無名絵師とブラック企業
「すぅ……すぅ……」
デスクにつっぷして、少女が眠っている。
あざやかな金髪はあまり手入れができていないのか、ボサボサになっていた。
『ビビッドテイルロイヤルウォーズ!!!』
「わあああああ!!!!???」
耳を破壊するほどの爆音を受けて、少女は飛び起きた。
すばやくイヤホンを外し、サファイアのように青く輝く右目をこする。
まるで絵に描いたような美少女だが、目の下には大きなくまができている。
「そっかぁ、これがテロかぁ」
少女はふっと
PLLL………
だが、着信音に再び跳ね起きる。
痛む頭をおさえ、型落ちスマホの画面に映る着信名を見て、少女はため息をついた。
「ファイタス……」
ファイタス。現在職なしの少女にイラストを発注している、唯一のゲーム会社。
そして、悪名高きクソゲー『ビビッドテイルロイヤルウォーズ』の開発、運営元である。
「はい、
姫崎ティアラは少女のペンネームだ。
『お疲れ様です。ファイタスの山本です。進捗はいかがでしょうか』
感情の通っていない声が、向こうから聞こえてくる。
少女はデスクの方へ目を向けた。
デスクの上の小さなパソコンに映るのは、ビビッドテイルロイヤルウォーズに登場する、格闘少女ランレイのイラスト。
ベッドの上に寝て、胸を強調するように腕を組んでいる。衣服ははだけ、目の中にはハートまで描き込まれている。ほとんど完成に近い状態だった。
「あの、このランレイのイラストも、ゲームで使わないんですよね?がんばって描いても、広告に使われて終わりっていうのは、正直気が進まなくて……それに、絵師の名前も出ないし……」
少女はずっと、【テロ】のキャライラストを描き続けてきた。殆どは詐欺広告用だ。
その上、相場を知らない彼女はかなり安い金額でハイクオリティなイラストを渡し続けていた。
だが、そろそろ限界だった。
『我々のゲームにはアプリ内広告が入ってますから。元のコストも安いので、ダウンロードされるだけで利益が出るんです。だからとにかく広告を出す。この話、前もしましたよね?』
「き、聞きましたけど……やっぱり、絵師としては自分のキャラをもっと大切にしてほしくて……」
別に、エ⚪︎い絵を描くのは構わない。だが、大した理由もなく、詐欺広告のためだけにランレイにこんな格好をさせたくはない。少女はそう考えていた。
『そうですか……残念です。我々としては、イラスト担当は他にもいますし』
はっとして少女は自室を見回す。四畳半風呂無しのアパート。
仕事を失えば家賃を払うことさえままならなくなる。帰る場所は他にない。
「……すいませんでした。これまで通りイラストを描きます。キャラボイスも無給で担当します」
『……不満なら、買い取りますか?』
「え?」
『我々はあのゲームで十分利益を出しました。それにあなたのイラストが貢献したのは事実です。ビビッドテイルロイヤルウォーズの権利、あなたが望むなら安価で売り渡しましょう。どうですか?』
「えっと、あ、ありがとうございます……」
『では、そのように』
※
ゲーム会社「ファイタス」の、定時などとっくに過ぎた暗いオフィス。
薄給プログラマー達が床で死んだように眠る中、山本は一人下品な笑みを浮かべていた。
(買い取る言質は取った。全く良いカモだ。【テロ】を買い取っても、まず技術が足りない。プログラマーにサウンドに……そして何より金だ。サーバー維持費、広告費……世間知らずで素性も不明な、無名絵師に扱いきれるものか。まさか、美少女絵師が破滅する姿を現実で拝めるとはな。薄い本の中だけの話だと思っていたよ)
「ふふふ……」
思わず笑いがこぼれる。
(『ビビッドテイルロイヤルウォーズ』はどうしようもないクソゲーだ。セールスランキングなどかすりもせず、このまま終わっていく。その時、あの女はまたここにかけ込んでくるだろう。まずは土下座をさせて、それから……ああ、楽しみだ)
「はっはっはっは……」
山本の高笑いが、静かなオフィス中に響いていた。
▼▼▼
次回からゲーム内の出来事に戻ります。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます