幕間 DC会議①

 御神は、愛車であるコルベットC7・ZO6を運転しながら、品川区、五反田にあるKIOビルの地下駐車場へ、車を乗り入れた。


 余裕を持って取られた駐車スペースのほとんどには、車が停まっていない。ぽつぽつと数台の車が駐車しているだけだ。


 地下内に、LT1型V8の小さく震えるようなエンジン音が響き渡る。OHVとは思えないほど静かだが、力強さを感じさせるエキゾースト音だ。


 このエンジンは、伝統を重んじるコルベットのスーパーエイトの血脈を受け継いだ、先進的燃焼システムを持つモンスターエンジンである。その最高出力は、450hpを誇り、ル・マンの耐久レースでは、フェラーリなどを抑え、一位に輝いている。


 御神は、洗練されたエンジン音を響かせるZO6を駐車場の奥まで導き、一旦停止させた。


 何台か、先に車が停まっている。


 その内の一台は、今回の『会議』の発起人である、中島祥吾なかしましょうごの911カレラだった。集まりに指定されたこのビルも、中島の所有物件らしい。


 御神は、中島の911の隣にZO6を停める。向かい側には、袖山明誠そでやまみつのりのマスタングコンバーチブルが、威圧するように停車されていた。


 御神は、ZO6から降り、指定された階を目指す。上昇するガラス張りのエレベーター内で、御神は、中島から連絡を受けた際のやりとりを思い出していた。彼は『会議』を行うため、招集をかけたと言っていた。


 会議名は『DC会議』というらしい。それが、一体何の会議かはわからない。内容について、中島は一切言及しなかった。名前からも、いまいち見当が付き難い。しかし、参加メンバーは教えてくれており、皆、御神が見知っている面子だ。


 全員で七人。


 御神は、指定された階でエレベーターを降り、第三会議室を目指す。御神は、埃一つ落ちていない、茶色を基調にしたウィルトンカーペットの廊下を歩く。左右は、木目調の壁面になっており、重厚がある雰囲気に包まれていた。間接照明の陰影により、ラグジュアリーホテルのような高級感が醸し出されている間取りだ。


 御神は、第三会議室へと辿り着き、扉を開けて中へと入る。


 入ると同時に、中島の柔和な笑顔が、御神を出迎えた。


 「いらっしゃい。御神さん。大変な時に、わざわざ、ご足労ありがとうございます」


 中島は、相対する全ての者を油断させるような、温厚な顔で、礼を言う。


 「呼び出した理由は何だ?」


 御神は、中島に向かって訊く。


 「それは後ほど」


 中島は、柔和な顔を崩さず、意味深めいた表情で答えた。そして、やや癖のあるスマートマッシュの髪をかき上げる。


 御神は、中島から目を放し、部屋を見回した。


 第三会議室は、少人数の利用を目的とした小さな部屋だった。会議室の壁は、黄色ベースのエイジング塗装を施された、モルタル風のデザインであり、爽やかな明るい雰囲気を生み出している。部屋の中央には、それとは対照的な、濃い木目の円卓テーブルに、黒のレザーチェアが囲むという、固めのレイアウトだった。


 そのレザーチェアの一つに、先客がいた。


 袖山だ。自衛隊のようなガタイの良い体を、窮屈そうに、レザーチェアへと沈めている。


 「よお、御神、色々大変らしいじゃねえか」


 袖山は、低い声を発しながら、威圧感のある顔を、御神へと向けた。角刈りである事を含め、男性的な雰囲気が強い男だ。


 御神は、袖山から、一番離れている席へと座る。


 「まあな。何とか対処できているよ。それより、袖山、早いじゃないか」


 「仕事柄、時間厳守が染み付いていてね。もっとも、時間を守るのは、俺じゃなく、相手だが」


 袖山は、皮肉めいた自分の物言いに、自分で笑う。ココナッツでも噛み切れそうなほどの、頑丈そうな白い歯が覗く。


 やりとりを聞いていた中島も、つられて笑っていた。


 御神は溜息をついた。あまり袖山とは話をしたくない。相性が元々良くないのだ。しかし、向こうはそれを察してか、やたらと絡んでくる。それがうっとしい。それでも、その感情を抱いていると、袖山はそれを確実に『見抜いて』くるだろう。


 御神は、可能な限り、適当に袖山をあしらい、会議の開始を待った。

 

 「皆さん集まりましたね」


 中島の万人受けしそうな顔が、スーツに身を包んだ皆の姿を見渡す。


 「一人来ていないぞ」


 袖山が手を挙げて言う。


 「須川すがわさんですね。今日は欠席するとの連絡が入りました」


 「なんだそりゃ」


 袖山の呆れた声が、会議室へと響く。


 「ですので、今日はこの六人で会議を進めたいと思います」


 中島は再度、全員の顔を見渡した。


 「メンバーはどうだっていい。早く本題に入ろう。召集した理由を知りたい」


 凛とした、ニュースキャスターのような声が先を促す。上座の中島に、もっとも近い席にいた雨宮勇一あまみやゆういちだ。雨宮はフォーナインズの眼鏡を掛けている。ペンダントライトの明かりを受けて、メタルテンプルが金剛石のように輝く。


 「本題に入る前に、御神さんに、いくつか解説をお願いしたいのですが……」


 突然の指名に、御神は面食らう。聞いていない話だ。


 「……どういうことだ?」


 御神は、腕を組み、怪訝そうに返す。中島の目的が何なのか、いまいち掴めない。


 だが、中島の次の一言で、全てを把握した。


 「異世界人留学生と、扶桑高校襲撃事件についてです」



 

 その後、御神は、これまでに起こった、留学生に纏わる出来事をメンバーに説明した。


 文科省の制度に則り、留学生を男女二人、受け入れたこと。その二人が吸血鬼であること。反対があったこと。そして、女吸血鬼が行方不明になったこと。


 「まだ見付かっていないんっスよね?」


 そう口を挟んだのは、武藤恭輔むとうきょうすけだった。グランジショートの髪型が似合う、爽やかな顔付きの男だ。このメンバーの中では、最年少に当たる。


 「ああ。捜索願いを出したが、進展はない」


 「それについて、異世界側とのトラブルは?」


 「特にない」


 異世界側は、女子生徒一人が、行方不明になったからといって、特別な動きを見せなかった。レイラの母校すらも、何ら非難の声も出さず、進展に任せるような言葉を伝えてきた。つまりは、放置である。


 「思うに、強力な力を持つ吸血鬼を、人間ごときが、どうにか出来ると思っていない節があったな。単に本人の意思で、消えたと見做している様子だった」


 これは、御神が受けた率直な印象である。


 そして、御神は続けた。


 大田山の件、高校に対するテロリストのような襲撃の件。


 その襲撃により、留学生を行方不明にしてしまった非難は鳴りを潜め、扶桑高校は、むしろ被害者側として認識されていた。ある意味では行幸と言えるが。


 そして、最後に、襲撃を救った吸血鬼である男子留学生が、世間から注目されるようになったことを話す。


 御神は全ての説明を終えた。


 「一つ質問をいいか?」


 李天佑りてんゆが手を上げた。


 李天佑は、華僑の人間だ。刺すような鋭い目が、御神を射抜いている。


 「何だ?」


 「ニュースやネットで例の『ロビン・フッド』が現れたという話があるが、これは、事実か?」


 「わからない。確かに生徒からは目撃証言がある。しかし、警察官や、救助隊からは一つも出ていない。証拠が何一つないんだ。どうやら、襲撃の際、撮影などを行えない魔法がかけられていたらしい」


 「その魔法は結界のような役割もあったんだよな? 高校の敷地内の出入りが不可能になってたやつ」


 袖山が思い出したように言う。


 「ああ。そうらしい。現代兵器でも破れないシロモノのようだ」


 「それを『ロビン・フッド』が解除したと?」


 「テレビでは、留学生の少年が全て解決したかのように言ってたっスよ」


 「その少年と『ロビン・フッド』の関係性はあるのか?」


 雨宮の質問に、それまで黙っていた中島が、声を張り上げた。


 「今回の本題は、まさにそこにあります」


 中島に、全メンバーの視線が集まる。中島は立ち上がった。中島は中肉中背であるため、立つと、やや御神よりも視線は低くなる。


 御神は中島にバトンタッチし、座った。


 「本質は、『ゴシップ』ではなく、『インセンティブ』なのですよ」


 中島の温厚な目が、やや、熱を帯びた。


 「一から説明します」



 

 中島の説明が終わり、メンバーはしばらくの間、黙っていた。


 始めに口を開いたのは、袖山だった。


 「まあ、つまりは、『探り』と『収集』ってわけか」


 「ええ。当分は」


 「だったら、御神、お前が出張ればいい。直に面接しろよ。『嘘がわかる』んだから」


 「それを言うなら、袖山さんも似たようなことができるんじゃないっスか?」


 武藤が横槍を入れる。


 「俺のはもっと繊細なんだよ。まあお前のは単純だから、理解できない領域だろうな」


 「そうっスね。僕のは単純過ぎて『探り』には向いていないっスね」


 武藤は、苦笑いを行い、肩をすくめた。


 「とりあえず、対応に当たる人間は、後ほど決めます。今は、先ほどの『計画』を頭に留めておいてください」


 「今決めないのか?」


 李の質問に、中島は頷いた。


 「今はマスコミがうるさいですし、須川さんもいません。人選は次回ということで。だから、くれぐれも先走らないようお願いします」


 話を締めようとしていた中島に対し、御神が手を挙げた。


 「最後に一ついいか?」


 「はい。何でしょう?」


 「DC会議ってどんな意味だ? まさか適当に付けたんじゃないだろうな」


 中島は、少し、もったいぶった仕草をしたが、やがて口を開く。


 「デイビー・クロケット及び、デイヴィット・クロケット会議」


 メンバーの間に一瞬、妙な間が生まれたかと思ったら、次々に失笑と苦笑が起こった。

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