第29話


 口火を切ったのは〈安全保障問題担当準州代表補佐官〉(※以下、安全保障補佐官)だった。


「いま我々がこの脅威に対し確固たる対応をしなければ、来週にはテロの嵐がフェルタ中に拡散します」


 その断定調の仰々しい物言いに肯いたのは参加者のうちの1/3ほどだった。


「お説ご尤も。それで、なぜ市中のテロリスト予備軍を逮捕出来んのだ」

「現在の法体系と執行システムでは、残念ながら不可能だからです」


 〈準州副代表〉が忌々し気に〈安全保障補佐官〉を向いて質すと、若い補佐官が生真面目に応じるより先に〈準州府法律顧問〉が割って入って慇懃いんぎんに答えた。事ここに到れば、市中に住まうテロリストと目される人物など、ことテロを起こす前に逮捕拘束してしまえ、というのが〈副代表〉の持論で、人権を擁護しなければならない〈法律顧問〉からすれば勿論そんなことは論外である。

 タカ派で鳴らす〈副代表〉と〝法と正義の女神〟を奉じる〈法律顧問〉の不仲は有名だった。

 〈副代表〉は一先ず矛を収めると〈準州情報長官〉を向いた。


「事件の背後で糸を引いているのは?」

「サローノ……勿論ファテュですが、キードの線もあり得るかと」


 一連のアビレーにおけるテロ事件は、犯行声明こそないが〈ファテュ解放軍FLA〉かそのシンパによるものとの〝見立て〟が濃厚である。が、ここで〝キード〟の名が挙がった。

 フェルタの分離主義の雄はキードである。共に準州への昇格を果たして以来46年間、地球連邦に対する政治的態度の相違――アイブリーは地球連邦に積極的に追従し、キードは分離独立を求め続けている――から対立を続けている。キードは〝大国〟だ。


 苦虫を噛み潰したような表情となった〈副代表〉に、〈準州司法長官〉が溜息で応じた。

「フェルタ中が敵のような気がしてきたよ」


 その言に会議の参加者たちの半ば以上が、あながち的を外した表現ではない、と思っている。アイブリーが〝地球連邦の代弁者〟と揶揄されていることは周知の事実であったし、地球によるフェルタ支配を是認することで繁栄しているという自覚が、彼らにはある。搾取される側のフェルタ人の怨嗟が、同じフェルタ人であるアイブリー人へと向かうのを理解していた。


「兎に角、対処することが肝心だ」

 そう言い放った〈副代表〉に、〈準州代表首席補佐官〉が訊く。

「その通りですが、具体的にどうすれば?」

 〈副代表〉は机を叩いて唸るように応じた。

「テロリストを送り込んだ組織に報復、だ」


「組織の関与を立証できなかったときは?」

 事務的な口調に徹した〈法律顧問〉が質す。〈副代表〉は睨むように視線を返した。


「皆さん、テロは回を重ねるごとにエスカレートしています。バスから官庁舎、劇場、次は何でしょう?」

 〈副代表〉が口を開くよりも先に〈経済会議委員長〉が話を進めた。〈司法長官〉が相槌を打ちつつ〈警備警察局長〉に視線を向ける。

「警備警察で対処出来るのかね?」


「出来てないからここに集まっているのだろう?」

 途端に〈行政管理予算局長〉が横車を押してくる。それに〈副代表〉が声を大きく吼えたのだった。

「なら防衛軍だ。軍隊を出動させろ」


 一瞬、誰もが言葉を失った。

 誰がどう応じるべきか互いに視線を交わしていたが、遂に〈テロ対策担当準州代表補佐官〉の女性が正論を返す。

「防衛軍は準州領土の防衛のために存在し外敵に備えるものです。準州市民に銃は向けられません」


「その市民の大多数が出動を望んでもかね?」

 えて〈安全保障補佐官〉が確認した。彼にしてみればこのような臨時の安全保障会議が開催されている以上、最早〝正論〟で解決できる領域ではないと判断しているのかも知れない。


「代表が非常事態を宣言しない限り…――」

 そこまで返した〈テロ対策補佐官〉を〈安全保障補佐官〉が強い口調で遮った。

「――代表が宣言すれば?」


 〈テロ対策補佐官〉は〝言いたくなさそう〟な表情となって、〈法律顧問〉、次いで〈司法長官〉へ顔を向けた。それで後は〈司法長官〉が引き取った。

「法的には可能だ」


 会議室の雰囲気が、一段と重苦しくなった。

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