第3話

 錦葵。


 この名前を聞いて知らないと答える奴はうちの学校にはいないだろう。


 何故かと言われたら、その整った顔はもちろんのこと、有名なのはその性格。


 悪しきを正し、善きを行うその品行方正さにあるだろう。


 困っている人がいたら迷わず手を伸ばし、どんなに困難な道でも最後までやり遂げる気概に皆は尊敬と憧れを抱いている。


 誰が見ても素晴らしいと答える彼女だが、奴の存在により一番割りを食らう相手だってもちろんいる。


 それが誰かと聞かれたら


「宮下くん、廊下を走っちゃダメでしょ」

「悪かった。反省してる。それじゃあ」

「あ!!まだ話は!!……もう」


 そう、俺のような不真面目な人間である。


 確かに悪いのは俺の方かもだが、いつも宿題はしたかだの敬意を持って喋れだのお前は俺のオカンかって話だ。


 俺の苦手な人種こそが彼女、錦葵その人なのである。


「危ねぇ。あんな奴と引き合わせようとか健斗の奴頭イカれたのか?」


 教室に逃げ込んだ俺はなんとか一息付き、汗を拭う。


 するとカバンから体を出したステッキがため息混じりに話し出す。


『イカれてるのはあなたですよ。勿体ない、せっかくあんな美少女が構ってくれてるのに』

「冗談じゃない。顔が良くても性格があれなら論外だ」

『えー。僕的に二人は結構相性良いと思うんですが』

「はっ、どこをどう見たらそうなるんだ」

『いっぱいありますけど……特に一番は魔法』


【緊急警報、緊急警報、学校の生徒は直ちに体育館に集合して下さい】


 突然携帯から爆音が鳴り響き、学校のサイレンが音を荒げる。


「なんだ?」

『あー魔物ですね。運悪くこの近くで発生したみたいです』

「なるほど」

『倒しに行きますか』

「は?何言ってんだ」


 学校で突然いなくなればどこに行ってたんだって話になるだろ。


 わざわざそんな危険を冒してまで戦いに行くつもりはない。


「放課後でいいだろ放課後で」

『ですが、それだと相当被害が出ますよ』

「それこそ知ったことじゃない。俺は魔法少女になれるだけの一般人だ。それで責任だとか言われる筋合いはないな」

『あなたって人は本当に』

「残念だがこれはお前の人選ミスだ。嫌なら今すぐ契約解いて他の魔法少女とでも契約してろ」

『はいはい分かりましたよ。言っておきますけどいくらあなたがそんな考えだとしても世間が同じ考えと思わないでくださいね』


 へいへい。


 俺はクズ人間ですよ。


『それと、いつまでも過去と向き合わない選択は出来ませんよ』

「お前……何を知って」

「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 甲高い声が聞こえる。


「次から次になんだ!!」

『魔物が学内に入ったようですねー』

「は?そんな近くに出てたのか?」

『そういうわけではありませんが、魔物は人を襲う獣。ですので学校という場所は奴らにとって格好の餌食というわけです』

「チッ」


 今の声と魔物を見た奴らが合わさり一気に混乱が走る。


『今なら変身してもバレないかもですねー』

「……はぁ、わざわざ魔物を見つける手間が省けたと思えばいいか」

『ウグッ、男の時に握るのはやめて下さい』

「うるせー」


 俺は誰もいない空き教室に入る。


 そしていつものように呟くのだ。


 ◇◆◇◆


「変身」


 体を光が包み込み、姿形が変わっていく。


 制服がヒラヒラとした服に、黒い髪色が綺麗なピンク色に、そして目の中にハート型の模様が浮かび上がる。


「魔法少女アオイ、参上したわ」

「おいみんな!!魔法少女が来たぞ!!」

「やった!!助かった!!」


 周囲からは大きな歓声が上がる。


 だけど、私としてはそんな喜べる状態ではなかった。


「みんな早く避難して。ここは危ないから」

「は、はい」


 そう叫んだ男子がいたが、みんな避難よりもこちらに注目して上手く動けていない。


「これは……まずいわね」


 相手はおそらく警戒レベル2相当。


 一般の魔法少女数名程度で倒すことを推奨されるレベル。


 今の私では戦うことは出来ても、倒すまでは……


「魔法少女頑張って!!」

「……ええ」


 なんて泣き言、言ってられないわね。


「行くわよ。私、これでも期待の新人なのよ」


 私は走り出し、魔物へと接近する。


 廊下の中であればあの巨体は動き辛いはず。


 地の利を考えれば、十分勝機はある。


「はあ!!」


 私の武器はこの身体能力と魔法で生み出した刀による斬撃。


 スピードだけで言えば、私はランカーにだって負けない自信がある。


「……どんなもんよ」


 魔物を切りつけると、得体の知れない叫び声を上げる。


 よし、十分効いてる。


 私はこの怪物と戦える。


「す、すげぇ」

「リアル魔法少女ヤバすぎだろ」


 避難してと言ったのにまだ残ってる人がチラホラ見える。


 本当なら怒るところだけど、魔法少女とは人々に光を照らすもの。


「任せて」


 私は更にスピードを上げる。


 床も天井も壁も同じように蹴り上げ、攻撃を躱し、切り付ける。


「当たらないわよ、そんな鈍い攻撃」


 私の言葉に怒ったのか、魔物の攻撃が荒ぶり対処しやすくなる。


 別に余裕があるわけじゃない。


 むしろ一発でも攻撃が当たったら形成は逆転する。


 でも今の私はかなり調子がいい。


 3日前の失態を今、晴らす時が来た。


「決めさせてもらうわ」


 魔物から距離を離し、刀に魔力を研ぎ澄ます。


 かなり魔力を持っていかれるけど、これならいける。


「食らえ」


 私の尊敬する先輩を真似した必殺技。


「晴天、星屑」


 刀を納めると同時に、魔物の体が綺麗に別れる。


「……勝った」


 周りから称賛の雨が降る。


 達成感。


 高揚感。


 その時の気持ちをどう表現すればいいだろうか。


 どちらにせよその瞬間、私は調子に乗ってしまった。


 それが命取りになった。


「あれ?動画だと魔物って倒されると消えるはずだよな」

「なんでまだ残ってるの?」

「え?」


 振り返る。


 だが既に状況は最悪の事態だった。


「ダメ!!」


 駆け抜ける。


 向かった先には腰を抜かした一人の生徒と、何故かまだ生きている魔物。


「間に合え!!」


 私は全力で地面を蹴り飛ばす。


 なんとか魔物と生徒との間に入り込み、攻撃を弾くことに成功する。


「よかった」

「あ……あり……が」

「誰か!!彼を運んで逃ガハッ!!」


 横腹に激しく衝撃が襲う。


 壁を破り、教室の机に何度も何度もぶつかりようやく勢いが止まる。


 だけど


「もう魔力が……」


 既に私は死に体となっていた。


 変わらず状況は最悪だけど、唯一助かったことは


「よかった。私のところに来てくれて」


 魔物は私を警戒してかこちらの歩いてくる。


 この間に他のみんなが逃げる時間が出来た。


 例え私が死んでも、他の魔法少女がきっとあれを倒してくれる。


 だから私は最後まで役目を果たさないと。


「そう……分裂出来るのねあなた」


 魔物の体は先程より小さく、けれどその体は2つに分かれていた。


「相性悪いわね……でも、攻撃事態は効いてるのよね」


 確かに魔物はダメージを受けていた。


 それに分裂にも必ず限界があるはず。


「まだ……負けてない」


 私は机を蹴り飛ばし、一体の魔物にぶつける。


 威力はなくとも視界を遮ることは出来る。


 魔力がないなら道具を使う。


 力がないなら頭を使う。


 それが私、魔法少女のアオイの戦い方だ!!


「はぁああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 一体の魔物に一太刀浴びせる。


 魔物の体が裂け、それと同時に別れようとする。


 そんな隙を与えるわけもなく、私は更に一閃薙ぎ払う。


 想定以上のダメージを受けたせいか、分裂が止まり魔物の体が消えていく。


 そして同時に私の魔力が切れ、壁にもたれかかる。


「どう……よ。私……結構強いでしょ……」


 自分の半身が死んだこと悟った魔物は恐ろしい程の殺気を向けてくる。


「……エニ、他の魔法少女が来るまであとどれくらい?」

『3分です!!アオイ、希望を捨ててはいけません!!あなたは十分頑張りました!!今は逃げて下さい!!』

「カメラで見てるから分かるでしょう。もう無理よ」

『そんな……せっかく前回生き残れたのに……』


 電話越しにエニの悲しそうな声が聞こえてくる。


 それが私にはどうしようもなく嬉しくて、それでいて申し訳ない気持ちになった。


 エニはきっと私を魔法少女にしたことを後悔してる。


 だってこんなに弱い私は直ぐに死んでしまうのに、そんな私をエニは心の底から大切に思ってくれてる。


 もっと私が強ければ。


 もっと私が賢く立ち回れたら。


 反省は山ほどある。


 でも一つだけ、誇れることもあった。


「私の勝ちよ。だって私は、みんなを守れたもの」


 怒りに満ちた魔物の残酷なまでに鋭い牙が私の喉を食いちぎる。


 そう、思った。


「……まさか」


 魔物の頭がコロンと落ちる。


 そして私の視界には、恐ろしい程精巧に作られた氷の刃が突き刺さっていた。


「まだ終わってな」


 そう叫ぼうとすると、魔物の頭と胴体を刃が切る。


 何十本もの凶器が魔物の体を理不尽に蹂躙していく。


 慈悲も油断もない。


 ただ無情に何度も何度も何度もその体を裂き、切り、刻む。


 最早原型すら残っていない魔物の体が霧となって消えていく。


 私はただその光景を眺めることしか出来なかった。


「お前、頭おかしいんじゃないですか?さっさと逃げればいいものを」


 悪態をついて現れた存在は


「悪いが少し説教でも」

「きゃわ」

「ん?」

「きゃわいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!」


 私のハート見事撃ち抜いた。

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