EP.2 baku

 果たして、ツアーファイナル、7月23日の西武ドームスタジアム当日になる。


 妙な蒸し暑さの湿度から、ゲリラ豪雨があるかもしれないの天気予報は立つが、何せドーム施設なので、そんなのヘッチャラと、ONE MORE KISS DEARメンバー、全スタッフ、何より観客が安堵している。

 そして不思議な事に、フェイク画像の拡散で、逆に興味を持った一般の方も前売チケットを買って、SOLD OUTを起こしてしまう。

 ここはファン名称KISSIN'が、これも好機と、過去のMV動画のある配信サイトを誘導した事が大きい。


 ONE MORE KISS DEARは3人組のガールズユニット。メンバーは私溝口菖蒲・大友真凛・忍足姫里になる。ただ経緯が複雑で、それぞれのアイドルグループを、事務所の交際禁止を破り、強制卒業させれた経緯を持つ。


 ついているのは、元の事務所が中規模で、NGリストが配布されず、放免された。そして私達は、零細事務所GREAT OCEANの真田辰政社長に一本釣りされる。

 事務所としてそれなりに活動実績が無いとで、税理士事務所にこっぴどく怒られるらしい。小さくも充実した活動。そんな経緯でダンス抜群の少数精鋭のみで活動することになった。


 そんなほぼゼロから、全国ツアーが出来たのは、JAZZをスクエアに踊れる事で、まずマニア受けする。

 次いで、真田辰政社長の趣味の本格派JAZZバンドを、都度都度キャスティングして、そちらでも好印象を与えた。

 ただボーカルは、3人揃ってキャラクターボイスが強く、JAZZセッションメンバーが、上手くテンションを交え即興し、ライブでもリカバリーしてくれる。

 真田辰政社長のフランクさで、ついぼやけるが、ライブを行う程に、観客からこのグルーヴ素敵だの、確信のお褒めを貰う。それが地道な都道府県ツアーで火が付いていった。


 そして、今日の西武ドームスタジアムでは、最大規模のJAZZオーケストラを携えて、このだだっ広いスタジアムを、この3人でどう展開するかが、ツアー中から恐怖に次ぐ恐怖を強める。そんな時に真田辰政社長は。


「えっつ、一度はしてみたいでしょう、スタジアムでのJAZZオーケストラのセッション。私達はって。大丈夫、音程どれだけ上擦ってもホーンで被し切れるから、踊り尽くして存在して。身長小さくても、映像監督は新鋭近衛優介だから、ばっちりカット抜ける事間違い無し。でも、何かな。それじゃあ、いつやるのスタジアムライブ。俺のやる気ある内に、今しかないから」


 そもそもだ。私達のキャパは全国展開する2000人規模のライブホールが上限で、33000人の心の置き所なんて、到底把握しようも出来ない。

 ただ朝からリハーサルを、何度もした事で、観客席に覇気を送れる感覚はやっと掴んだ。

 そのせいか、スタッフ皆とその都度グータッチを何度も交わす。行ける。ただそれは、こちらの感触であり、ライブはただ生物としか言いようが無い。



 #



 緊張するオープニングは、ONE MORE KISS DEARならば、名刺がわりのダンスでリレーも交えて10分魅せる。

 長い筈だが、そこはJAZZオーケストラの絶妙なテンポの緩急で惹きつけている。

 観られている、33000人に。本当に堪らないものだ。これはどうかの引き出しが、無限に引き出される感覚が、エンタメは、ああ天職だと気付いてしまう。


 そこからの進行は、山なりに上がって行く。ボーカルはキャラクターボイスで苦手の方もいる筈だが、ファンのKISSIN'勢の熱狂に絆されて、呑まれて行く。これもライブならある手段なので、行けると確信した。


 そして、女子トーク全開の25分のMCを経て。動画再生1億回に達したあの曲「upper red,under black」の変拍子を踊りきる時が来た。

 イントロから、それは惹きつけられる。転調は苦手な方だが、リズム感は誰にも負けない。ブレイクを経て、私のAメロの2小節を歌った所で何かがおかしい。膝が折れて、メインステージに横たわる。スタミナ重視で、体重制限はしていない、何故。

 それは私だけか。いや違う、三人のフォーメーションのその場から、倒れた音が聞こえた。そして、ホーン隊、ストリングス隊、リズムが想像しがたい瓦解音が響く。どうして。

 いや、それは何故か観客席からも、波を打つ様に、倒れ込む音が聞こえた。テロか。思考も遠のく中、それしか考えがつかなかった。



 視界は黒そのもの。ただ、何かしらの会話が聞こえる。


「思ったより豊作ね。恍惚感を越えると、疲れも吹っ飛んで麻痺してるのね」

「この規模、どうかな、この前携帯買い換えて容量増やしたけど、ダウンロード出来るかな」

「大丈夫でしょう。私も同じ携帯に買い換えたし」

「それでさ、拓美姉。菖蒲、意識あるっぽいよ」

「貫徹、それは都度、菖蒲の悪夢を曙に食べさせていたから、耐性ついたのでしょう。これ迄都合35回は、どうしても多いわね。貫徹は、菖蒲が好きなのかな」

「拓美姉、それ、菖蒲が困ってたら助けるでしょう」

「それも如何よ。お布施も無しで務めるなんて、法に則って無いわ。その分、ここで回収するけど」

「まあ、曙も、軽く3年分か。いいんじゃ無い」

「始めましょう」


 どうやら、姉弟が、このステージいるらしい。誰かな、このテロでも耐え切れるなんて、誰なの。瞳が、やっと半分開いた。

 いる姉弟。二人とも自然地の麻の上下のスーツで爽やかだ。そして姉らしき方が、真っ白な小型犬パグを抱えている。ただ上下の顎から次第に牙が伸び。体も膨れ上がり、姉がゆっくりステージに置く。


“パオーーー”


 ステージに立つ真っ白なパグが、大きな声で叫ぶと、吸引音が響き、見る見る内に、巨大化し、舞台の高さをあっと言う間に超え、ドームに引っ掛かるかなが窺えた。嫌いじゃ無い方の悪夢だ。私は気を失った。



 #



 悪夢を経て、私が起きたのは、埼玉の総合病院の個室だった。先生曰く。


「異常無し」

「テロですか」

「さあ、異常ないし、事情聴取されたら帰って良いから、次行くよ、」


 その事情聴取に来たのは、県警の女性警官二人組だった。あらましはこうだ。

 西武ドームスタジアムでの総失神は原因不明。テロではないかも、あっさり否定された。

 致死性の無い何かの薬剤を、スタジアムにばら撒くにはタンクローリー何個必要か。集団ヒステリーを視野に入れて事情聴取していると。

 私達に非があるのかは。


「ビートルズ熱狂期でも、ここ迄の被害を及ばさないわ。残念だけど」


 ONE MORE KISS DEARにはそこ迄の器量は無いと。そこ迄しれっと言われると、何か印象が悪い。私は、夢しかないだろうの姉弟とパグの話をするのを止めた。

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