息子は客観性思考障害

neinu

第1話 客観性思考障害

「凪兎(なぎと)君はおそらく、客観性思考障害ですね。」

「…え?」

私は目の前の医者からでた言葉の意味を理解できない。医者は手元にある資料を見ている。

「な、なんですか?それ」

私の動揺を感じ取ったのか、凪兎が私の顔を覗き込んでいる。

「客観性思考障害というものは極めて珍しく、国内でもあまり発見されたことはありません。普通、人は主観的に思考を働かせます。例えば、「僕はりんごが好きです」みたいに。しかし、客観性思考障害の人だと、「僕はりんごが好きそう」って、客観的な見方でしか自分を見れなくなるんです。」

医者が丁寧に説明してくれてはいるが、私の脳みそは未だについていけていない。握っていた手にじんわりと、汗が滲んでいる。

「要するに、自分の感情を表現することが困難になるんです。感情を覆う膜みたいな部分しか見えないので、中身を言うことができない。」

「…それって治るんですか?治療とか、そういうのは?」

私は恐る恐る医者に聞く。

「残念ですが、今の医療の技術では治すことは不可能です。脳のメカニズムは未だ解明されていない医療界では、この障害は不治の病のようなものです。」

医者は淡々と、声のトーンを変えず、まるでロボットみたいにそう言う。私は言葉を見失う。治らない?一生?私は隣に座っている凪兎をみる。どこにでもいる普通の男の子だ。凪兎の澄んだ目が私を捉えている。

「凪兎君はまだ症状が軽い方ではありますが、幼い時にこの障害を発症してしまうと、今後の生活に支障をきたすことがあります。今はとりあえず、よく話しかけてあげてください。会話をすることで、症状の進行を遅くすることができますから。」

症状の進行を遅くする。治る、ではなく。

「診察は以上になります。待合室でお待ちください。」

医者はそう言うと、手に持っていた資料をデスクの上に置き、パソコンに目を向ける。


「凪兎、疲れていないかい?」

私がそう聞くと、凪兎は首を縦に振る。客観性思考障害。急に脳にその言葉が浮かび上がる。凪兎は本当に疲れていないのだろうか。言えないのではないのか。本当は今すぐにでも帰りたいのではないか。私は凪兎を見る。少しだけ伸びた前髪。澄んだ黒色の目。普通の、どこにでもいる男の子だ。

『西川凪兎君』

女性のアナウンスが待合室に流れる。

「行こっか、凪兎」

私はそう言って席から立ち上がる。凪兎も私に続いて立ち上がる。

「保険証と診察カードになります」

女性はそう言うと、私にそれを渡す。薬、本当に無いのか。私は渡されたレシートをジーパンのポケットの中に入れ、握りつぶす。

「帰ろっか」

私は凪兎と手を繋いで、病院を出る。




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