第13話 いざ!カザーナへ!

「まだもう少しかかりそうだね。」


「うん、わたし、人をこんなに見たの、はじめて・・・っ。」


「里から出た事がないんだし、すごい新鮮でしょ?」


「うんっ、うんっ!すごい、見たことない人が、いっぱい・・・!」


「あはは、そうだよねっ。」




言いながら、フィノは狼人族のウルフェンや猫人族ニャンギム、狐人族コーンフォルス、羊人族メェーメル、兎人族フットスタンプと様々な種族を見て感動しています。


ここには居ない獣人族やドワーフ、樹人族等、鉱石人族等、沢山の人型人種がこの国には居るので街の前にある関所では誰もが新たな驚きと感動を覚えるそうです。


(僕も小さい頃に父さんと行った王都の入り口で同じ感動をしたなぁ。)


蒼深い宝石のまあるい目をくっきりと開いて嬉しそうにしているフィノを見ていると、知らない事を知るというのはとても楽しいし嬉しい事だと改めて思えます。




「文字とかそれぞれの文化や考え方、美味しい食べ物とか、道具とか。沢山の事、一緒に知っていこうね、フィノ。」


「うんっ!にんげんだけでも色んな人がいるのに、もっともっとたくさんのしゅるいの人がいて、ずっとたのしめちゃうねっ。」


「そうだね、僕だって知らない事がまだまだあるから、僕もすっごく楽しみ。」


「うんっ。・・・わたし、ぜんぜん、しらない事ばっかりだから・・・おぼえるの、じかんかかりそうだけど、トーヤ、おしえてね?」


「任せてよっ!僕、これでも屋敷の近所の子達には頼れる憧れのお兄ちゃんだと思われてたんだからっ!」


「そ、そうなの・・・?わたし、みんなのあこがれのお兄ちゃんを取っちゃったのかな・・・?」


「そんなことないよ。大丈夫、むしろ僕自身もフィノに頼ってもらえて嬉しいし、・・・旦那さんだし。嬉しいくらい。」


「う、うん・・・。かっこう良くて、たよれるトーヤのお嫁さんになれて、わたし、しあわせな子。」


「僕だって、ものすっごい優しくて凄い魔法使いのフィノの旦那さんになれて、幸せだよ。」


「トーヤ・・・。」


「フィノ・・・。」




「ゲフッ、ゲフン!!!おいお前、お前、もう少し周りの目を考えた方が良いぞ・・・?」




後ろの冒険者風のお兄さんから声が掛かりました。


一目見ただけで高価だとわかる使い古されたナックルを付けていて、頭は装備品で隠れており、人種はわかりませんが、腰に頑丈そうな大きな魔水筒を下げています。


そして、列の周囲の人達が呆れたような楽しんでいるような目をして僕らを眺めていました。




「え!?あ、あの・・・すいません。騒がしくして申し訳ありませんでしたっ。」


「あ、あぅ・・・ごめんなさい。・・・はずかしい。」




僕らは2人して顔を真っ赤にして周囲の人達に謝りました。


周りの大人たちは面白がりつつも、気にするなと声をかけてくれました。


それぞれ同行している人達と話し始め、目立ってしまった事に気恥ずかしさを感じながらもお兄さんに声を掛けます。




「申し訳ありません、助かりました。」


「ごめんなさい。」


「あぁ、別にいいよ。別に気にしてないし、困るだろうから声をかけただけだしさ。」


「えぇ、本当に助かりました。」


「いいよいいよ、気にしないで。・・・彼女と仲良いんだな。」


「えぇ。自慢の妻ですよ。」


「えっ!?お前、その年で結婚してんの!?」


「はい。新婚なんですけどね。」


「うん、わたし、トーヤのおよめさん。」


「そうなのか・・・。幸せそうで、良かったな。」


「えぇ、夫婦ともども、幸せですよ。」




なんとなくお兄さんの顔や態度に影を感じます。


過去に悲しい出来事があったのでしょうか。


冒険者稼業は大変と聞いていて、僕はなんとなく心配になりましたが、話を聞くにも失礼にあたると思い、話を切ることにしました。




「すいません、それではありがとうございました。」


「ありがと、です。」


「あぁ、それじゃあな。・・・あと。」


「はい?」


「嫁さん、大事にしてやれな?」


「はいっ、ありがとうございます。」


「あぁ、それじゃ。」




僕らは冒険者さんに背を向けて前を向きました。


ふとちらりと後ろを見ると、腰の魔水筒から中身をがぶりと飲んでいます。


強いお酒の匂いを感じつつも僕は視線を前に戻して列を見つめます。


沢山の人種を含んでいた長い列は、大半を街の中に飲み込ませたのか、大分近い所に関所が見えます。


先程目立ってしまったので声を少々絞ってフィノに話しかけます。




「もう少しだね、フィノ。」


「うんっ。はやくとおりたいっ。」




(よし、関所を通ったらまずはユーベルさんの所に行かなきゃ。)





ユーベルさんは父さんの商売仲間の大商人の1人です。


鼻利きの大商人として有名な父に商売のなんたるかを教えてくれた人だと言っていました。


望む人の元に望む物を届けるという所から鼻利きの商人と呼ばれるようになった父は、国内外問わず様々な場所へ赴いては風代わりな品を買い、屋敷の倉庫へと貯め込んでは望む人の所へ売り届けています。


一方、ユーベルさんは一つ所に留まり、街ひとつを舞台に変わらぬ人々を相手に安定的に品物を売買する事で大商人となった人らしいです。


父さんは、商売をするならば、まず人がどういった時にどういった物を求めるか、需要という物を理解する所から始めなければならないと言っていました。


買い付け自体は誰でもできますが、量や質、他の商人が扱っている物の値段や種類、分類を観察、何より求めている物を察するための洞察力を磨き、学ばなければ利益を生む為の土台を作る事ができないと言っていました。


人が喜ぶ品を届ける事こそが信用と信頼を結び、喜んだ人がまた別の人を連れて来る、それがあってこそ商売が循環して成り立つのだ、と。


厳格な大商人である父が教わったというユーベルさんはどんな人なのでしょうか・・・。緊張で心臓が早鐘を打ち鳴らします。




「トーヤ、もうちょっと、だよ。」


「そうだね、フィノ。っと、そろそろ通行証を出さないと。」


「大きなまち、はいるのたのしみ。」




わくわくしているフィノを横目に、僕はマジック収納カバンから、家紋入りの通行証を取り出そうと手をカバンに突っ込みます。


サザルダーニ家の家紋入りの通行証は、大商人である父が国王様から直々に賜った家宝です。


王都の有名な細工職人に作らせた豪奢な赤色金の飾り細工のペンダントだそうで、計四つ分を賜ったとか。これがあると国中のどこの街でも通行許可が簡単にできるとの事です。


普段は屋敷の宝物庫にある金庫の中に入っているのですが、双子竜の空間魔法付きマジック収納カバンからなら直接取り出せるという事で持ち歩きはしていないのです。


僕は豪華な通行証を思い浮かべながらカバンの中をごそごそと探ります。


この時、ある程度イメージを固めないと取り出す事ができないのです。




「えーと・・・あれ?あれ??」


「うん?どうしたの?トーヤ。」


「いや、なんかマジックカバンの中の通行証が出てこなくって・・・。」




駄目です。何度やっても手のひらには目的の通行証の感覚は無く、むなしく空を切るばかりです。




「え?え?あれ?・・・・・・あれ???おかしいな・・・。」


「だ、だいじょうぶ・・・?」


「四つあるから父さんが使ってるって事も絶対無いし、おかしい・・・。」




焦りが僕の首元に汗を呼びます。


そのまま体全体に伝播して冷や汗が湧き出ます。


(おかしい・・・。え?なんで・・・?)


目の前の列には4組ほどの人達が並んでおり、すぐにでも通行証の提示を求められるはずです。


早く取りださなくてはいけないのに、その気持ちが僕自身の心を更に焦りに変えていきます。




「トーヤ・・・えっと・・・カバン。」


「え?何?フィノ。」


「何か、ヘン。ひるまとちがって、魔力・・・ほとんどかんじない。」


「ええええっ!?」




急いでマジック収納カバンから双子竜の魔石を取り出しますが・・・。


そこには、ひび割れて、砂になりかかっている魔石の残骸がありました。





















しばらくの時間が経ちました。


辺りは薄暗く、夜梟の声がホゥホゥとカザーナ最寄りの村、トトスへと続く道中にある野営場を包んでいます。


陽が落ちて数刻、通行書を提示できず、関所を通る事ができなかった僕らは記憶も定かではないまま、ゾンビの様な足取りで辿り着いた野営場にいました。


そして絶賛、僕はフィノの膝枕に顔を埋めて打ちひしがれていました。




「トーヤ、よしよし・・・だいじょうぶ?」


「ふ″ぃ″の″ぉ″ぉ″・・・・・・う″う″え″え″ぇ″・・・。」


「いいこ、いいこ・・・トーヤはわるくない、よ。よしよし・・・。」


「う″う″え″え″ぇ″・・・。」




めっちゃ打ちひしがれて泣いていました。




「と″う″し″よ″う″・・・。」


「うぅ・・・わからない・・・。」


「ほ″く″、と″う″さ″ん″の″た″い″し″な″も″の″を″ぉ″・・・。」


「よしよし・・・、ぎゅー、してあげるから、なかないで・・・ぎゅー・・・。」


「ふ″ぃ″の″ぉ″ぉ″・・・・・・ふ″う″え″え″ぇ″・・・。」




フィノに抱き着いて盛大に泣く僕をフィノが抱きしめて慰めてくれます。


生まれて初めてのガチ寄りの中でも、マジでガチの苦境に僕はどうしていいかわからず泣きじゃくります。


極めて希少であるとされる双子竜の魔石が壊れた事で、自宅の倉庫から必要な物を取り出せなくなった僕はどうしていいかわからなくなってしまいました。


現状の持ち物は、マジック収納カバンの中に元から入っていた物のみでお金は一銭も無く、あるのは残り、僕とフィノを合わせた4食分程度の食糧と、簡単な雑貨品や野営用の道具くらいしか手元にありません。


カザーナからトトスへの道のりは馬車で三日ほどかかり、徒歩では更に長い時間を必要とします。


金銭が無い現在の状況では、道中通る馬車にも乗せてもらえそうにありません。


子供である僕らがお願いをすれば馬車には乗せてもらえるかもしれません。


ですが、大商人である父の名を汚す事になります・・・。


詰み!詰みですッ!!!


詰みという名前の怪物が僕を心ごとムシャムシャバリバリと捕食している様な状況ですうわあああああああああああああっ!!!!!




「なかないで。なにがあっても、わたし、トーヤをまもるから。ね・・・?よしよし、ぎゅー・・・。」


「う″わ″あ″あ″あ″あ″あ″あ″ぁ″ふ″ぃ″の″ぉ″ぉ″・・・ッ!!!」










1アウナ程の時間が経ち、僕はようやく顔を上げました。


涙と鼻水でべっちゃべちゃになったフィノの猫ローブの裾を死んだ魚の様な目で確認をしながらフィノの顔をおそるおそる見ます。


(恰好悪い所を見せてしまった・・・がっかりさせちゃったかな・・・?)


僕とフィノの視線がぶつかり、少しビクついた僕でしたが。




「だいじょうぶっ。トーヤはわたしがずっといっしょにいて、わたしがまもるっ。だからだいじょうぶなのっ、・・・ね?」




にっこりと笑って言うフィノに、僕はもう一度べっちゃべちゃになったフィノの猫ローブの裾を見た後、再度抱き着いて言います。




「こ″め″ん″、す″こ″し″お″ち″つ″い″た″よ″、ふ″ぃ″の″ぉ″」




めっちゃ鼻声で奥さんの胸元まで余す所なく鼻水まみれにしつつ、僕は思いました。


僕の奥さん、まじ天使。と。

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