不安だがやるしかない!!

「わはははっ! 世界一周! 世界一周!!」


「パパぁ! 世界一周旅行のチケットを当てるなんて、すごーい!!」


「ママ…… いや、くるみ、これでようやく新婚旅行に連れてってやれるな、待たせてごめん」


「きびちゃん…… ううん、いいのよ、だってきびちゃんは団子屋さんで忙しかったし、どんぶらこし過ぎ…… じゃなくて私達の愛の結晶、桃ちゃんをコウノトリさんがどんぶらこしてきてくれたから、幸せだったけど旅行どころじゃなかったもんね、でも…… 新婚旅行に行きたかったのを覚えていてくれて嬉しい」


「くるみ……」


「きびちゃん……」


 そして愛し合う二人は熱い口づけを交わし、世界へと旅立ちましたとさ、めでたしめでたし……


 じゃねーわ!!


 息子が目の前にいますけど! 何なら千和も隣でがっつり見てますよー!!


「わぁ…… おじさん達、相変わらずラブラブだね……」


 恥ずかしいからやめて! キスが長いよ! こら親父! 息子の目の前で桃を撫で回すな! 母さんも息子の前でしていいような顔をするなよ!?


「おじさん大胆だね、そういう所は桃くんもそっくりだけど……」


 千和!? いやいや俺はそんな…… 

 そんな?

 そんな、そんなぁ……


「世界一周旅行が当たったからって店があるんだから旅行は無理だろ!? 少しは落ち着け!」


 ついでに母さんから手を離せ! 千和が顔を真っ赤にしてるだろ!


「はぁ? ……店なんて休みでいいだろ? 俺は店よりもママが大切なんだよ!」


「ふざけるなよ! ばあちゃんと約束しただろ? この店を俺達家族で守っていくって」


「……じゃあ桃太が店をやればいいじゃん」


 ……親父?


「桃太がやればいいじゃん! パパはママと新婚旅行したいもん! 行くったら行くんだもん!! やだやだ! ママと世界一周すーるーんーだーもーーーん!!」


「だ、駄々っ子かよ……」


「やぁーん、パパ可愛いー!」


「えへっ、でもママの方がもーっと可愛いよ!」


 …………


 またイチャイチャし始めやがった、どうしようもないクソ親父だわ。


 でも…… 親父達は俺が物心つく頃からずっとこの店を切り盛りして、ばあちゃんが亡くなってから更に忙しくなって、旅行らしい旅行を家族で行った事なんてほとんどなかったよな。

 唯一あるとすれば俺が小さい頃、わがままを言って一泊二日の旅行になんとか連れて行って貰った記憶しかない。

 なんだかんだサボりながらも長い間体調が良くなかったばあちゃんを支え、亡くなってからもサボりながらもこの店を守っていたからな。

 今、この機会を逃したら親父達はずっと夫婦としての思い出が作れなくなる…… 

 

「……世界一周ってどれくらいの期間なんだよ」

 

「当たった懸賞のやつには確か…… 『世界一周百日間船の旅』とか書いてあったはずだ」


 百日…… 約三ヶ月か。

 その間、店を閉めてしまうのはもったいない、だからといって『吉備団子店』としての商品を親父達抜きで提供する自信は今の俺にはない、それなら……


「店は俺に任せてくれていいから世界一周行ってこいよ、ただ俺は修行中だからって事で、親父達が帰ってくるまで団子の値段を下げて売ってもいいか?」


「……おう、ありがとな、店はお前のやりたいようにやれ、いずれお前が『吉備団子店』の四代目になるんだ、任せたぞ桃太!」


「ああ」


 分かったよ! 何とかやってやるよ!!

 ただ親父…… カッコつけてるつもりかもしれないが、母さんを撫で回しながら言うセリフじゃないぞ!? どんだけ浮かれてるんだよ。


 でもこれは考えようによってはチャンスかもしれない。

 営業時間をすべて練習に使えるって事だもんな。

 団子作りから接客まで一人で大変だけど、その分職人として成長出来る! 

 不安だがやるしかない!!


 よーし、親父達が出発するまで一日のスケジュールを考えて……


「あっ、そうそう、千和ちゃん」


「えっ? おばさん、どうかしました?」


「あのね? 旅行中なんだけど、桃ちゃんの事お願いできないかしら?」


「ええっ!? 私がですか?」


「桃ちゃんったら団子作りばっかりで家事もさっぱりだし、一人にしておくのは親として心配なの…… これは私達のわがままなんだけど、もしオッケーなら…… うふふっ、遠慮なくいつでも食べ放題よ?」


「た、食べ放題……」


「いつでも、好きな所で、好きなだけ…… どう? お願い!」


「…………任せて下さい、桃くんのお世話は私がします!!」


「うふふっ、良かったわぁー」


「桃くんのおだんご食べ放題…… いつでも…… 朝から、晩まで…… こそこそせずに好きなだけ……」


 まずは朝から仕込みをして、あっ、俺一人だし材料の手配も変更しないと、あとは…… んっ? 母さんと千和がヒソヒソ話をしているけど何かあったのか? 後で千和に聞いてみるか、それよりも開店してからは接客と…… ああ! 想像しただけでも大忙しだ! 


「旅行! 旅行! 世界一周、船の旅~!」


「キャー! 素敵ー!!」


「食べ放題…… 桃くんと二人きりで…… 食べ放題……」


 不思議な踊りをする親父とそれを見て喜ぶ母さん、ブツブツと呪文らしき事を呟く千和、そんなカオスな状態を横目で見つつ、もうすぐ来る修行の日々を不安になりつつも期待に胸を膨らませていた。



 そして夜、ちゃんと高校に行き授業を受けていたが、気付けばノートには団子屋の事ばかりがびっしりと書かれていた。

何故だ…… 黒板に書かれた授業の内容を書き写していたはずなのに。

 駄目だ、完全に団子屋の事で頭がいっぱいになっている! 早くしないと黒板が消されてしまう!

 授業が終わる前に必死で書き写し、終了ギリギリようやく終わった。


 そして一息ついていると、普段仲良くしている隣の席のクラスメイト達の話し声が耳に入ってきた。


「なあ、HATOKOって知ってる?」


「ああ、最近テレビに出てる、グラビアアイドルの人だろ?」


「最近売れ始めたのに突然活動休止するらしいよ」


「へぇ、原因は?」


「体調不良だって」


「最近のHATOKO.売れる前のグラビアよりかなり痩せてたもんな、病気だったのかな?」


「はぁ、結構好きだったのになぁ……」


 HATOKO? うーん、知らないなぁ。

 テレビはあまり見ないしグラビアアイドルにも詳しくない、話題についていけないから話に加わるのはやめとこう。


「おっ? やっとノート取り終わったのか、吉備は知ってた…… いや、何でもない」


「吉備はきっとグラビアアイドルになんて興味ないだろ、がいるし」


「ああ、あの娘…… をいつも見てたらグラビアアイドルなんてなぁ」


「小柄で可愛らしい娘なのには反則だろ」


「いいなぁ、吉備はをいつもかぁ……」


 千和の話か? それにアレって、アレか? 


「あんなに仲が良いのに付き合ってないなんてな、不思議だよ」


「確かに」


「でも見た感じ、二人は恋人というより夫婦みたいな…… おっと、これは言い過ぎか? あははっ!」


 まったく…… たまに団子を買いに来てくれるのは嬉しいけど目的が千和みたいなもんだからな、コイツら。

 お前らが帰った後、大変なんだぞ?


『桃くん、またジロジロ見られてたぁ、やっぱり私のコレ、変なのかな? ちょっと後で確認して……』


 ショックを受けた千和を慰めるのに小一時間…… ゲフンゲフン、おっと喋り過ぎだ。




 そして話題が変わったのでしばらく喋った後、帰宅すると……


「あっ、おかえりなさい!」


 何でこんな夜遅くなのに千和が居て出迎えてくれるんだ? 

 

「ただいま、こんな時間にどうしたんだ?」


「えへへっ、おばさんに桃くん家の中の、何処に何があるかを教えてもらってたら遅くなっちゃった!」


「家の? 何でそんな事をわざわざ……」


「おじさんとおばさんが旅行中、この家の事を任されちゃったの、だから安心して桃くんは団子屋に専念してね! 私も全力でサポートするから!」


 千和…… ありがとう。

 団子屋の事で頭がいっぱいだったが、よく考えたら家事も一人でしなきゃいけなかったんだよな、すっかり頭から抜けていた。

 そうか、母さんとヒソヒソ喋ってたのって…… あれ? そういえば


「ところで親父達は?」


「あっ、えっと…… 久しぶりに『外食』するから遅くなるって…… もしかしたら今日は帰れないかもって言いながら手を繋いで出掛けていったよ……」


 ……うん、なんかゴメン。

 親父達は千和の前でもいつも通り、いや、旅行が決まっていつも以上にイチャイチャしてたんだろうな。


「そ、そうか、悪かったな」


「あ、あの、それでね…… おばさんが…… これを…… 『おだんご食べる時には絶対使いなさいよ』って……」


 うわっ、これって…… そんなもんを直接千和に渡すなよ。


「ちゃんと食べる時には毎回使ってます、って私は言ったんだけど…… おばさんが『これの方が美味しく食べられる』って…… だから……」


 ああ、ちょっと高級感があるもんな、それ……


「ちょっと試しにこれでちょこっとおだんごを味見してみたいなぁ…… 桃くん、ダメ…… かな?」


 くりくりした大きな瞳で、しかも上目遣いで言うのはズルいだろ。


「……じゃあ先に風呂入ってくるから」


「うん……」


 その後千和は、味見だけじゃ済むわけもなく。ついつい食べ過ぎて動けなくなってしまい、結局その日は俺の家に泊まっていくハメになった。


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