第25話 目的ができた(後編)
おばあちゃんの目に力が宿った気がする。
手を伸ばし、コップをちゃぶ台に置いて、不思議そうに首を傾げた。
「おや、優梨、いつの間に来たんだい?」
「おばあちゃん!」
「健ちゃんも」
「ばーちゃん……」
「なんだい、恵子、顔色が悪いじゃないか」
「お母さん……」
お母さんがおばあちゃんに抱きつく。
「おや、どうしたんだい? 亮介さんと何かあったのかい?」
いつものおばあちゃんだ。
「何もないわよ」
お母さんは手で顔の水分を拭き取っている。
「あれ、なんだって私は明るいうちから寝てるんだい?」
「お母さん、転んで膝のお皿を割っちゃったのよ。退院したけど、その痛み止めがちょっとぼーっとするって先生が言ってたわ」
「おや、そうだったかい? 年は取りたくないねー、何も思い出せないよ」
「痛い思い出なんか、忘れちゃっていいわ」
お母さんはそのまま横にならせて、おばあちゃんの肩をトントンと優しく叩いて眠りに誘った。
「優梨と健ちゃんが来たからかしら? 奇跡だわ。会話もできた。もう、ずっと分からなくなっていたのに……」
こうやって急にわかったりわからなくなったりを繰り返して、進行していくことが多いそうだ。
でも……、もしかして、ポーションのおかげってことないかな?
わたしは小さなちゃぶ台の上に残りのポーション2つを置いた。
察して、健ちゃんもディバッグに入っていた自分のポーションを3つ置いた。
「いいの?」
尋ねれば、もちろんと頷く。
「それは変わった瓶に入っているのね」
「これね、ポーションなの」
「ポーション?」
お母さんは知らないジュースの銘柄とでも思ったようだ。
「お母さん、これを1日1本ずつおばあちゃんに飲んでもらって」
「……験担ぎ?」
微妙な表情でお母さんに聞かれる。
わたしは頷いた。
タイミングだったのかもしれない。
ポーションと関係ないのかもしれない。
だって、やっぱりポーションを手に入れたら、病気の人に飲ますとか誰でもしたことだと思うんだよね。でもそれで治ったって噂は聞いたことないし。
だけど、まるでポーションが効いたと思えたようなタイミングだったから、それに縋りたいのだ。
わたしはまたアキバでポーションを手に入れようと思う。
帰りの電車の時間が近づいてきた。
お母さんはデイサービスを明後日から始めてもらうつもりだから、大丈夫と言った。今日わたしたちのおかげで休めたし、と。
もっと食べ物をいっぱい買ってくればよかった。
お弁当を渡すと、お母さんはとても喜んだ。
お姉ちゃんの様子を聞かれて、大丈夫だと告げた。
生活費は足りているかと心配するので、問題ないと言う。
「優梨は、大丈夫?」
そう聞かれて、また泣きそうになった。
小さな子供みたいだ。聞かれてわかる。こんな時なのに、お母さんに心配してもらいたかったなんて。
おばあちゃんが大変な、こんな時に。
タクシーを呼んで、わたしたちは家路につく。
お母さんが旅費をくれようとしたので、お断りした。
お金ないでしょ?というので、タンス貯金があるから平気と言った。
一角ツノのおかげで、わたしはお金持ちなのだ。
お母さんはずっと健ちゃんにお礼を言っていた。
指定席に乗り込んだところで、わたしは健ちゃんに宣言した。
「健ちゃん、わたし目的ができた」
「なんだ?」
「わたしエリクサー見つける!」
「……大きく出たな。ま、気持ちはわかる。ばーちゃん、治したいんだな」
「うん」
今まで深層階で数えるほどしか出ていないというエリクサー。
新米レンジャーのわたしが欲しがるなんて、おこがましいのはわかっている。
でも。もしあの日ウチの掘立て小屋にダンジョンができなかったら。
ダンジョンのこともレンジャーのことも、存在しか知らなかった。
でもなりゆきではあったものの、レンジャーになった今なら、エリクサーの存在を知った今なら……それは意味のあることのように思える。
「……わたし、元気なおばあちゃんにいっぱい会いたい……。
泊まりに行った時、夜中に地震があったの。けっこう大きく揺れて。そしたらね、隣で寝てたおばあちゃんがわたしの上に被さったの。落ちてくるものから守ろうとしてくれて……、人って重たいんだね……、おばあちゃんがすっごくわたしを思ってくれてるのを感じた」
健ちゃんの手が伸びてきて、肩に回した手を折り返してわたしの目を手で覆う。時々、通路を歩いてくる人から、泣いてるのが見えないようにしてくれてる。
「あの頃、お父さん横暴と思えて、お母さんはいいなりでわたしには関心がなくて、お姉ちゃんは意地悪で、そう思えて、どこにも居場所がないような気がしてた。そんな時、おばあちゃんだけはわたしを大切に思ってくれてるって思えて、すごく嬉しくて、救われたの。
わたし、そんなおばあちゃんを、ほったらかして。試験より何より大切だったのに。わたし何やってるんだろう……」
「俺も一緒に探してやるよ、エリクサー。だから、泣くな」
健ちゃんが落ち着いた声で言った。わたしはなんだかその言葉にとても安心してしまって、気づいたら、まもなく新宿というアナウンスが流れているところだった。
また、盛大にもたれかかっていた。
膝上にはタオルが広げられていた。
? あ、寝てて足を自由にしていただろうから、健ちゃんがタオルをかけて隠してくれたんだ。至れり尽くせりで。なんかもうお礼言うぐらいじゃ追いつかないな。
電車を乗り換えて、最寄駅に辿り着き、途中コンビニで夕ご飯をゲットして家まで送ってもらう。もう遅いので、健ちゃんはすぐに帰ると言った。
健ちゃんにお礼を言うと、
「相棒なんだから当然だ。気にするな」
と言った。
そしてまた、見送らなくていいから、鍵を閉めろと言われ、鍵をしめた。
足音が遠のいていく。
「おやすみ、健ちゃん」
相棒に、わたしは小さく呟いた。
<第1章 だってそこにダンジョンがあったから・完>
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