第30話 ダンジョンの半分は優しさでできています(後編)

「健ちゃん」


 小さな声で健ちゃんを呼ぶ。

 健ちゃんは振り返らずに、そっちを見つめている。

 なんかいる。真ん中の通路の入り口のところ。


「「鹿?」」


 ふたりの声が揃う。




《いや、ドンポイだろ》

《レベル5ぐらい?》




 太った鹿みたいだ。角もぶっとく枝分かれしている。


「優梨、行くぞ」


「うん」


 わたしは布団叩きをギュッと握った。

 健ちゃんが石を投げて気を逸らせ、屈んで鹿の下に回り込んで回し蹴りした。

 首のところに足が入り、太った鹿は体勢を少しだけ崩した。

 その頭目掛けて、思い切り布団叩きを振り下ろす。

 手が痺れた。衝撃がすごい。




《布団叩きでドンポイにダメージかよっ》

《レイピアとかを強くしてもらえよ、なんで布団叩きなんだ!》

《ビジュアルが……布団叩きで脳がエラー起こすんだけど》




 鹿がこっちを見た。

 プペがわたしの前にきて、広がった。

 広がった!


 1メートル四方はあるだろうか。そして鹿を包み込んでいく。

 鹿は暴れたけれど、最初に顔のところを抱き込んだので息ができないのか、少しすると静かになり、プペが全てを飲み込んだ。

 そして元の座布団サイズに戻る。


「プペ、助けてくれたのね、ありがとう」


 ちょっとビビったけど。


「プペ!」


「すげーな、プペ、サンキューな」


 健ちゃんもにかっと笑う。


「プーぺ!」




《ガースの捕食、迫力あるな》

《なんでこれ切り取りできないの?》

《やっぱ、配信中もか》

《配信の映像は見られるし、生配信の時の静止動画のスクショはできるけど、過去映像は一切取れないんだよ》

《マジか、なんなのそれ》

《話題呼びのデマかと思ったんですけど、本当なんですね》

《ここ、どこだよ?》

《北海道とか? こんな厚手の着てたら、汗かくはず》

《ふたりとも動いても涼しげだしな》




 プペが何かを吐き出した。

 ビニールに梱包されたお肉と魔石だ。


「すごーいプペ。魔石とドロップも! あ、でもこれはプペが倒したんだから、プペのだよ。ね、健ちゃん」


「ああ」


 わたしが拾って返そうとすると、身をよじる。


「プーぺ、プぺぺぺぺぺぺ、プペっぺ!」


「ごめん、なんて言ってるかわからない」




《ダンジョンの中で呑気》




 おおっ。

 プペから触手みたいに2本の手が伸びて、お肉と魔石をわたしに押し付けてくる。

 プペの触手はひんやりしている。つるんとしたゼリー状。なんか触っていたくなるかも。


「……くれるって言ってんじゃねーか?」


「プペ!」


 そうだというように、プペが飛び跳ねた。


「くれるの?」


「プーぺ」


「……ありがとう」


 おかきの余りを食べただけで、こんなによくしてくれるなんて。


「ありがとう、これはいただくね。

 プペ、あんな大きいの食べて大丈夫? お腹壊しちゃうんじゃない? 助けてもらってありがたかったけど、お腹壊さないようにね」


 プペを撫でてみる。つるんとした手触り、気持ちいい。




《ガース撫でてる……》

《溶かす意思がなければ、溶かさないでいられるってこと? ガースにそんな意思あるんだ……》

《これ、報告した方がよくない?》

《でも、報告するなら、アリスとクマがするべきだろ》

《なんでコメント気づかない? なんで見ないんだよ?》

《本当誰なんだよ、こいつら……》




 このお肉、おばちゃんに料理してもらおう。

 この間の魔物のお肉、おいしかったからな。

 わたしたちは真ん中の道をまた進んでみたが、スライムやネズミや一角ウサギを倒しながら、すぐに引き返すことになった。

 一撃で倒せないとプペが倒してくれるので、……プペが食べ過ぎでお腹を本当に壊すと心配になったからだ。

 一角ウサギはまたツノがドロップしたので、今度一角ウサギをアキバで倒した時に一緒に出そう。そうしたら、これで健ちゃんに借金が返せる。



「衝撃が吸収されているのかはわからないね?」


「わかる方法があるぞ」


「どうやって?」


「こうやって」


 健ちゃんがわたしの足を払った。すっころび、地面に尻餅をつくすんでのところで引っ張られる。



《ラブコメ配信かよ》

《リア充!》



「派手に転ぶなよ」


「健ちゃんが足掛けたんじゃん!」


 び、びっくりしたー、健ちゃんの顔が近くて。


「ちょっと、撮らないで!」


 ドローンさんに八つ当たりをすると、ボタンが赤くなり、スーッときた道を引き返していく。


「なんだ、撮るなっていえば撮らないんだ」


 取説はないけど、こうやって少しずつわかっていくものなのかもしれない。


「プーぺー?」


 大丈夫?と言われている気がする。


「大丈夫、ありがと。それに比べて健ちゃんは!」


「悪りぃ、そこまで派手に転びそうになるとは。でもちゃんと転ばせなかっただろ?」


 わたしはぷいっと顔を背ける、顔が赤くなっていそうだから。


「衝撃はわからないけど、動きやすいし、買ってよかったかな」


「そうだね、わたしもそう思う」


 入り口まで来た。


「じゃあ、プペ、またね」


「プペ?」


「わたしたち、帰るから。また来るね、おかきを持って」


 プペはわたしたちの後を追って階段を登ってくる。


「じゃあね?」


「プペ?」


 え?

 最後の階段をジャンプして、プペがダンジョンから作業部屋へ出た。


「……健ちゃん、魔物ってダンジョンから出られないんじゃなかったっけ?」


「……俺もそう思ってたんだけど」


「……プペって魔物じゃないのかな?」


「……どうなんだろうな?」


「プーぺ?」


「おい、プペ、お前ダンジョンから出てなんともないのか?」


「プペ」


「んーでも、ダンジョン以外で人がプペを見たら、大事になるよね?」


「だよなー」


「プーぺ……」


 わたしたちの会話を理解しているように、ジリジリとダンジョン入り口に近づいていく。


「人から見られなければ大丈夫なんだけど」


「プーぺ!」


 プペは弾んだ声を出して、弾んで、わたしの足元に潜った。

 比喩でなく、地面の中に? うん、見えないだけ?


「プペ?」


 プペが姿を現す。


「お前、そんなこともできるのか?」


「プーぺ!」


 なんとなく胸を張っている気がする。


「絶対、人に見つかるなよ?」


「プペ!」


「あと、ダンジョンの外で攻撃は一切禁止だよ?」


 多分、プペは頷いた。

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