このモチモチ、やっぱり良い

 人生初、自分の作った団子を商品として販売する日が来た。

 価格はすべて普段販売している商品より三割くらい安くなっているが味はあまり変わらないだろう。

 しかし通なお客さんには違いが分かるだろうなぁ。 


 今までで一番と言っていいほどの出来栄えで、食感も中々だしそこらの団子よりは美味しい自信はある。

 あとは買ってくれた人に後日感想を聞いてみよう。 


「んっ…… 桃くんのお団子は美味しいから大丈夫だよ、そんなに不安そうな顔をしないで…… あっ」


 落ち着かないなぁ…… 開店まであと三十分、緊張する…… 


「もう…… 無意識なの? 仕方ないなぁ……」


「千和? ……おぉっと、ごめんごめん、生地をこねていると何だか落ち着くんだよ」


「ふふっ、知ってる…… んっ、じゃあ落ち着くまで好きにこねこねしてていいからね?」


 じゃあお言葉に甘えて…… うん、このモチモチ、やっぱり良い。


 開店までの時間ずっと生地をこねて心を落ち着け、ようやく開店時間になる。


 店のシャッターを開けて店先に『営業中』の札を掛けて……


 って、うちの店は開店早々からお客さんが並んでいるなんて事はないからそこまで緊張する事はなかったんだけどな。


「千和、大丈夫か?」


「はぁ、はぁ…… だ、大丈夫だよぉ」


 大丈夫と言ってはいるが、顔が赤く息も荒いけど……  

 今日は二人とも学校は休みなので、朝からと手助けしてくれた千和には家の中で休んでてもらうか?


「ううん、桃くんのお団子が売れるまではここで待ってる…… えへへっ」


 だけど千和は、笑顔でいつもの椅子に座りながらそう言ってくれた。

 俺の団子…… いや、千和が居なかったらやっぱり駄目だったから、俺達の団子、早く食べてもらいたいな。

 

 そして千和と話しながらお客さんが来るのを待っていると、一人の女性が入店してきた。


「いらっしゃいませ!」


「あ、あの…… 『吉備団子店』で合ってますよね?」


 二十代前半くらいか高身長でスラリとした女性、小顔なのに大きなサングラスをして、前髪を眉毛の上くらいでパツンと切って揃えたサラサラとした長いストレートの黒髪……

 見た事のない人だから初めて来てくれたお客さんだろうな。

 でも…… どこか見覚えがあるような気がする。


「はい、そうですよ!」


「良かった…… じゃあ、みたらしとあんこを一本ずつ下さい……」


「かしこまりました!」


 やった! 俺の団子を買ってくれた! おっと、喜ぶのは早い、あとは食べてもらって感想を聞きたいんだが…… 


「……店内で食べる事って出来ますか?」


「一応そこのベンチなら大丈夫なんですけど……」


 本当はお客さんに待ってもらうためのベンチだが大丈夫かな? テーブルでも用意するか、普段はしないけど今日は感想も聞いてみたいし。

 確か家の中に使ってない折り畳みのテーブルが……


「桃くん、テーブル持って来たよ!」


 いつの間に…… 話を聞いていて気を利かせてくれたのか? 


「千和、ありがとう」


「えへへっ、初めてのお客さんだね! 私も緊張してきた」


 千和に感謝しつつ、テーブルを用意し簡易的な食事スペースを作って団子を提供した。

 

 そして女性客は団子を手に持ち、一口食べ…… 


 ……ゆっくりと咀嚼しているようだけど味は大丈夫か? なかなか飲み込まないな。

 あんまりジッと見ていると食べづらいだろうし、調理場の影からチラチラ見るようにしよう。


 すると、女性はサングラスを外し、目元を持っていたハンカチで拭っていた。


「お、おい千和、あのお客さん大丈夫かな? そんなに不味かったのか?」


「いや、そんな事はないと思うけど…… あれ? あの人、どこかで見た事あるような気がする」


「千和もか? 俺もそうなんだよ」


「うーん…… 誰だったかなぁ……」


 その後も女性客の様子を伺いながら二人でソワソワしていたが、とにかく食べるのが遅い…… 団子二本なんてあっという間だと思うんだけど。


「あの人、大丈夫かなぁ…… 調子が悪そう、どこか悪いのかな? ちょっと痩せすぎのような感じがするね」


 確かに…… となりにいる千和が色々と肉付きが良いから余計に…… 痛っ!!


「桃くん?」


 いや、何でもないですよ? だから脇腹をつねらないで!


 そして女性は二十分かけてようやく団子を食べ終わった。

 そのタイミングで千和が淹れてくれた温かいお茶を女性に出してあげた。


「あ、あの、良かったらお茶をどうぞ…… さ、参考までに味の感想なんかを教えてもらえれば嬉しいんですけど」


「あ、ありがとうございます…… すいません長居して、味は…… 美味しかったです、小さな頃食べた、あの時の味…… うぅっ…… うぅぅっ……」


 えっ!? えぇっ!? な、泣き出しちゃったよ! 


「だ、大丈夫ですか!? あまりお口に合わなかったですか?」


「うぅっ、いえ、すみません…… にまともな物を食べて…… それに昔の事を思い出しちゃって…… すみません、今帰りますんで……」


「あぁっ! 危ない!」


 立ち上がろうとした女性がよろけて倒れそうになったのを慌てて受け止めた。

 

 うわっ、軽っ…… こんな軽いなんて、ちゃんと食べてるのか!?


「す、すみません…… 少し休めば良くなるんで、大丈夫ですから…… すみません…… すみません……」


「千和! ちょっとお客さんを休ませてやるから家に!」


「う、うん! お布団用意する!!」


 とりあえず横になれるようにして、状態が良くならないようなら救急車を呼ばないと……

 俺は女性をリビングに運び、千和が用意してくれた布団に寝かせた。


 そして千和には女性を見てもらいながら、俺は店に出る。

 店の奥とリビングは繋がっているから、最悪千和が声を掛けてくれればすぐに対応出来る。


 今日はもう午後の分の団子は作るのをやめて、とりあえず閉店するか……

 せっかく俺の団子を美味しいと言ってくれたお客さんを営業の邪魔だからと追い出すのは気が引けるしな。


「桃くん、お姉さんは軽い貧血みたいだから大丈夫そうだよ、今は休んでもらってるけど」


「そっか、良かった…… 本当にビックリしたよ、千和が居てくれて助かった」


「えへへっ、『迷惑かけてすみません奥さん』だって! えへへっ、そんなぁ、奥さんじゃないのにね? えへへっ」


 否定しつつもめちゃくちゃ嬉しそうだな…… 知らない人から見たらそう見えるのか? まあ、今は俺達二人しかいないし、高校生が二人で店をやってるって方が考えにくいもんな。


 その後ちらほらと常連さんなどが来て、用意していた団子はほぼ売れた。

 親父達がいないから俺が作った事をちゃんと説明したが、常連さん達は俺の成長を喜んでくれて、いつもより多めに買ってくれてありがたかった。

 いつもよりも安いってのもあるかもしれないけど。


 とりあえず店の後片付けをして、残しておいた団子を持って家に戻ると、もうお姉さんが身体を起こして千和と話をしていた。


「あっ、桃くんお疲れ様! えへへっ、売れて良かったね、常連さん達と話しているのが聞こえて私も嬉しくなっちゃったよ!」


「おう! 千和と二人で作った団子だからな、俺も嬉しいよ」


 すると、お姉さんが俺達を交互に見てから


「千和ちゃん、あなた達…… 本当に?」


「ええ、でも…… しー、ですよ?」


 千和が人差し指を立てて唇に当てている…… 何か秘密の話でもしてたのか? 女の人って内緒話が好きだなぁ。


「あの…… 迷惑かけてごめんなさい、それに布団まで用意して休ませてくれてありがとうございます、おかげで良くなりました」


「いえ、大丈夫そうなら良かったです」


「お団子もとても懐かしくて美味しかったです、えっと…… 桃太くん、でしたっけ?」


「はい、吉備桃太です、よろしく」


「桃太くんに千和ちゃん、本当にありがとうございました…… あっ、私の名前は雉岡美鳥きじおかみどりです、あの…… 一応『HATOKO』って名前でグラビアアイドルをやってるんですが、知ってますか? ……まあ、今はお休み中なんですけどね、うふふっ」


 えぇっ!? HATOKOって、どこかで聞いたような…… あぁっ!! クラスの奴が話してた、あの!!


 ……すいませんグラビアアイドルとかあまり知らなくて、あまり、エッ!!なのは千和が見せてくれないから。

 正確には見る暇がないっていう…… ゲフンゲフン!


 でも有名だったら失礼だよなと思い、適当に笑って誤魔化したら、千和にジト目で見られちゃった…… えへへっ。

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