鳥籠の天使

陰東 愛香音

第1話 待ち焦がれた瞬間

 楽しみにしていたのは言うまでもない。

 どれだけこの日を待ち焦がれていたことだろう。


 暖かな日の光に包まれながら目を覚ました天界人、セレジェイラ。

 大きく柔らかで、豪勢なベッドに身を沈ませていた彼女はゆっくりと上体を起こすと、傍に置いてあった棚の上から透明な小瓶に手を伸ばした。

 小瓶の中には底の方に僅かに残る赤い液体が入っていた。


「今日で終わる……」


 セレジェイラはその液体を見つめながらぽつりと呟き、目を閉じてぎゅっと大切にその小瓶を握り締め、胸に押し当てた。


 彼女は魔族の吸血の民と天界人との混血児として生まれた混血児だった。

 混血児は異端者と呼ばれ、どの種族にも属さない事から一目を憚るように生き、死んでいくのが定めにある。特に彼女は吸血鬼の血を引くことから、月夜の晩に否応無しに襲い来る吸血衝動に襲う事から、少し前まで鳥籠のような檻に入れられて処刑されるまでのあいだ晒し者になっていた。そして、処刑台に昇り突き落とされた沼で命を落としたはずだった。


「人間界に堕ちて、見つけてくれたのがあの人で本当に良かった……」


 人間界で人の温かさを知り、短い間ながら世話を焼いてくれた恩人であるオーシュは、非常にお節介な性格で、セレジェイラを異端者から天界人にするための方法を考えてくれたのだった。


 聖人として名のある彼の血は魔族の、とりわけ吸血鬼には浄化能力に覿面に効果が見れる。彼の血から血清を作り、セレジェイラはそれを定期的に体内に取り込む。

 そうする事で体内に巡っていた吸血の民の血だけを消し去ることが出来る。それが十月十日に及ぶ長い苦痛を耐えてようやく終わりが見えてきたのだ。


 人が生を授かり人としてこの世に産まれ来るのと同じように、生まれ変わるのに必要で大切な長い長い時間だった。


「オーシュ……」


 愛しい人の名を呼び、この苦しみがもうすぐ終わる喜びで胸がいっぱいになった。


 あと一回。あと一回血清を取り込めばこの苦しみから解き放たれる。そうしたらまず最初に彼に会いに行こう。

 間を置かず、定期的に接種していたことからベッドから起き上がる事さえほとんど出来ず、汗ばんで張り付いた前髪もそのままに、セレジェイラはオーシュに会える喜びが苦しみよりも勝っていた。


 彼と同じ時を歩む人間にはなれないかもしれない。しかし、彼の側に歩み寄る事はできる。……早く会いたい。


 焦る気持ちを抑えるように、セレジェイラはそっと息を吸い込んだ。

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