テイム

 兄たちとの勉強や鍛錬を毎日こなしていたある日の夕食。

 母であるオネットからロイはもう少し子供らしく自由に遊びなさいと言われた。

 俺も兄たちも父上ですら、その言葉に衝撃を受けた。


 そういえば、俺は四歳児だった。

 たしかにもう少し自由な時間があってもいいのではないだろうか?

 それに女神様からの依頼もそろそろ考えないといけない。

 母の言葉で俺のスケジュールに自由に遊ぶ時間が出来た。

 俺は自由な時間で屋敷を歩き回り、暮らしの中で不便なところを探すことにした。


 調べた結果、この世界では意外と魔法でなんでも解決するようだ。

 掃除一つとっても生活魔法というものがあり、その中に掃除魔法がある。

 汚れとみなしたものを綺麗に取り除き、消し去る魔法なんだそうだ。

 だけど、魔力は有限なのでゴミをかき集めてから最後に掃除魔法を使うとのこと。


 アドラに聞いたのだが、掃除でもホコリやゴミを集めるのに苦労しているようだ。

 なので、手始めに前世の知識から高いところにも届く、伸縮自在のホコリ落としを設計して、これを鍛冶屋に頼んで作ってもらった。


 頼みに行った我が家の執事セバスには、しっかりと伸縮部分の仕組みを説明した。

 鍛冶屋も唸るほどの設計だったようでセバスが、俺名義で商人ギルドに商品を登録しておいてくれた。

 さすがは父上の右腕、セバスは気配り上手だった。


 調子に乗って前世の掃除道具を色々と提案したら、使用人たちが喜んでくれた。

 色々と設計した中でも手を汚さずに水を絞ってくれるモップは、屋敷の掃除を担当する若い侍従や侍女たちに大好評だった。

 おかげで我が家は今までよりももっと綺麗になり、家族も喜んだ。


 もちろん設計した掃除道具は商人ギルドに登録されている。

 領都の店で一般の暮らしにも俺が提案した掃除道具が使われていると聞いた。

 まだ四歳なのに、不労所得がどんどんと入ってくる。

 これも文明の発展と言えるから、女神様の依頼を達成したと言っていいかな?




 今日は以前教わった魔力放出の練習をするために庭に来ている。

 ニーナ師匠によると、俺は魔法に関してとても器用であり、かつ面白い発想をするから下手に教えるとその成長を阻害するかもしれないということで、基本的には放任する方針が師匠たちの間で決まったようだ。


 そんなこんなで、魔力を使って庭でお手玉をして遊んでいる。

 これが意外と難しいのだ。

 魔力をお手玉という形に維持して放出。それを受け止めて、再び放出する。

 これを左右入れ替えたりして、遊びながら魔力操作の技術を鍛えているのだ。


 魔力を魔法という形に変換して扱うのは危険だと説明されて、まだ師匠たちと両親から止められている。

 けれど、こうした魔力だけの遊びはどんどんしていいとお墨付きをもらった。

 魔力だけでは魔法とは言えず、集中を切らすと魔力は霧散してしまうからだ。


 その日は普段よりも複雑なことをしようと思い、お手玉の軌道を高くしたりして、ブーメランのような弧を描いて手元に戻すという曲芸じみたことをしてみた。

 魔力操作の技術は十分に極めたと思い始めた結果、事件は起きた。




 それは無茶な動きをして魔力の玉を受け止めそこなって遠くに転がしたときだ。

 調子に乗ってしまったことを俺は反省して、集中を切らさずにわざわざ魔力の玉を拾いに花壇の裏に回ると一匹のスライムがそこにいた。


 アドラから聞いた話では、スライムは一般的に魔物と分類されているが、子供でも倒せるほど弱い存在で、踏みつけるだけで簡単に倒せると兄たちも話していた。


 そして、そのスライムが今目の前にいる。

 よくよく観察してみると、なんだかこのスライムは弱っているように見える。

 表面がしわしわで水っぽさがないのだ。

 このままでは死ぬのではないかと思い、アドラに頼んで水をもらってきた。


 木製のコップに入った水をスライムに少しかけてみる。

 表面のしわがちょっとマシになった気がする。

 このスライムが可愛く思えてきて、俺は話しかけながら水を与え続けた。


「もう少し水がいるかな? ゆっくり飲むんだぞ?」


「ぴゅぃ……」


「おっ! スライムって鳴くんだ! ほら、水だぞ。早く元気になれ~」


「ぴゅぃ~♪」


「アハハ、可愛いなこいつ!」


 コップの水を全部与えたら、元気になったのかスライムが芝生を消化し始めた。

 慌ててスライムを抱き上げて、それを止める。


「コラ! この芝は庭師たちが丹念に育ててるんだ。だから、食べちゃダメだ!」


「ぴゅぃ……」


「わかればいいんだ、わかれば。あっ、これは食べられるのかな?」


 咄嗟の思い付きで手に魔力の玉を作り、スライムの前に差し出してみる。

 集中を切らして霧散した魔力を見て、魔力は食べるのかな? と思ったのだ。

 試しに魔力をスライムに近づけてみると、吸い取るようにして食べている。

 食べてくれるのが嬉しくて、俺は夢中になって魔力をスライムに食べさせ続けた。


 夢中になり過ぎて気が付いたときには、スライムの体は見つけたときよりも大きくなっており、艶や弾力も増して濃い海色になっていた。

 魔力という餌を与えたことで愛着が湧いてしまい、このままペットにしたくなったので、俺はこのスライムに名前をつけることにした。


「うーん、名前名前っと。どうしようかな? ……よし、お前は今日からピュムだ! ぴゅいぴゅい鳴くのとスライムからとった安直な名前だけど、可愛いだろ!」


「ぴゅぃ! ぴゅぃ!」


「ハハッ、お前も気に入ったか! そーれ、高い高ーい!」


「ぴゅーぃ!」


 この異世界に来て初めての友達言えるペットに嬉しくなって、ピュムを思いっきり空高く放り投げてはキャッチを繰り返して遊んだ。

 あとのことも考えずにね……。




 ――

 ――――

 ――――――

 ――――――――




「捨ててきなさい!」


 そう、母にスライムをペットにすることを猛反対されたのだ。


「えー! こんなに可愛いのに!!」


「可愛くてもダメです。スライムは魔物です。飼うなんてことは許しません!」


「クレス兄はこいつをどう思う?」

「うーん、なんだか新種に進化してる気がする」


「ロイ、このスライムに何かしたか?」


「え? 弱ってたから水をあげたくらいだよ?」


「本当にそれだけか?」


「えーっと、水をあげたら元気になって、庭師が育てた芝生を食べようとしたから、代わりに魔力を食べさせて、可愛いから名前をつけただけ、かな……?」


 俺の説明に父が頭を抱える。

 え? 俺、なにかまずいことした?

 不安そうに周囲に視線を向けると、クレスが答えてくれた。


「じゃあ、このスライムはロイにテイムされてるんだね」


「ていむ?」


「魔物を飼いならすことだ。お前はこのスライムを助けただけのつもりのようだが、魔力を与えて、さらに名前までつけた」


「それで、つけた名前をこのスライムが気に入ったってことは、テイムを受け入れたんだろうな。ロイ、お前はホントに面白いことするなあ」


 父に続いてジェロがスライムの状態を説明してくれる。

 ジェロはスライムをつつきながら笑っていたけど。

 テイムの話になると、母も困り顔だった。

 父がさらに詳しくテイムについて説明してくれる。


 テイムとは魔物を飼いならすことで、主人と魔物が互いに信頼した関係で成り立つものらしい。

 各国でもテイムの技術は研究が進んでおらず、研究成果が不安定な分野みたいだ。


 そして、テイムされた魔物は主人からひどい扱いを受けない限りは裏切らない存在となる。

 だが、進化した魔物はその限りではない。

 進化した魔物は自身の力に溺れ、主を裏切り、その強さ次第では災害となり得る。

 そのため、テイムされた魔物は冒険者ギルドで管理され、国の監視下に置かれる。


「ここからが大事なのだが、テイムされた魔物は主人との信頼関係によって、とても進化しやすいのだ」


「進化した魔物を主人が御せないと、その魔物は討伐対象になるの。そして、主人にも罰が与えられるわ」


「だから、一般的にはテイムを職業とするテイマーはいないんだ。罰を恐れてね」


「一生懸命に育てた魔物が討伐されて、罰まで与えられるんだ。やるせないよな」


 父、母、兄二人からテイマーの悲しい話をされる。

 家族のテイマーの話を聞いて、ピュムを見る。

 こんなにも可愛いのに、強さに溺れて災害を起こすだって?


 俺にはみんなの話が信じられなかった。

 どう考えても主人の扱いが悪かったからテイムされた魔物が怒って、進化した強さのせいで災害になってるだけだと思う。


 こんなに可愛いピュムがそんな災害を起こすとは思えない。

 だから、これは意識改革をしないといけないと思った。

 これも女神様のいう文明の発展につながると思う。


 テイマーという職業の改革をしよう。ピュムと一緒なら出来る気がする。

 俺は家族に向かって決意表明をした。


「父上、母上、それと兄さんたちの話を聞いて、しっかり考えて決めたよ」


「どうしたんだ、ロイ?」


「俺はテイマーになる! 絶対にピュムを、スライムたちを輝かせてみせる!」


「今の話を聞いて、どうしてその結論に至ったんだ!?」


 俺はそばにいたピュムを抱き上げて説明する。


「テイムはまだ研究が進んでないんでしょ? なら、俺がスライムの研究をするよ」


 ピュムが俺をジッと見ている気がする。

 この決意をピュムにも聞いてもらおう。ピュムを掲げるようにして宣言する。


「スライムを研究して、お前をみんなに認めさせてやるからな!」


 ピュムの感情が伝わってくる気がする。

 歓喜、不安、期待と揺れている。

 俺はそんなピュムに大丈夫だと伝えるように抱きしめる。


「俺がピュムを育てる!」


 家族が俺の言葉を聞いて、どう思ったのかはわからない。

 最終的には、否定せずに「やれるだけやってみなさい」と母は言ってくれた。


 ロイ、すまない。初めて家族にわがままを言ってしまったよ。

 だけど、この異世界に来てようやく目標ができたんだ。

 女神様の依頼も同時にこなせるし、許してくれるよな?


 家族の面倒はこれからもちゃんと見る。

 だから、女神様のもとで俺たちの未来を見守っててくれよ。

 遠くで苦笑する小さな子供の声が聞こえた気がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る