第11話


 バンデーラは、ベアタの横をすり抜けしな銃口を下ろすよう手振りジェスチャーして、テーブルに座るラッピンの方へと近づいていった。


「いらっしゃい」

 ラッピンはバンデーラを見上げると、にっこりとほほ笑んでみせた。「…――もう少ししたら誰か呼びに行かせるところだったの」


 バンデーラも笑顔になって頷いて返した。

 そして〝両親に黙ってボーイフレンドを家に上げた妹を見咎めることになった姉〟のような表情かおになって口を開いた。


「ジーン……」

「――〝手は触れて〟ない」


 〝妹〟ラッピンは、すぐさまそれを遮った。


「本当?」

「ええ」


「そう…――」 バンデーラは、チラとレーリオ見た。「ともかく身柄はこちらPSIで預かる。 ……ベアタ! サンデルス!」


 折よくベースメント半地下へと下りてきたサンデルスは、ことのはじめからそこにいるベアタと共に、レーリオともう一人の男を拘束するために歩みを進める。

 その動きを目で追いつつ、ラッピンは鼻で笑うようにして言った。


「どんな容疑で捕まえるのかしら? 交通違反?」


 ベアタもサンデルスも、上司がこの女に好意を抱いていないのを感じ取っているから、それぞれに〝対象〟を後ろ手に縛りあげる動きを止めなかった。


「〝話をさせて〟といっても無理かしら?」

「ええ、無理ね」


 バンデーラの返答は、正しく〝取り付く島のない〟ものだった。

 ラッピンはテーブルから立ち上がった。


「ねぇジェンマ…――あ、そう呼んでいいかしら?」

「ええ。……どうぞ」


 ラッピンはバンデーラの視界の中で腕を組み、まっすぐに相手の顔を見て言った。


「あなたたちの〝下手な尾行〟が無ければ、すべて上手くいってた」


 そこでレーリオの顔を見やり、確かめるように語尾を上げて言った。


「――紙幣かねは仲間の所へ届いていたはずよね、レーリオ?」

「〝仲間〟?」


 バンデーラが、彼女の使った単語の一つを、耳聡く聞き咎めた。

 ラッピンは〝あら、馬鹿じゃなかったのね〟というふうな表情でバンデーラを見返す。

 バンデーラは、サンデルスとベアタに指示した。


「連れて行って」


 そして二人が、それぞれに拘束したレーリオともう一人と共に地上階への階段ホールへ消えるのを待って、改めてラッピンに訊く。


「仲間とは誰?」

 薄く笑って何も答えないラッピンに重ねて質す。

「あなたたちはいったい何を知ってる? ここで洗いざらい、全部話してくれると助かるんだけど」


 互いに目を逸らさず、相手の顔を正面から見遣る。

 やがてラッピンが、その奇麗な造りの貌に微笑を湛えたまま言った。


「〝彼〟の身柄は、電話一本で取り戻せるわ」


 バンデーラの目が、スッと、わずかに細くなる。

 この状況で、公安調査部PSI捜査官を〝恫喝〟するとは……。


「わかってるでしょうけど…――」


 なおも言葉を続けようとするラッピンを遮るように、バンデーラは〝権利告知〟を語り聞かせ始める。


「――あなたには黙秘権が認められる。それに弁護士を呼ぶ権利も。支局へ〝ご足労願う〟ことにするわ」


 ラッピンが顔を左右に振った。


「よしてよ」


 冗談でしょ、というふうに笑って小首を傾げる。

 バンデーラは〝肯定的〟笑みを浮かべて、彼女に頷いてみせる。


 そうして、拘束したレーリオを地上階のメンバーに受け渡して戻ってきたサンデルスがその腕を捕ったとき、初めてラッピンの顔から笑みが消えた。

 後ろ手に手錠を掛けられたラッピンが、サンデルスの腕の中で小さく藻掻もがきながら、バンデーラへと視線を遣る。


「ちょっと! 何をしてるかわかってるの? こんなことして、その結果がどうなるか――」


 そんな、腕の自由を拘束されても達者な口を止めようとしないラッピンを黙らせるため、バンデーラは、罪状を指折り数えて応じてみせる。


「――〝誘拐容疑〟〝公務執行妨害〟〝暴行〟も、かしら?」


 ラッピンはようやく口を噤んだ。

 美しい黒曜石の瞳が、バンデーラを睨めつける。

 バンデーラは意に介さず、ほほ笑んで返すとサンデルスに軽く腕を振って命じた。


「連行して」

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