エンドロールが聞こえない。第十九話
*作中に軽微な性的表現が含まれています。
ぼくはあかるに対して誠実だっただろうか。自分の事でいっぱい一杯の毎日に、あかるを招き入れる心の場所なんてあったのかと考える事がある。ぼくは彼女の優しさと彼女が持つ“恋の使い方”に甘えていただけ、それも分かっていてそうしていたんじゃないかと思う事があるのだ。
ベッドの縁に背中を預け、手を伸ばして「あかる、こっちにおいで」と、いつか“女の子の夢なんだ”と言った言葉を使うと、またきみが固まる。だから「そこまで、お気に入りなのっ!?」と笑うと、絨毯をすりすりと這って近付くから、いつもみたいに攻撃になっていない“ぽかぽかと叩くやつ”か“自称・頭突き”をしてくるのだと思っていた。だけど、ぼくの胸の中にゆっくり入り込み顔を埋めて「うん、そこまで……なんですよ」と熱く真っ赤な耳を見せる。そっか、と、やさしく頭を撫でるも心臓が強く早く打って痛いくらいだ。こんなに色っぽいあかるなんて、困る。
「き、緊張っ、し、ます……ねっ!?」
「いや……だって、初めてだから……」
ベッドの上に乗り向かい合い、体中に力が入っているのが分かるくらいに緊張していた。ここまで緊張するなんて教科書にも載っていなかった、先生にも教わらなかった、誰も話してくれなかった。一眞兄ちゃんも教えてくれなかった。口から心臓が飛び出るか、胸を引き裂いて飛び出るのかで迷っている。こんなのが普通なの?それともおかしいの?ぼくの“恋の使い方”が間違っているから、こんなに苦しいんじゃないの?もし“恋の使い方”を間違っているなら、誰か、誰か、誰か早く教えて。もうあかるに触れる。止められなくなる前に。あかるを傷付ける前に。ぼくが傷付く前に、誰か答えを教えて。
「怖くなったり、嫌な気分になったりしたら……言って?」
精一杯の大人びた言葉を使った。いつも一歩前を歩くきみの手を取り、少し、ぼくが駆けて近付き並んで歩く。服の上から身体に触れたり、埋めるようにして頭を撫でられたり、二人とも少ない言葉と目を合わせるだけで次に何をするのか、何をして欲しいのか分かるような気がした。ゆっくりとシーツに埋もれ、潤んだ瞳でぼくを見るあかるが熱く息を荒くしていた。火傷するくらい熱い手で、ぼくの頬に手を当てて乱れたシーツの上で悶えるように身体をもじっと拗らせる。色っぽいあかるの姿に興奮して大きく喉が鳴る。あかるは何も言わず、ぼくの胸元に、とん、と、軽く手を置いて溢れるように言う、いつもの言葉。
「やっぱり、まひるくんはやさしい」
ぼくは、本当にあかるが言うほどやさしいのか?やさしくないから求められていただけじゃないのだろうか?
手を握りあかるの額や頬、唇、首筋にキスをし、いつものように頬に触れると擦り寄ってきたり、髪を撫でたり。きみのとろんとした声に熱が加わった声で「ち、いさいですけど、胸、に、もっと触れてください」と求められ、慌てるように胸に触れる。ぴくっと反応するきみに「ごめんっ、痛かった?」と手を離そうとした。あかるがその手を逃がさないように両手で抱きしめて微笑み「ちがう。きもちいいんです」と微笑み、少しずつ互いの距離が近くなっていく。きみの上に被さり、まるで逃がさないようにして、深く、強く、抱きしめると熱く穏やかな呼吸を繰り返しながら、ぼくの背中に手を回した。
「あかるは………………幼稚園の頃からこうなりたかったの?」
「え、えっちな事を知ったのは最近です。でも、よく分からないけれど、ずっとこうなりたいって望んでいたとおもう」
抱きしめられるだけでも、こんなに気持ちが良いなんて知りませんでした。だけど、ずっと小さな頃から、こうやって抱きしめられたいと思っていたんですよ。
抱きしめるのが、こんなに気持ち良いなんて知らなかった。いつもぼくを見ているきみの事は知っていて、まさか、そのあかると抱きしめ合うなんて思っていなかったんだ。
「あかる……?脱がせるね?」
あと一ミリリットルの涙が加われば瞳から流れ出るであろう涙と、幸せそうに見上げる真っ赤な顔。とろんとした声と、とろんとした動き。緊張感が無く、可愛いだなんて自覚が無いから心配になるぼくの彼女。
この日、見た事の無いあかるを見た。小さく膨らんだ肌が、こんなに白くてすべすべだなんて知らなかった。こんなにどきどきする声を出すなんて知らなかった。こういう事をする時は少し我が儘になるなんて知らなかった。ぼくの身体にも触れたい、キスもしたいと言って、そんな事を愛おしい表情でやさしくするなんて想像の中でもしなかった。ぼくが描いていた“こういう時のあかる”は“夢の中の女の子”で、本当の姿は、ぼくと同じくらい“いやらしい女の子”だった。
あかるのいやらしい声、それを聞いて興奮するぼく。こんな声や言葉が本当にあるんだって、あかるから教わる。互いに恥ずかし過ぎて笑ったり、額を合わせて「恥ずかしい」とか「今のはどきどきした」とか伝え合う。学校で習ったよりも着け方が難しいコンドームを、恥ずかしながら二人で箱の裏を見たり試行錯誤をして、みっつ目で上手く着けられた。こんな所に入れるのってくらい小さなあかるの身体に、きみが触れてみて欲しいと願ったから、ゆっくりとやさしく指で触れ、きみの表情と声で深くしていく。その度にあかるは手とシーツで顔を隠しながら身体を跳ねさせた。
「まひる……くんっ、わたし、もうだいじょうぶだよ?」
幼い声質に性の快感を知っている声が乗り鼓膜に触れる。顔を隠す片手と「手を……つないでがいいっ」と求める、もうひとつの小さな手。ゆっくり、ゆっくりと小さな身体に入ると、きみはふるふるっと震えた。握っていた手が、さらに強い力で握られ、目を強くつむって顔を歪ませるのだから怖くなる。でも「痛い……っ、けどっ、我慢……しますねっ」なんて歪んだ眉で必死に笑おうとするから泣きそうになる。思わず頬に触れるといつも通りに擦り寄って「まひるくんは……やっぱり、やさしい」なんて言うから苦しくなる。頬に添えた手の腕をたどり、肩を掴んで「大丈夫ですからっ、だからっ、もっと……お願いします」という言葉を信じて、気持ち良さなのか、痛みなのか、よく分からない感覚を感じながら、きみの奥に進むと「嬉しいよお」と泣くのだから、ぼくも泣いてしまった。
浅く苦しそうに息をするあかるの頬に添えたままの手から一緒に涙を流す顔を引っ付ける。互いの涙でぐしゃぐしゃになって、頬を擦り寄せて、きみはとろけるように口元を緩ませ大きな三日月を作った。
「す、すごい……ですねっ。まひるくんと、いま、いっしょ。うそみた……いっ」
「は……っ、あかる。熱い、やわらかい、すごく熱い」
ゆっくり時間をかけて知っていく、きみのちいさな身体の中の、その奥の奥。覆い被さるように抱きしめて最後まで届かせると、きみは嬉しい、幸せだ、ありがとお、って、抱きしめ返してきた。
ゆっくり、動くね?
やっぱり、まひるくんはやさしい。
あかるの方がやさしいよ。
まひるくんよりはやさしくない。
あかる?痛くて我慢しているでしょ?何かあったら我儘だと思っても言って。
うん、じゃあ……我儘を聞いて欲しいの。
何?
痛いのは全部、我慢します。だから、あなたの好きなようにして下さい。
ベッドの上で壁に寄りかかって座り、あかるは立てた脚の間にちんまりと収まっていた。互いに恥ずかしすぎて話し辛いからキスばかりして、キスが終わると照れて顔を赤くする。それから、ぼくはキスをするふりをして鼻を擦り合わせ、笑いあった後に気になっていた事を聞いた。
「す、凄く……?痛そうだったけれど、本当に大丈夫なの?」
「大丈夫、ですよ……って言いたいけれど、嘘みたいに痛いですっ」
そう言って攻撃になっていない頭突きをぐりぐりとしながら「お腹も押されて苦しくって、息が出来なかったりもしたっ!」と言われ、やっぱり、あかるの“我儘”通り好きにしちゃいけなかったのだと「ごめん」と謝るのだけど、謝っていいものなのか分からず、また「ごめん」と謝る。それを聞いて、あかるが「苦しかった、痛かった。想像してたより血が出ていた。でも、それが、痛いのが、うれしい。だから、お願いだから、謝らないでくだ…さ……ぃ」と、ぼくの胸にしていた“自称・頭突き”をやめて顔を埋めた。
この初めての痛みは、まひるくんがしてくれたことだからうれしい。わたしも知らないところを、初めて知ってくれたのがまひるくんでうれしい。わたしが、びっくりするくらい恥ずかしいわたしの知らない声を知っているのが、まひるくんでうれしい。
ぼくの腕と腕のあいだ、胸に埋めた耳の赤い顔から聞こえる湿度のある声。
「ま、まひっ、まひるくんはどうでしたかっ!?」
まさか、そんな事を聞かれるとは思っていなかったから目を開いて驚き、声に詰まってしまう。だから、きみは「あ、あれっ?ま、また、わたしは恥ずかしい事をしてしまった」と両手で顔を隠すのだ。
「ちがうちがう!違うよっ、あかる!」
大胆な質問のそれを、すぐに自分が間違っていたり、恥ずかしい事を言ってしまったのだと自信を無くすのは、相変わらずだね。
「不思議……だったよ。嬉しくて、涙が出た。
痛いはずなのに『大丈夫』って最後まで受け入れてくれて、
やわらかいのに、ぎゅうって硬かったり、あかるの体温が熱かったり。
抱きしめた時に感じる気持ち良さが、今までで一番気持ち良くて、
溶けそうに思えたから“ひとつになる”って意味が分かった気がした。
痛い思いをさせたけれど…………」
言葉に詰まって、うつむく。
あかるがぼくの顔を覗き込んで「?」という顔をした。
「大袈裟じゃなくて、生まれてきて良かったって思った。
今までの何よりも、一番気持ちが良かった。
何より……………………」
あかるを独り占めできた気がして、ぼくだけのあかるになった気がする。馬鹿みたいに思うかもしれないけど、それがどうしようもなく…………幸せだ……、
そうこの時に言ったぼくは、自分を恥じるべきなのか、それともその感情は嘘ではないから誇るべきなのか、今は決めきれずにいる。
この日、ぼくらがエンドロールまで待てなかった映画は『雨に唄えば』だった。
…………………………
エンドロールが聞こえない。
第十九話、終わり。
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