花に弾痕、鬼に衣
りんごンゴ
いちわめ
友達に手を振って、電車を降りる。
もう、私の中学校生活は終わる。
さみしいような、嬉しいような気持ちで、改札を通る。
もう聞きなれた定期をかざす音。
中高一貫だからあんまり変わんないんだけど。
インスタを開くと小学校の頃の同級生たちのアイコンばかりが並ぶ。みんな着飾って、卒業式の写真を上げている。
中学最後の日が同じであることに運命を感じながら、今も連絡を取っている子だけにメッセージを送る。
ふと、顔を上げると、見知らぬ男二人組が、椿に向かって手を振っていた。
思わず、周りを振り返るが、誰も反応していない。その視線が真っすぐに椿に向かっているような気がして、居心地が悪かった。
端正で、目立つ顔立ちをしているが椿の記憶にかすりもしない。人違いだ、とっさに思って、気づいていない風を装って、その場を立ち去ろうとする。
だが、うまくいかなかったのは、男が話しかけてきたからだ。
「いや、無視すんなって。」
すらりとした長身が椿の行く手を阻む。
新手のナンパか、と身を固くする。
「え、あの……」
「そんな緊張する?」
二人組のうち、一人はずっと笑っているし、一人はずっと無表情だ。椿はそのコントラストに異常さを感じて、さらに警戒心を強めた。
「……誰ですか。」
椿が聞くと、男はきょとんして首と傾げた。
ほら、人違いじゃん!
椿は心の中で見知らぬ相手をののしった。
「人違いだと思いますけど。」
内心、焦って冷汗をかいているのに、男たちに向ける椿の態度はいたって冷静だった。
笑顔の男は、椿の後ろをふさいでいる無表情の男に聞く。
「これ、妹だよね。」
――は?
思わずつぶやいた椿。振り向かなかったが、後ろの男が気配でうなずいたのはわかる。
「……私、兄はいないです。」
男はぐっと顔を近づけて、椿をじっと見る。
何かを探るような瞳に、椿は思わず目をそらした。
「聞いてない?親から。」
聞いてないも何も、家族の存在を隠す必要なんてないんだから、本当に人違いだ。
「ま、いいや。」
男が体を起こして、椿はその瞳から解放された。
ようやく終わる。椿はホッとして肩の力を抜いた。
「早く、帰ろうぜ。」
はぁ?とさっきよりも強く、椿は言う。
「じゃあ、先に帰ってください。」
面倒くさくなって、適当にい放つ椿。
「なんだよ、冷たいな。」
こんな変な人たちにやさしくする義理もない。椿は相手を軽くにらみつけた。
「今朝、日本に戻ってきて、ここで何時間も椿のこと待ってたんだけど。」
ふいに名前を呼ばれて、椿の肩がびくりとはねる。
どうして、名前を知っているのだろうか。
いよいよ、本当にヤバい人たちかもしれない。
(借金の取り立て……?)
我が家に借金などあるはずもないが、的外れながら椿はそう思った。
「家、知ってるなら案内してください。」
椿は強気で出た。自分の身は自分で守るという強い決心を持って。
男はまた首をかしげてきょとんとする。
「自分の家だよね?」
と聞いてすぐ、納得したようだった。
「賢いじゃん。」
椿は思わず舌打ちをした。
椿の家は駅から歩いて徒歩十五分ほどの住宅街にある。
家の外門を躊躇なく開けたかと思えば、玄関扉まで開ける男たちに椿はドン引きしていた。
「ただいま。」
椿にとっては聞きなれない声なのに、家からはさも当たり前のように母の返事が返ってくる。
「おかえりなさい!」
玄関の奥から、落ち着いた足音が聞こえてくる。
母に続いて顔を出したのは父だった。
「あら、椿もいたの。」
男の姿を見てもなにも動揺しない両親に、椿の理解は追いつかない。
ただ姉の帰りに駆けてきた弟だけは異質な存在を見るかのように男たちを見ていたことが、椿が正常だと言わせていた。
男たちにおびえたのか、幼い弟は椿の足元にくっついて離れない。
「お前が牡丹か。」
笑顔のほうが弟の頭をなでる。が、嫌そうによけながら、椿にしがみつく腕の力を強めただけだった。
「あの、お母さん……」
椿が怪訝な目を母親に向ける。
「誰、この人たち。」
しばらくの沈黙の後、母はふと思い出したように言った。
「そういえば、言ってなかったね。」
リビングの茶たくを囲んで、兄を名乗る人物たちはソファに、椿たち家族は床に座っていた。
なんだか張り詰めたような雰囲気に、椿は思わず正座をしたが、牡丹が膝の上に載っていることで、早々に足の限界が来てしまった。
「聞いてないけど。」
椿は不機嫌さのにじむ声で言った。
「言ってなかったもの。そりゃそうよ。」
いや、あなたのせいですけど、と椿は心の中で毒を吐く。
あんなに緊張していた自分がバカみたいだ。
「この人たちはあなたのお兄ちゃんで、私の息子よ。」
「お母さん、今何歳?」
「四十よ。」
相変わらず見えないなぁ、と思いつつ、椿は無言で男たちを見る。
「二十三」
椿は母に視線を返した。
「血のつながりはないけれど。」
椿は呆れかえっていた。
「普通、忘れるかなぁ?こんな大事なこと。」
前々から、母はどこか抜けていると思っていたし、そのせいで専業主婦になっているのだと思っていたが、ここまでとは思わなかった。
「忘れてたわけじゃなくて……」
「じゃあ、なんで」
拗ねたような椿に、母は眉を八の字にして答えた。
そして、観念したように言う。
「あなたにずっと、嘘をついてたの。」
椿は眉をしかめる。
母は静かに息を吸って言った。
「我が家はマフィアなの。」
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