第42話


 二重太陽の惑星フェルタの低緯度帯に在るアビレーと言えども、11月の夜ともなれば気温はぐっと下がる。

 街中での尋問の後、着の身着のままで連行され、そのままフェンスに押し込められた者たちは、日没後の肌寒さに背中を丸め身を寄せ合うようにしていた。

 その寒々しい光景を視界の端に、競技場の芝生へと下りたサンデルスは、ベアタの姿を捜した。



 フェンスとフェンスの間の通路が交差するポイントで、サンデルスは対番あいぼうの背中を見つけた。

「――エンマ! エンマ・ヌヴォラーリ!」

 声を限りに妹の名前を呼び続けていた。そのベアタの声音からは、常の冷静さが見られない。


「ベアタ!」 サンデルスは駆け寄ると声を掛けた。

「……ラフ!」 声に気付いて振り返ったベアタの表情は青褪めており、他者ひとの目のある場所にも拘わらず、愛称でサンデルスの呼びかけに応じた。そんなことは彼女に限り滅多にない。

 ベアタは、すぐに視線をフェンスの中へと戻しながら言った。

「――妹が捕まったの」


 サンデルスは耳を疑った。まさかPSI捜査官の親族が不審尋問で拘束されるとは、にわかには信じ難い。だからベアタに訊き返していた。

「何⁉」

 ベアタはそれに応え、感情的な声音で言い立てた。

「まだ18歳になったばかりの学生なのよ! なのに逮捕されたのっ」


 それで要領を得られたわけではなかったが、先ずはベアタを落ち着かせなければならない。サンデルスは、あちらのフェンスこちらのフェンスと妹の姿を捜し回っている彼女の横に立って言った。

「よし、わかった。すぐに出してもらおう」

「あいつら、エンマを捕まえたのよ……」

 だがベアタの意識はフェンスの向こう側から戻ってはこない。妹を捜して目線を動かす合い間に、つと感情的な声を寄越してくる程度だ。「――エンマ、どこなの⁉」


「落ち着こうベアタ。エンマはすぐに出してもらえる……」

 完全に我を忘れた感のベアタに、ついにサンデルスは肩を掴んで振り向かせた。

「落ち着けよ!」

 ベアタはベアタで、そのサンデルスの腕を振り払うようにして応える。

「母さんが話したのよ。〝姉は警察局員だ〟って! ……〝特別捜査官だ〟って」

「ベアタ……」

 その目に、絶望と怒りと悲しみとが綯交ないまぜになったような切ない色を見た。


「わたしはこのくにのために働いてる……何もかもを賭けて!」

 言葉を失ったサンデルスに、ベアタは言い募る。「入邦して9年――〝このくにの人間〟になるためにアイブリーの大学を選んで卒業して官職に就いたわ。ロースクールだって! 故郷は捨ててる……」

 泣きそうな声だった。


「……わかってる」

 反射的にそう応じたサンデルスを、ベアタは正面から見上げて続けた。

「なのにあいつら、母さんを押し倒して妹をさらっていったって」

「わかった。だから落ち着いて。気持ちはわかる」

 サンデルスは、恐らくは怒りを必死に堪えているだろうベアタの顔を、優しく両の手で挿んで目線を合わせて頷いてみせた。

「――こんなこと、間違ってる。二人で捜そう。妹さんを見つけるんだ」

 フッと、ベアタの身体から力が抜けた。

 彼女が視線を下ろし俯くと、サンデルスはその腕を引いた。

「いいね。それじゃ行こう」


「放して……」

 が、ベアタはおとなしく引かれ行かなかった。

「放して!」 サンデルスの腕を振り払い、叫ぶように言った。「わたしが、捜すわ!」


 その剣幕に離した両の手を掲げてみせたサンデルスを見て、ベアタは語調を整えて言う。


「結局は……がわたしの場所なのよ」

 そうして上着の内懐からIDを引き出すと、それを真っ直ぐ突き出してきた。


、何の役にも立たなかった……。バカだったわ」


 取り付く島がなかった。

 ベアタは明らかに〝怒り〟に我を忘れていた。彼女のまでの感情の爆発は記憶にない。

 だが、彼女の〝怒り〟が何なのか――何に〝怒って〟いるのか――は理解できた。

 だからサンデルスはただ黙ってそれを受け取るしかなく、彼女同様に、打ちひしがれた思いで手を伸ばし、それを受け取るしかなかった……。

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