第17話 再会と因果

「新しいドーナッツが出来ましたよ」


 家の中から一人の割烹着を着た老婆が出てきた。


 両手に持った大皿には穴のないドーナッツが盛られている。


「はい、休憩!」


 秋水の言葉で少年たちは膝や地面に手をつき荒い息を吐いていた。


 だが、秋水は涼しい顔で揚げたてのドーナッツを美味しそうにほうばる。


「よく食べますねぇ」


 老婆は嬉しそうだ。


 と、その眼の隅に信じられないものを見た。


 黒のスリーピースを着て、革靴を履いた男。


 身なりや体形はだいぶ変わったけど、顔つきは過去のまま……


「おタケさん……」


 男の、その言葉で老婆は泣き崩れた。


「肇坊ちゃん……」


 二人は近寄り、抱き合った。


 老婆は大泣きし、石動の目にも光るものがあった。


 少年たちは呆然としているが、秋水と石動は小さく裏で拳をぶつけ合った。



 おタケ、竹本たか子は、石動家の家政婦を辞めた後、息子たちの家と同居した。


 息子たちは快く彼女を受けれた。


 彼らは農家をしていた。


 時にはおタケも助っ人として芋の計量や出荷の手伝いをした。


 時間があれば、無人になった石動家邸の掃除を欠かさなかった。


 でも、次第に年を取り、白髪が増え、腰が曲がり始めると、農家の手伝いなども出来なくなる。


 息子たちは「無理をしなくていい」と老人ホームを勧めた。


 そのうち、家の中を移動するのも少しずつ難しくなった。


 石動邸はとっくに野草だらけになっているだろう。


――もう、こんな気持ちで死ぬのか?


 そこに意外な人物から意外なことが提案された。


 息子の飲み友達だという大男から息子を通じて手紙が渡された。


 石動肇は会社を持ち、近く石動邸に行く。

 

 その際、大掃除になりどうだから手伝ってほしい。


 その言葉に老婆は奮起した。


 そして、家族も驚くほど足腰が回復したのである。


 重いものは持てないけど、そこは大男はひょいと持ち上げてくれる。


 大男、平野平秋水とおタケさんは茶と友達にもなり、石動たちを迎える準備をしていた。



 一方、その頃。


 平野平春平と孫の正行は家で調べ物をしていた。


 正行はノートパソコンで新聞社の過去のアーカイブを見ていた。


 上座では春平が老眼鏡を用いて過去の日記を調べていた。


 卓には印刷された紙などが散乱している。


「やっぱり、そうか……」


 春平は眼鏡を外し、伸びながら欠伸をした。


「何が、どうしたの?」


 理由も聞かされず、春平が示した年の新聞を閲覧し、ある人物のニュースを探していた正行は首を傾げた。


「俺、知らずに石動君の敵討ちやっちゃってたわ」


「は?」


 不思議がる春平は手短に話して聞かせた。


 ある宝石商が事故に見せかけて殺された。


 彼は宝石と共に鑑定書をもらっていた。


 問題はその鑑定書はある仕掛けがあり、ある組織は、その仕掛けられたメッセージが欲しかった。


 それを知った猪口家の当時の主、つまり、直衛の父はこれを重く受け止め、組織そのものの壊滅を若き春平に依頼した。


 春平はそれを完遂した。


 それらの情報は単なる自動車事故として処理され闇に消えた。



「石動さん、この事実を知ったらどう思うのかな?」


「さあな……」


 冷たくなったお茶を飲んで、春平は黙した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る