第63話 黒狼さまとダンジョン④弱点

 上を熱風が通り過ぎる。土や瓦礫もだろう。


「優梨、大丈夫か?」


「うん、健ちゃんが守ってくれたから。健ちゃんは?」


「俺も石とか当たったけど、ポーション飲めば治るくらいだ」


 よかった。

 静かになったので、穴から顔を出して辺りの様子を見る。

 ミラーの健ちゃんが煤で真っ黒だった。


「健ちゃん」


 本物の健ちゃんの背中をつかんでいるのに、思わず声をあげてしまう。

 振り返った健ちゃんは、至るところに火傷を負っていた。


「健ちゃん!」


 ミラー健ちゃんはがくりと膝をついた。

 バックからポーションを取り出すと、ミラー健ちゃんにクスリと笑われる。


「馬鹿か、優梨。俺はお前の健太じゃない」


「サンキュー」


 健ちゃんがミラーの健ちゃんにいう。


「俺は優梨を助けたんだ、お前を助けたわけじゃない。優梨を泣かせるなよ?」


 そう言って、キラキラした光となり消えて行った。

 ミラーに映った健ちゃんも、どこまでも優しかった。


「今、泣かせたのはお前だろ」


 健ちゃんはそう呟いて、わたしの顔を胸に隠した。

 ミラー健ちゃんは魔物だったのに……、わたしのミラーの魔物は倒して当然って思ったのに……。


『怪我はないか?』


 黒狼が勝ったようだ。


「なんとか。そっちも勝ったみたいだな?」


『確かに手強かった。我も精進しないとな』


 嬉しそうに黒狼が言う。

 なんだか泣き笑いになった。





《黒い狼の戦い、凄かったな》

《早くてほとんど見えなかった》

《口挟むこともできなかったな》

《なんだよ、あの毛を飛ばすやつ、妖怪かよ?》

《っていうか、あまりに凄すぎて、アリスやクマの戦い見られなかった》

《クマの方、なんか青春してなかった?》

《してたな》

《何があったんだ、気になる》

《誰かアリスとクマを見ていたやついねーの?》

《目が赤く光ったの見て、狼に釘付けだった》

《俺も》





 わたしたちは27階のセーフティースペースへ飛ばされた。

 52階からの避難場所は27階らしいのだ。この設定はわたしたちが作ったわけじゃない。マスターさんだと思う。謎設定だ。


 黒狼が戦っているときに、そういうことかと言っていたのはなんなのかを尋ねる。だって気になるじゃん?

 黒狼が対峙して思ったのは、技術や魔力などは鏡に映したようだったけれど、そういう外枠だけで、中身が同じなわけではないと思ったそうだ。

 ところが、ふたりの健ちゃんに守られているわたしを見た時に、聖獣の自分と人族とでは映され方が違うとわかったと。

 わたしはそれがどういうことを意味するのかよくわからなかった。


「感情がなかったら黒狼はどんな戦い方をするんだ?」


『感情がなく、同じぐらいの強さの敵とあったら、自分の持つ一番殺傷力が高い攻撃を打ち出すだろう』


「感情があったら、殺さないってこと?」


『強い攻撃はその辺りの生き物全てを巻き込む。ケンやユーリが一緒だったから、我はそんな攻撃はしないが、奴はしてくると思ったのだ』


 そういうことか。

 でも人と聖獣で映され方が違うとは。

 わたしも健ちゃんも、しっかり性格までこみだったみたいだからな。

 ゆるーく鏡に映し出された自分が敵の魔物のとなるという設定だったのに、どうして違いがおきたのだろう? マスターさんに報告しておかなくちゃね。


『確かに手こずった。こんな気持ちは久しぶりだ』


 いつも黒狼は、あっという間に勝つし、戦い方で悩むこともなくなっていた、と。でもそれは驕りだったとしゅんとしている。


「わたしは、自分と戦ってみて弱いところが見えたよ」


 そう報告すると黒狼は頭をあげた。


『ほぉ〜。どのようなことだ?』


「持久力がない。一歩下がった時、状況が見れてない。下がったところで攻撃を受けていたら、反応できなくてやられるんだと思う。逆手の攻撃が弱いみたい。それから肘が上がりすぎて視界を遮っているのかも」


『そこまで自分を客観的に見られるとは、偉いぞ、ユーリ。お前は強くなれる』


 なんだか、その言葉はすっごく嬉しかった。


『ケンは弱いところが見えたか?』


 健ちゃんはチラッとわたしを見る。

 ?


「俺は優梨に弱すぎだな」


「何よ、それ?」


「見ただろ? 鏡に映った俺が、お前を助けようとしたんだぜ? 同じ魔物の優梨は、優梨に倒されたってのに。お前が怪我するのは絶対に嫌なんだなって」



《出た、リア充!》

《え、このふたり付き合ってないの?》

《初々しすぎる》



 カーって顔も体も熱くなる。

 な、何よ、それ。

 こそばゆく、恥ずかしく。嬉しくもあり、でも叫び声をあげたくなる。


「俺、優梨にめちゃくちゃ弱いんだな。だから、絶対、怪我しないでくれ」


 真剣な目にやられて、大人しく頷く。

 うーーー、なんか恥ずかしい。


『この階はまた、面白い匂いがするな』


「ここは腕試し的な階です」


『腕試し? 強いのが出るのか?』


「強いのから弱いのごちゃ混ぜです。ごちゃ混ぜだからドロップ品もごちゃ混ぜです。普通なら倒した魔物に関係する何かが出るんですけど、この階はそれもシャッフルなんです」


『シャッフル?』


「はい、ごちゃ混ぜです」


 頷くと、のそりと黒狼は起き上がる。


『それはいいな。先ほどの戦いで消化不良だから、ここでちょっとこなしていくか』


 わたしもそれに賛成して、布団叩きを握りしめた。

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