組むんじゃなかった……」

山中が心底深いため息をついた。

赤崎が投棄艇の正面に踊り出て、RPGを構える。

「くらえ!」

赤崎の怒号とともにRPGが発射され、ガラクーダの投棄艇に命中する。

「やったか!」

投棄艇はバランスを失い、地上に墜落した。

「どうだ、大和魂の味は!」

煙を上げ地面に激突した投棄艇。

そのハッチが開き、何かが出てくる。

「ち、ダートスか……やばいな」

急いでパッカー車に戻ると、その場から退散しようとする。

「山中、逃げるぞ!」

ギアをバックに入れ、反転して逃走しようとしたその時、山中は何かに気付いた。

「赤崎、あれ!」

山中が指さしたそれは、二人の子供の姿だった。

「子供!? なんでこんな所に……」

「ちょうどいい、ダートスが子供のほうに向かっている、この隙に逃げよう」

「山中、この馬鹿! お前はそれでも日本人か!」

「だってよ、ダートス相手に生身じゃ無理だって。そりゃあ俺も助けたいけど、無茶やって犬死するのはごめんだぜ!」

「わかった山中、運転変われ。そしてお前だけ逃げろよ、みっともなく一目散にな」

「嫌な言い方するやつだな……分かった、逃げないよ。赤崎、子供を車のほうに向かって逃がせ、二人を乗せたら全力で逃げる、お前は俺らが逃げ切るまで時間を稼いでくれ」

「さすがは相棒、わかったぜ」

赤崎は座席背部から鉄パイプを取り出す。

「山中、俺が死んでも清掃は続けろよな」

赤崎は車を降り、子供とダートスめがけて駆けていった。


キシャアアアアアア!


唸り声をあげ、ダートスが子供たちを襲おうと、一歩、また一歩迫ってくる。

「お、お兄ちゃん……」

恐怖に足をすくませる妹。

「大丈夫だ、お兄ちゃんがついてる!」

兄はダートスを睨みつけたまま、手近にあった棒を構え、震えながら足を踏ん張る。

「いいか? お兄ちゃんが囮になるから、お前はその隙に逃げるんだ」

「無理だよお兄ちゃん……足が竦んで動けないよう……」

「それでもやるんだ! お前は強い子だろ!」

「でも……」

泣きながら弱音を吐く妹と、それを激励する兄。

ふいに、車のクラクションが鳴った。

「おーい、子供たち、ここだ! ここまで逃げれば助かるぞー!」

山中が必死の声で叫ぶ。

「ほら、あそこだ! あの車まで走れば助かるって!」

「分かった……お兄ちゃんもすぐ来てね?」

「ああ、先に行って待ってろ!」

妹は頷くと、よろけながらパッカー車に向かって走り出す。

「さあ、ダートス野郎、俺が相手だ! 人間の底力みせてやる……来いよ!」

兄は必死の強がりで棒を構えた。


キシャアアアアアアア!


ダートスの爪が兄を切り裂こうと振り降ろされる。

「……!」

兄が死を覚悟した瞬間。


……ガキィン!


子供とダートスの間に割って入った赤崎が、ダートスの爪を鉄パイプで受け止めた。


「頑張ったな、子供。良い啖呵だった」

「あ……」

「君は本当に勇気があるな、日本人の鏡だ」

「は、はい……」

「ここから先は大人の仕事だ。君は妹を追って逃げろ、車に俺の相棒がいる。君たちを拾ったら安全な場所まで送ってくれるから安心しろ」

「でも、それじゃあお兄さんは……」

「大丈夫、俺は強い。ダートスなんて一撃だ。……さあ、行け!」

「はい!」

そう言って、兄もパッカー車に向けて走っていった。


グルルルルルルル……


唸るダートスに正面から向き合い、鉄パイプを構える赤崎。

「さて、どうにも命の危機か……この喧嘩、どう始末をつける?」


シャア!


ダートスの爪が赤崎めがけて振り下ろされる。

それを鉄パイプで受けるも、パイプは飴細工のように千切れ、爪は赤崎の胸をえぐる。


ガハァ……!


赤崎は吐血し、片膝を地面につける。

それでも気力だけは失わず、ダートスを睨みつける。

ふと子供たちに目をやると、ようやくパッカー車に乗せられたところだった。

「いいぞ山中……そのまま反転して、清掃局まで逃げろ……」

しかしパッカー車は、子供たちを乗せてもなお発進せず、クラクションを鳴らす。

「赤崎! 子供たちは大丈夫、後はお前だけだ、さっさと逃げてこい!」

「山中……泣かせるじゃねーか……でもな、それを聞いたら、どうにも逃げる訳にはいかないんだよ!」

気力を振り絞り、赤崎は立ち上がる。

そして折れた鉄パイプをダートスに突き立てようと、突進した。

「食らいやがれ、ダートス野郎!」

渾身の力を込めて鉄パイプを突き立てる赤崎。

しかし堅牢なダートスの皮膚はそれをはじき返す。


キシャア!


ダートスの強烈な打突に、吹き飛ばされる赤崎。

背中から地面に叩きつけられ、呼吸を奪われる。

「あ、ダメだ……これは死んだなぁ……畜生、もっと清掃したかったぜ……」

地面に仰向けに倒れ、微動だにしなくなる赤崎。

ダートスがゆっくり近づいてくる。

赤崎が諦めたとき、何者かが彼に話しかけるのを感じた。

『……て』

「は……」

『立て……』

「悪い、もう無理だ……」

『お前の勇気、見せてもらった……』

「へ、そりゃどうも……楽しんでくれたかい?」

『我はお前を選んだ……立て、そして我をふるえ』


キシャアアアアアア!


ダートスがとどめの一撃を入れようとした瞬間。

天空から赤い稲妻が轟き、ダートスの腕を切り裂いた。

『立て、戦士よ……我をふるえ!』

死力を振り絞って上体を起こす。

そこにあったのは、燃えるような赤い輝きを放つ一本の槍。

「槍……? へ、これなら勝てるってかい」

膝を掴み、何とか立ち上がる。

パッカー車のクラクションが激しく響く。

「わかったよ、山中……こいつ片付けて、さっさと帰ろう」

槍の柄を掴むと、ものすごいエネルギー波が赤崎の全身を駆け巡り、彼のダメージを回復させていく。

「こいつは……」

『戦士よ……お前の傷は癒えた。次はお前がやる番だ……』

「ありがてぇ……何だか良く分かんねぇが、この槍、使わせてもらう!」

赤崎は槍を引き抜くとブンブンと回し、構えた。

『お前の能力を開放する……機霊を呼べ、そして唱えよ、セイソウ・オン』

「機霊?」

『お前のパートナーとなる機械の精霊だ……身近な機械を選ぶがよい』

「分かった、俺の相棒なら昔から決まっているぜ!」

赤崎は槍を構え、瞳を燃やす。

「召喚:赤の槍! 機霊コネクト:パッカー車! セイソウ・オン!」

怒号とともに、赤崎の身体が炎に包まれる。

全身に赤い輝きを纏い、赤崎の身体にバトルスーツが形成されていく。

そして真っ赤な仮面が、彼の頭部を覆った。

「漲る勇気の赤い槍、セイソウレッド!」

槍をブンブン回し、肩に担ぐと、赤崎……いや、セイソウレッドが名乗りを上げた。

「いいぜ、身体の底から力が漲ってくる!」

『我は破軍五聖槍が一つ、赤の槍……この国を救うため力を貸そう』

「ああ、お世話になるぜ! さあダートス野郎、覚悟しろ……綺麗に清掃してやるぜ!」

レッドは槍を振るいながら、ダートスに躍りかかった!

「は、は、はぁ!」

セイソウレッドが槍を振るうたび、ダートスの外皮が削り取られていく。

「はあああああ!」

槍を正中に構えると、レッドはダートスの心臓めがけて槍を突き出す。


ギヤアアアアアアアア!


ダートスの堅牢な外皮を貫き、槍が心臓を突き刺した。


『よし、とどめだ』

「OK! パッカー車、ハイパーバキューム!」

レッドが叫ぶと、左腕のブレスレットから変形したパッカー車が、ダートスを吸い込む。

「吸引……焼却!」


バフン!


バッカー車の中で爆発が起こり、ダートスは灰燼と化した。

「清掃、完了……」


がっくりと膝を折る赤崎、変身が解け、肩で息をする。

「赤崎!」

山中が車を回し、赤崎を助けに入る。

「すげーな赤崎、おまえ何者だよ!」

「いや、すべては槍のおかげだ、この槍が……?」

「槍? 何を言ってるんだ?」

さっきまで握っていた槍が跡形もなく消えていることに驚く赤崎。

ただ、右手の甲に槍の先端を模した入れ墨があることに気づく。

「まあ、何にせよガラクーダの投棄艇を落とし、ダートスを倒し、子供達を救ったんだ、胸を張って帰れるぜ、なぁ!」

「お前はクラクション鳴らしただけだけどな……」

「それを言うな、いわゆるチームワークだよ、みんな良くやった!」

「全く……」


赤崎達は、拠点である豊島清掃局へ戻っていった。

果たして、彼に力を貸した槍は何者で、何を目的としているのだろうか?

謎は残るものの、今後の清掃活動に槍の力は不可欠であることを、赤崎は確信していた。

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