第34話 調査③怪我人
「変異種を作り出すって、まさか?」
ボルダーさんが、そこまで言って口を押さえた。
「配信されたものでは、純度の高い魔石を、魔物に食べさせていたらしい」
ニアさんがキッと石川さんに鋭い視線を送る。
「配信は凍結の手続きをしている。それから、法案にしないとだろうな。個人の良識を求めるには愚かな者が多すぎる……」
一気に暗い雰囲気になったのを、健ちゃんが質問で遮った。
「魔物が魔石を食べるとレベルアップするというのは、知られたことだったんですね?」
「ある程度の場数を踏めば、魔物がそうやって強くなったりするところを見ることがあるからな」
マイケルさんが空を仰いだ。見上げても洞窟のゴツゴツした岩肌だけど。
「でも、苦しそうなんだよ」
わたしたちを見て、頼りなげに笑っていう。
え。
「すっごく苦しそうなんだ。だから魔物が自分の意思で食べるならいいけど、自分に従属する魔物に食べさせるのは違うと思うんだよな」
ガシガシと頭に手を入れてかくニアさん。
「みんながあえてやらないようなことをやれば、視聴者が見てくれて増えるし、ペイしてくれる人もいるからエスカレートしていったんやろうね」
ホエミさんも苦い顔してる。
「強くした魔物を従えて、自分が強くなったような錯覚を起こしたんだろうな。それで喧嘩を売ってきた。WLRO(World Lostdungeon Ranger Organization)に。湧きと活性化の見分けもつかないバカどもだとな。その配信を準備しているようだ」
石川さんは、そこで一息入れた。
「ところがだ、コメントを送っても返事がないから、強制手続きとなった」
「知らん顔してるってこと?」
ボルダーさんが驚いた表情になる。
「だったら、いいんだけどな」
石川さんが天井を見上げる。
どういう意味だろう。よくわからない。
「健太と優梨を安全なところに置いていきたいが、先ほどの魔物が押し寄せてきたことを鑑みると、状況は切羽詰まっていると思われる。君たちは十分戦力になっているし、一緒に行ってもらえないだろうか?」
石川さんが健ちゃんとわたしに言った。
「どういうことっすか?」
ニアさんが石川さんに一歩迫る。
「変異種が何頭も現れた。テイムされた魔物が好き勝手に動く、それは何を意味すると思う?」
「……契約者の死?」
背中がゾワっとした!
「最悪、テイムした魔物に殺されたって可能性もあるだろう」
石川さんの声が低い。
え。
ああ、そうだった。魔物と対峙するってことはそういうことだ。
常に死のリスクが伴う。
プペは今わたしの味方をしてくれているけど、魔物。テイムしているテイマーだってそんなことがあるなら、テイマーじゃないわたしなんかなおさら、プペとの関係がどうなるかなんてわからない。
そう思って、ハンマーにぺたりと張り付いているプペを見たけれど、やっぱりプペに対しては怖いとかそういう感情は浮かんでこなかった。
「一度テイムされた魔物は、いい関係のまま両者が望んで契約を切らないと、とんでもないことになることがあるんだ」
ボルダーさんが私たちに向かって、辛そうに言った。
今回がその〝とんでもないこと〟の片鱗を見せているようだ。
「優梨、いいよな?」
健ちゃんに促されてわたしも頷く。
っていうか、こんなところで置いていかないでって気持ちが強い。
それに原因を調査にきたのだもの。行くのは当たり前だ。
「よし、じゃあ、進むぞ。んで、奴は変異種をどれくらい作ったんで?」
ニアさんがまとめると、石川さんは言いにくそうに言った。
「最低100は……」
「どんだけ魔力有り余ってんだよ?」
「最後に映っている映像では、5階の端の〝でっぱり岩〟が見えたそうだ」
「ってことはあの広場のどこかってことですね?」
マイケルさんが確かめた。
地下6階に続く階段の前にちょっと広いスペースがあるそうだ。
そこの一角に崩れたらシャレにならない出っ張った岩があるという。
それが映っていたので、その辺りにいるだろうとの見通しだ。
ここからその広場まで、魔物と戦わなければ30分ぐらいで到着するだろうとのことだ。
ところが、そうは問屋が卸さなかった。
先々でレンジャーたちが変異種に襲われていたのだ。
普通の魔物ならいけるけど、変異種複数に囲まれる想定はなかったようで、間一髪のところに間に合ったようだ。
怪我をしているのは当たり前で、腕が肘から下のない人もいた。
よく生きていたという怪我人もいて……。
怪我人を連れ帰るために、引き返すべきか話し合い、応援が向かっているから、搬送は彼らに任せることにした。
氾濫かのように変異種の魔物が次々とレンジャーを襲っている。
食い止めるのも同時にしていかないと、どれだけ犠牲が出るかわからないという考えのようだ。
ボルダーさんとホエミさんが、5階のセイフティースペースへと怪我人を誘導していくことになった。
わたしの持つハンマーと健ちゃんはこの戦いでもわりと戦力になっていたので、広場へ向かう組になった。怪我人が出ていることは、健ちゃんのケータイから本部に連絡をしたようだ。
手間取りながら広場にたどり着いた。
そこは魔物とレンジャーたちの死戦が繰り広げられていた。
足が動かなくなる。それなのに目を逸らせず、残酷な情報がわたしに蓄積されていく。
ニアさん、ボルダーさん、綺羅さんが走り出した。
変異種を斬り込んでいく。
「ふたりとも、もうちょっと右行くぞ」
石川さんがさらに奥に進もうとする。
4つ足のすんごい大きいのが向かってきた。
石川さんは棍棒でなぎ払う。
転がったところを、健ちゃんが短剣で刺した。
プペも叩いた。
魔石もドロップもあったけれど、喜んでいる状況ではなかった。
太い蛇や、四つ足のぶっといの、次々襲いかかってくるのを石川さんが先手を打って攻撃して、そこを健ちゃんとプペが攻撃しまくった。
わたしはプペに引っ張られて動いた。わたしが力を入れているわけではないけれど、絶えず動き回って、腕を振り上げ下ろすのをこうも繰り返すと、息も荒くなる。
気を抜いたわけではないけれど、握りしめていたはずの柄から手がスコーンと抜けて、ハンマーが転がり弾んだ。
慌てて拾いに行き、屈んだとき、その先に、わたしは人の足を見た。
その、寝転がった人の靴の爪先あたりを。
うっ、これってまさか。
わたしは恐る恐る近づく。
胸のあたりが上下していた。
まだ若い男性だ。
よかった、生きてた。
けど、膝のあたりの服は破け、血が固まっている。
わたしは近づいて声をかけた。
「大丈夫ですか? わかりますか?」
反応がない。
わたしはディーバックからポーションを出して、膝のあたりにかけた。
その間、プペがハンマーから出て、わたしに近づいた魔物を、取り込みまくっていたことは、全く気づいていなかった。
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