指揮者

@gAMUgOMU

第1話

初めて勃起したときのことを、今でも覚えている。

小学四年生くらいのときに、合唱コンクールの指揮をした時だ。

僕の振るタクトが、みんなの歌声を盛り上げて、そして美しいハーモニーを生み出したとき。

僕はゾクゾクと背筋を震わせた。

クラスのみんなが、僕の命令にしたがって、僕の思うまま、美しいハーモニーを響かせる。

その快感が、今でも忘れられないのだ。

僕は、人の上に立つのが好きだった。


今思えば、あんなのはただのお飾りで、誰も指揮なんて見なかっただろうし、指揮がなくったって、みんなテキパキと動けるのだろうけど。

でも、小学生の僕にとっては、自分がみんなを従えているという、その優越感がたまらなかったのだ。


それから、僕はあの快感を味わうために、いろいろなことをした。

学校内のいろんな委員に立候補してみたり、生徒会長になったりもした。

しかし、生徒会長と言っても所詮は同級生の集まり。

クラスメイトは僕に意見を言ってくるし、僕の意見が通ることも通るが、あのゾクゾクは感じられなかった。


僕が欲していたのは、問答無用の隷従。

僕に絶対服従の、僕だけの肉人形。

そんな存在に、僕は焦がれていたのだ。


それから、僕は憑りつかれたように勉強をするようになった。

当時の僕は、バカだったんだと、今更ながらに思う。

総理大臣や大統領になんてなれるはずないのに、総理大臣になるにはどうすればいいのか、どうしたら国を動かせるのか、そんなことばかり考えて、とにかく知識を詰め込みまくった。

だって、それはきっと実現可能な夢だから。

僕が総理大臣になり、自分が国を動かしていれば、誰も僕の命令に逆らえない。

僕以外誰も逆らえず、僕に絶対服従する存在が手に入る。

そんな馬鹿げた妄想に憑りつかれたまま、僕は勉強に明け暮れた。


そんな夢が、単なる妄想だったと気づいたのは、小学校を卒業した時だった。


民主主義を学ぶうちに、自分がいかに稚拙な妄想を膨らませていたか気づいたのだ。

総理大臣になれるのは、一部の人間だけで、そして総理大臣になれたとしても、それはただの国民の代表という立場。

結局のところ、生徒会長と何も変わらないのだ。


それから僕は、勉強をやめた。

小学生のうちに、中学レベルの勉強は終えていたので、多少怠けても問題ないだろうと、そう考えて。

事実僕は怠けた。

勉強をやめた分、色々な娯楽に手を出すようになったのだ。

小学校卒業と同時に、僕は公立の中学校に進学した。


人の記憶ってのは不思議なもので、興味を失った瞬間に、煙のように消えていくものだ。

それは、僕が詰めに詰めた、小学校と中学校の勉強も同じで、すぐに中学の勉強についていけなくなった。

中学一年生の中盤くらいまでは、学年で一番頭がいい生徒だったと思う。

だけど少しずつ成績は下がっていって、中学二年生の中盤には、ビリから数えた方が早いような位置になってしまった。


でも、僕は勉強を使用とは思わなかった。

親は放任主義で、成績とか、部活とか、勉強関連ではとやかく言ってこなかった。

だから僕は、毎日遊びほうけていた。

中学生時代の大半を費やしたゲームにはまってしまって、他の娯楽なんて一切手が伸びなかった。


それから、僕は地元の公立高校に入学した。

高校時代の記憶は、正直言って薄い。

友達は一人もいなかったし、当然、スポーツも勉強も、それどころか、中学のときにあんなにハマったゲームやアニメさえ、一切手が伸びなかった。


ただ、頭の中には、あの合唱コンクールの快感をもう一度味わいたいという欲求だけがあった。


高校を卒業した後は、いろんな職場を点々とした。どこ職場も僕には合っていなかった。

最終的に、僕は働くことを止めた。

両親との会話はもともと少なかったが、働く意思がないことを知ると、彼らは僕に金を渡すだけになった。


そんな生活にも嫌気がさしてきて、死のうかな、なんて思った。

そんなときだ。僕が、誘拐をふと思いついたのは。


始まりはネットで見た記事だった。

『誘拐された少女が10年以上監禁された末、保護される』

その記事を見たとき、僕はなんだか、すごくうらやましい、と思った。

絶対の隷従、絶対の服従。そんな存在が、いとも簡単に手に入るなんて、素敵じゃないか。


これこそが、僕が求めていたものだ。


僕は、少女を誘拐した____。




「――――それで、今回の犯行はに及んだと?」

無機質な取調室に、警察官の声がこだまする。

「はい、その通りです」

僕は取調室に設置された椅子に深く腰かけながら、そう答えた。




彼女は、従順ではなかった。幼すぎたのだ。だから、僕は彼女を殺した。


彼女は、未来への恐怖を理解できなかった。僕の奴隷でなければ、殺される。そういう、想像ができなかったのだ。

ただ泣き叫ぶだけの彼女は、僕が最初に得た、僕だけの肉人形には値しなかった。

だから、殺した。


いや、いずれにしても彼女は僕が殺していただろう。

彼女が僕に従順だったとしたら、彼女自身の手で、自殺させたはずだ。


「おい、聞いてるのか?お前は少女を殺した。それは事実か?」

警察官は、僕にそう問いかける。


死体が、母に見つかってからは案外と早かった。

母は、娘の死体と、血の付いたナイフを持った僕を発見して、すぐに警察に通報したらしい。


両親は、僕に一瞥もくれずに、ああ、やっぱりか、といった様子で、すぐに家から出て行ってしまった。

僕は、その時やっと、自分が両親から何も期待されていなかったことに気づいた。

きっと、初めから僕に興味はなかったんだと思う。僕は、孤独だったのだ。




取り調べが終わって、留置所に入れられた。

冷たい椅子に座って、そして、僕は、


今、縄を掛けた指揮台から飛び降りようとしているのだ。

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