ななわめ
細い針の先から、人の肌の感覚が伝わってくる。
兄からもらった護身用グッズだったが、なんなのだろう。
相手は動きを止めた。
そして、ぐらりと体が揺れて力が抜ける。
「え、ちょっと……」
椿は慌てて手を掴む。
「重い…」
全身を使って相手が倒れるのを止める。
どうしよう、泣きそうな気持ちでそう思った。
「お嬢、やってくれましたね。」
聞き慣れた声がして椿は顔を上げる。
「黒井!!」
椿の表情が明るくなった。
黒井は優しく微笑んで相手を担ぎ上げた。
「私がたまたま通ってよかった。」
椿はしきりに頷いて感謝する。
「ありがとうございます。ほんとに!」
黒井は娘を見るような柔らかい目で椿を見ている。
「帰りましょう。」
「おかあさん!」
まだ声変わりする前の、自分のものとは思えない声が言う。
呼びかける声は、届かない。
母は、振り向かない。
「おかあさん!」
声が掠れていく。
だんだんと、大人の声に近づいていく。
「……かあさんっ!」
目を開けると、目の前に女子の顔があった。
彼女は驚いたような顔をして、少し、距離を取った。
額に残る体温。
触れていたんだろうか。
「ちょっと、熱あるみたい。」
彼女は目を逸らして言う。
「ごめんね。」
「あぁ……」
掠れた、言葉にならない声が出た。
足音がする。部屋の前で止まる。
「臣!!」
勢いよくドアが開いて、端正な顔立ちの男が入ってくる。
「お兄……ちょっと静かにしてよ。」
少女は迷惑そうに顔を顰める。
「大丈夫か?」
男……若は大して心配していないような顔で言う。
「はい。」
内心、大丈夫ではなかった。
体調の問題ではない。プライドの問題だ。
油断してしまった。
自分の護衛対象だから、見た目にも弱そうだから、経験もなさそうだから。
いやでも、元はと言えば……
「バカなの?」
少女——お嬢は若に向かって言う。
「いやあ、ついうっかり。」
「うっかりって……忘れることじゃないでしょ。護衛が変わるなんて大事なこと。」
若はお嬢を宥めて、こちらを向く。
「じゃあ、俺、仕事あるから。」
黒井の姿はない。
と言うことは、二人きりか。
「明日も学校だろ、早く寝ろよ。」
お嬢は不服そうにしながらも、部屋を出て玄関まで見送りに行く。
「いってらっしゃい。」
優しい声が聞こえてきた。
ゆっくりと体を起こした。まだ体はだるい。
額に手を触れる。
熱、あるのか?
ソファから降りようとしたとき、お嬢が体を戻ってきた。
「まだ寝てていいんだよ?」
少し不器用に言う。
「いや、もう大丈夫なので。」
「そっか……あれ?」
お嬢はじっとこちらを見る。
「君、名前は?」
もしかして、と思う。
「もしかして、さ。」
お嬢は申し訳なさそうに言う。
「転入生?」
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