必殺仕事人☆夢咲花

宵空希

第1話 必殺仕事人☆夢咲花

古くから継承されている家業を生業としている一族がいた。その仕事とは「暗殺」である。最盛期は江戸時代とされており、そこからは法律やセキュリティーの強化、モラルや治安改善などの理由で衰退の一途を辿るのだが、未だにそれは密やかに受け継がれていた——。




高校の教室。私こと夢咲花(ゆめさきはな)は、黒髪を1つに束ねたいたって普通の孤独を満喫するJKだ。だって友達とかめんどくさいからやってらんないしね☆

いつも通り授業を受け、いつも通り孤独のグルメを済ませ、いつも通り下校時間となる。私はいつも通り帰ろうとして、前の席に座る派手派手ギャルメイクの姫野さんに呼び止められた。


「ねえ夢咲、アタシこの後パパとデートだからさぁ。代わりに掃除当番やっといてぇ?」


いやいや、何言ってんのコイツ。掃除くらい直ぐ済むだろし、そのくらい自分でやれし。私はあからさまに嫌な顔を見せて断りを入れる。


「……嫌ですよ。自分でやってください」


文句は言うが強気には出れない、それが私だっ☆

けれど何が気に食わなかったのか、姫野さんは派手目なメイクを派手めかせ、苛立ちを露にしてきた。


「はぁ!?あんた、アタシに逆らうつもり!?カースト最下位のあんた如き、パパに言って退学に追い込んでやってもいいんだよ!?」


え、退学??掃除当番を断っただけで?理解が追い付かないけれど流石に退学は嫌なので渋々受ける事にした私っ☆


「……分かりました」


「はっ!最初からそう言えっつの!キモっ!」


そう言って姫野さんは教室を出て行った。残された私は仕方なく一人で黙々と掃除をする。まあこれも仕事だと思えばなんてことないか、そうして暫くかかってしまった私は慌てて帰るのであった。




「何じゃ、遅かったのう花よ」


「あーゴメンおじいちゃん。と、友達の付き合いで、ちょっと」


家について早々、小柄な体型の祖父が出迎えてくれた。私にとっては唯一の家族であり、両親はまだ幼い頃に事故で亡くなっていた。あまり覚えてはいないが、父がよく出張先からお土産用のお寿司を買って来てくれたのだけは薄っすらと覚えている。私はお寿司が大好きで、多分父も母も好きだったのだろう。狭い家での家族団らんは私の唯一の思い出だった。


「ほれ、花。ぼさっとしとらんで料理を運ばんか!」


「はーい」


そう言って私は台所に置いてあった肉じゃが等を居間へと運んだ。


食卓を囲みながら、私は孤独じゃないグルメを堪能している。祖父の作る肉じゃがは絶品だ。一口運んではうっとりし、また一口運んではうっとりする。私がこの美味しいの最上級表現法「うっとり」を繰り返していると、祖父が話し掛けてくる。


「花、今晩じゃ。依頼が入ったぞ」


「……ハイハイ、りょうかーい」


夕飯を平らげた私は準備に取り掛かる前に一度、仮眠をとる為に自室へと向かった。




私は夢咲花、暗殺家業を継いだ高校二年生だ。表の顔は孤独のJKだが、裏の顔としてきっちりと仕事を遂行する仕事人であった。それが夢咲家の家訓であり、夢咲流の教育の賜物なのだ。そして今夜も依頼が入っており、深夜二時、私は仕事に出掛ける。


「えーっと、今日は誰だっけ?安西さん?って、75歳のおじいちゃんじゃん!わざわざ殺さなくても良くない!?」


「これ、花よ!!対象者の家の前で騒ぐでない!!ワシらは陰に生き、陰に身を潜めるのじゃーっ!!」


「いやいや、おじいちゃんの方が声デカいからね!?」


ワンワン!ととうとうご近所の犬も吠え始めた深夜二時。仕方ないので私は気配を消して庭に忍び込み、二階の窓から家に侵入する。つい今しがた確認した書類によると、どうやら対象者は大物政治家のようだ。それも色んな所から賄賂を受け取っている悪代官的な奴らしい。

今回それなりに広い豪邸で対象者のみを殺害する訳だが、セキュリティーもそれなりにしっかりしていた。この時代の防犯カメラは特に厄介だ。私は黒装束を身に纏っているし顔も覆っているから人物特定までには至らないだろうけれど、それでも気をつけなければ足がついてしまう。私は家の中を注意しながらいくつかある寝室を回る。


「おじいちゃん、大丈夫かなあ?通報されてなきゃいいけど」


私は祖父と共に毎回依頼をこなしていた。祖父は家の周りで警戒に当たり、私が実行役だ。正直、人を殺す事に多少の罪悪感はある。でも殺されるだけの理由があるのも知っている。だからそこまでの感情移入には至らない。ただ淡々と仕事をこなす、それ以上でもそれ以下でもない。


「さてさて、この辺かなー?お、みぃつけた」


対象者である悪代官を発見した私は、躊躇いなく歩みを進める。私の身体が軽いせいもあって足音は殆どしない。まあ大半が訓練ではあるのだが。悪代官は恐らく妻ではない裸体の女とベッドで眠っていた。明らかに若い女だからね、見れば分かる。私はベッドの真横まで進み、懐からナイフを取り出す。


「恨みはないけど、ゴメンね——」


私がナイフを首に突き立てようとしたその時、ベッドで寝ていた女が目を覚ましてしまう。


「——え……?だ、誰、あんた!?泥棒!?」


……え?ウソでしょ?女は何と、クラスメートの姫野さんだった。パパとデートってそういう事かっ!


「むぅ……何だ、うるさいのう。……ん?な、何だ貴様は!?誰かっ!!」


次いで起きてしまった悪代官が助けを呼ぶ。寝室へとズラズラやって来るSPたちが拳銃をこちらに向けて来た。


「あちゃー、参ったね。降参降参!あーあ、やってらんないや!」


私はナイフを捨てて両手を上げた。こちらを捉えようと向かってくるSPたち。その内の一人が私の腕を掴もうとしたその瞬間、私は懐から二本の脇差を鞘から引き抜いた。


「——なぁんてねっ☆」


突っ込んで来たSPの一人の首に刃を突きつけて動けなくさせる。すると突然の発砲音。パァン!!と乾いた音が響く室内で、私はその銃弾をもう一本の脇差で叩き切っていた。驚きを見せるSPたち、その一瞬の動揺を私は見逃さない。私は瞬時に脇差の片方を口にくわえ、懐から細い棒状の暗器を五本程取り出し、投げつける。それらは全てSPたちの銃口に突き刺さり、発砲を封じた。これで引き金を引くようなら破裂して拳銃を握っている手は酷い事になるだろう。


「くそっ!貴様ら、死んでもワシを守れ!!」


あらまあ、悪役っぽいセリフなんて言っちゃって。死亡フラグだよ悪代官様?

私は素手で向かってくるSPをそっちのけで悪代官に脇差を突き付ける。


「き、貴様ぁ!!こんな事をしてただで済むと——」


悪代官の言葉は最後まで発せられず、代わりに首元から大量の血飛沫を上げる。姫野さんが悲鳴を上げていたようだが、私はもう寝室にはおらず窓から庭に出ていた。


「さーて、仕事終―わりっと。早くシャワー浴びたーい」


私は祖父と共に現場から姿を消すのであった——。




翌日。姫野さんは体調不良で欠席し、私は平穏を取り戻した。あのまま毎回代われなんて言われては堪ったものではない。まあちょっと可哀想だったかなとは思うけど、たまたまなのだから仕方ないだろう。私はいつも通りの過程を済ませ、何事もなく帰宅する。


帰宅早々、祖父は真剣な面持ちで何かを考え込んでいた。


「どうしたー?おじいちゃんらしくもない」


「……ううむ、ちと困った事になってのう」


何だと言うのか、祖父が困りごとなど前代未聞だ。能天気こそが祖父の取柄みたいなものなのに困りごとって、私を笑かしてどうするつもりだ。

でもお世話になってる訳だしなあ、ちょっとは聞いてやるかと思い切って原因を訪ねてみる。


「で?何が困った事なの?」


「……今回の依頼の対象者が、昔からの商売敵でのう」


「商売敵?家以外にも暗殺家業なんてあったんだ?」


「そうじゃ、竜胆家と言う昔からの天敵じゃな」


へぇー、聞いた事もなかったけど。けれど暗殺家業同士の討ち合いになってしまうのは、何だか勿体ない気もする。いっそ依頼を断ってその何たら家と連携すれば効率が良いのではなかろうか。でも祖父が依頼を断る事をしないのは分かっている。私も覚悟が必要になるかもしれない。


「……花よ、今回ばかりは断ろうと思うんじゃ。お主はまだ若い。命を散らせるには到底、まだまだ早い」


祖父の言葉は意外だった。私はてっきり是が非でも受けるつもりなのかと思ったが、何だろう。そもそも悩んでた理由もイマイチ分からない。でも私の中では答えは出ていた。


「おじいちゃん?私たちは陰で生きるんでしょ?私たちが仕事を放棄しちゃってどうすんの。苦しんでる人がいる限り、私は仕事を続けるよ。悪即斬、おじいちゃんの大好きな新選組の言葉が泣くよ?」


「……分かったわい」


そうして私たちは今夜も仕事へと向かう。




大豪邸。それ以上の言葉が見つからない。そんな立派なお屋敷の中を遠くの木陰から覗き込む私たちは、今回の対象者をもう一度確認しておく。


「竜胆総一郎。竜胆家の当主であり、凄腕の仕事人。それ以外の詳細はなし。って、顔も分かんないじゃん。総一郎さーん!ってアナウンスすればいいの?」


「馬鹿者がーっ!!大きな声を出すでないっ!!!静かにアナウンスせよ」


「あ、そっち?」


問い返す私に祖父は何が?みたいな顔を向けて来たので、私はこの話題を流す事にした。

さて、どうやって忍び込むか。この家の持ち主は大臣クラスの超大物政治家、それも汚いやり口を隠ぺいしてのし上がったかなりのやり手だ。そして対象はその警備に当っているいわばガードマン。出て行けば自ずと現れてくれるだろうが、愚直に飛び込んでも勝機があるかどうか。まあいっか、行き当たりばったり、迷わば進めってね☆


「——ほう、ここに侵入してくるとはいい度胸だ」


早速現れたオッサンは、ただならぬ気配を醸し出している。正しく対象者で間違いはないだろう。だだっ広い庭園で私は二本の脇差を両手に持つ。


「悪いけど、こっちも仕事だからさー。死んでちょーだい!」


駆け出す私に対し、オッサンは一本の刀を抜いた。真正面からそれらが交錯する。ガキィンガキィン!!と火花を散らしながら、一進一退の攻防が続く。軽やかに敵を翻弄する私の「動」に対し、オッサンはその場から殆ど動かずに私の刃を受ける「静」を貫いていた。

拮抗する状況を打開する為に、私は距離を取って暗器を投げつける。けれどそれすらも綺麗に全て叩き落したオッサンは、やはり中々の手練れであった。

仕方ない、この手は使いたくなかったけど。


「じゃっじゃーん!☆これなぁんだ?」


「むう、拳銃とは卑怯な」


私は両手に持つ武器をサイレンサー付きの拳銃に変えて、二つの銃口をオッサンに向けた。流石のオッサンも余裕をなくしただろうね。卑怯とかどうだっていい、仕事さえちゃんとこなせれば手段は問わないのが私流。私は躊躇いもせずに引き金を引きまくる。


「——っ!」


パスンパスン!と放った銃弾も全ては受けきれなかったようで、一発がオッサンの左肩を掠めた。私はその隙を逃さないように弾切れの拳銃をオッサンに放り投げ、脇差を取り出し刃を向ける。オッサンは投げられた拳銃に対処していた為こちらの脇差には間に合わず、私の斬撃をもろに腹に食らった。


「がはっ!!」


勝負ありだ。私は脇差を振り上げて止めを刺そうとした、その時。それより早くオッサンが私に語り掛けて来た。


「……大きくなったな、花」


「え……?何で私の名前を?」


こちらの情報が漏れていたのだろうか、いや夢咲家はそんなヘマはしない。ならばオッサンと私は面識があったのだろうか。らしくもなく私は思わず相手の言葉を待ってしまっていた。


「……俺は竜胆総一郎。旧姓は……夢咲だ。ここまで言えば……分かるだろう?」


「……お父、さん?」


私の脳内がフラッシュバックのような状態になる。父の顔、そうだ。確かに父と同じ顔、そして同じ声をしている。え、でも何で?両親は事故で死んだって……。


「……お前の祖父は……事実を知らせなかったのだな。……俺が夢咲を……裏切ったから」


「何で、そんな事したの?」


「この世界は結局……金が全てだ。お前の母親は……竜胆家によって殺された。俺は復讐の為に竜胆家を乗っ取り……やがて気付いた。お前の母親を殺すよう依頼した奴は……この国の重鎮だったのだ。金さえあれば殺害依頼だって出来る……たかが愛人を断られた腹いせの為だけに……お前の母親を殺したようにな……」


私の知らないピースの断片が、勝手にパズルを組んでいく。もうすぐ出来上がりそうなのは、酷く血生臭い一枚の絵画。


「……。」


「……花。お前がここに来るのは知っていた。……お前は、何の為にこの仕事をしている?人を殺める事が……本当に誰かの為になるとでも?」


誰かの為になるかだって?そんなの、決まってる。


「……ねえ、私、強くなったんだよ?あなたの言葉には耳を傾けない。だって……——困ってる人も、確かにいるんだから」


「……そうか」


私は脇差を突き立てる。派手に血飛沫が舞い上がり、私はそれを浴びながら暫し呆然としていた。色んな考えが巡るけれど、私にとっては人殺しなど仕事であってそれ以上でもそれ以下でもない。ゆっくりと踵を返し、でも最後に少しだけ振り返った。


「……バイバイ、お父さん」


父に別れを告げた私は、ゆっくりとその場を後にするのであった——。




翌日。無性にお腹が空いた私は学校から帰って早々、ご飯を炊き始める。材料は途中でスーパーに寄って来たから準備は万端。珍しく台所に立つ私を見て祖父は驚いていた。


「何じゃ花よ。お主、料理は苦手であろう」


「いーの。今日はやりたい気分だから」


食卓に着き、私は手慣れない動作でご飯を丸める。そこにちょこんと刺身を乗っければ、ハイ!お寿司の完成~!☆


「ん~!我ながら美味しい!」


「ふうむ、形は歪じゃがのう」


握ってはパクリを繰り返していると、祖父は申し訳なさそうに私に言ってくる。


「……すまんかったのう。中々言い出せんかった。許しておくれ」


「なーに言ってんの?おじいちゃんらしくもない。それにね——」


私は部屋の奥に飾ってあった仏壇に、昨夜見つけた両親との写真を立て掛けていた。それを見つめながら祖父に言う。


「私、この仕事に誇りを持ってるから!」


弱きを助け強きを挫く為にこの仕事は在るのだと、そう強く思いながら私は。

思い出のものとは程遠い形をしたお寿司を、仏壇にお供えするのであった——。

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