第10話 子供たちの活躍 名乗り編

 石動が愛車のグリフィスに戻ると、正行は寝ていた。


 だが、すぐに苦しそうに呻く。


「行かないで、一人にしないで!」


 その自分自身の言葉で正行は目を開けた。


 目からボロボロ涙が出ている。


 隣の石動を見て、びくっとする。


 しかし、石動は何もしない。


「……オジサン、誰?」


――オジサン……


 後ろに秋水たちがいたら爆笑するだろう。


 だが、声からして子供のような感じだ。


 まだ完全に催眠術から解放されていないのだろう。


「あのね、人に名前を教えてもらう前に自分から名乗りなさい」


 石動は優しい口調で諭した。


「……平野平正行です! 星ノ宮第二小学校一年三組です!」


「俺の名前は、石動肇だ。コンピューター関係の仕事をしている」


 もしも、事情を知らない人が見れば正行は知的障碍者に見えるかもしれないが、不思議と不快ではない。


 とりあえず、肉まんを正行に渡し、自分はアンマンを食べる。


 甘い餡子にごま油のにおいが混じり、美味い。


「美味しいね」


 正行もご満悦の様だ。


「ねえ、石動さんの名前ってカッコいいね」


「かっこいい?」


「学校に『まさゆき』って子が五人いて、時々、別のまさゆき君と間違えられるの」


「ふうん……俺は、正行って名前は好きだなぁ」


「何で?」


 少年、中身は学童の正行が聞く。


「秋水さんが前に君のことを話していたんだ。正行君の名前を付けたのはお父さんなんだ。『正しく人生を行くように』という願いから名付けたそうだ」



 中東のある国の紛争地帯で腕立て伏せをしながら秋水は息子について語った。


 この頃になると石動の体も精神も大分タフになり少し会話ができるぐらいの余裕が出来た。


「……まあ、あの頃はどう接していいか分からないから無意識で親父の真似をしていた時は自分が心底嫌になった」と苦笑したのが印象深い。



「じゃあ、肇って名前もお父さんが付けた……んですか?」


「そう聞いている」


「?」


「俺の親父は高校生の時に死んだ。おふくろ……母さんも一緒に交通事故で……」


 横を見ると、正行は泣いていた。


 そして、石動を見るため、彼を見た。


「石動さん、一人ぼっち……淋しい……辛い、悲しい。だから、友達になる!」


 その言葉に幼いながらも固い決意が感じられた。


 純粋にして優しい子だ。


 石動は、にっこり笑って正行の頭を撫でた。


「お前はいい子だな」


 と、修行中に秋水との会話を思い出した。



 その日は、珍しく休戦協定とやらで暇だった。


 戦闘が無ければ軍の兵士はほとんど、家族に電話したり紙切れで作った即興のトランプで賭け事をしたり、空気があまりないサッカーボールでサッカーをしていた。


 秋水は……それまで熟睡できなかったのか爆睡していた。


 石動も寝ていたが、昼ぐらいに目が覚めて自主トレーニングをしていた。


 ほぼ住民が去り、廃墟と化した街は妙に淋しいものだった。


 自分が満足できるまで動いて腹が減った。


 アジトに戻り、その間に起きた秋水が簡単な豆のスープを作ってくれた。


 皿などは台所に残っていたものらしい。


 シンプルな料理でも兵站に飽きた石動にはご馳走だった。


「なんで、俺に戦闘術を教えているんです?」


 石動が聞くと、少し考えて秋水は言った。


「まずは、目がいい……初めて会った時、ノーモーションで殴ろうとしただろ? それに目が追い付いた。凄いことだよ」


 そして、こう付け加えた。


「それに、一人でつまらなかったんだもん」

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