第7話 魔物と魔石

「俺はマイケル。今日はよろしくな」


 親指で鼻の頭を軽く弾き、サムズアップ。

 どうみてもマッチョな日本人なので、違和感を覚えてしまう。

 渋めの赤いアーマーを着込んでいる。ゲームのパッケージや、小説の表紙でみたことのある剣士のような格好だ。


「加藤健太です。健太と呼んでください。よろしくお願いします」


「相原優梨です。優梨と呼んでください。よろしくお願いします」


 健ちゃんの真似をして頭を下げる。


「健太と優梨だな、よろしく!」


「私は東雲しののめ、よろしく」


 ハスキーボイスのクールな女性は、挨拶をしながら、周りに目を走らせている。上はビスチェ型の黒い革の服、下も革のピッタリしたズボンでカッコイイ。けれど、ビスチェ型なので、肩とか腕とか丸出しなわけで。日中はもう暑くなる日もあるけど、まだ寒くないのかな?と余計なことを思った。


「ふたりとも防具は……ないようだな。武器は?」


 健ちゃんはナップザックからサッカーボールを取り出した。


「ボール?」


 マイケルさんが呆然とする。

 健ちゃんはスポーツもオールマイティーだ。特にサッカーはうまいらしい。女の子がいつもキャーキャー騒いでいた。頭もいい。もうひとつ上のランクの高校を目指さなかったことに、先生やクラスメイトたちは首を傾げていた。学区内のトップレベルの学校でも、彼だったら難なく受かるだろうにと不思議がられていた。


「優梨は?」


 わたしはナップザックからグリップが飛び出ていた、バドミントンのラケットを取り出す。


「ラ、ラケットか」


 布団叩きよりは見栄えがいいかと思ったんだけど……。


「その装備だと、行けても2階までだな。1階はスライムと弱い植物の魔物しかいないから、その武器でもなんとかなるかな。2階になると、ねずみ、ウサギ、猪系、奥まで行くと狼までいるから、……猪からは武器が敗けると思う」


 そっかー。


「お、いたぞ、あれがスライムだ。どっちが倒してみる?」


 健ちゃんと顔を見合わせる。真っ白の肉まんみたいな形で、ポヨポヨ動いている。でも昨日見たのより色がついていて、質感っていうか何か違う気がする。


「スライムって、全部真っ白なんですか?」


「ああ、茶色いのや、青いのは見たことがあるよ」


 いろんな色がいるんだ。


「半透明のはいますか?」


「半透明? 透けてるってこと?」


 マイケルさんは苦笑い。


「それは物語の中だけだね。スライムはこういうふうにしっかり色がついてる」


 じゃあやっぱり、ウチのダンジョンにいるのはスライムじゃないのか。


「……俺が倒します」


 健ちゃんはサッカーボールを蹴るのではなく、スライム目掛けて投げた。

 スライムが弾けた。

 驚いて声を上げてしまった。

 跳ね返ったボールを、健ちゃんは足でバウンドさせて手にまた持つ。


「健太、すごい威力だね」


 マイケルさんが感嘆の声を上げる。

 弾けたスライムは煙となり、白い小さな石を残した。真っ白の透き通ってはない石。


「これが魔石だよ。健太、拾って」


 マイケルさんに促されて、健ちゃんが小石を拾い上げた。



「あの、魔石ってこんなに色が濃いんですか?」


 健ちゃんも不思議に思ったようで、マイケルさんに尋ねる。


「色が濃い、かい?」


 首を傾げられる。

 だって昨日残った魔石は、色がついているといっても透明度が高い。


「あのー、実はわたしたち魔石を拾ったんです。それでダンジョンに興味を持ったんですけど。でも、こんなにちゃんとしたマットな質感ではなくて、半透明というか……」


「それ、持ってる?」


 耳に心地いいハスキーボイスで尋ねられ、わたしは頷いた。

 ナップザックから、今日換金できたらいいなと思って持ってきた魔石をひとつ出した。スライムもどきの魔石で透明度の高いローズクォーツのような石だ。


「これは……」


 覗き込んだマイケルさんが息をのんだ。


「これが魔石だと、よく気づいたわね」


 チロッと東雲さんに見られて、言葉を繋げなくなると、


「じゃあやっぱり、これも魔石なんですね?」


 と健ちゃんが話を繋いだ。


「透明度が高いのは、不純物なく高エネルギーが圧縮されているからだと言われている。小さいけど、こんなの低層では滅多にないものだよ。高く売れるし」


「マニアには垂涎ものよ」


 わたしと健ちゃんは目を合わせる。


「こっちの白いのは多分70円くらい。こっちのピンクのは1000円くらいかな」


 垂涎ものでも1000円か。スライムの魔石が9個と大きめのねずみの魔石が1個。同時に出た、多分ねずみの食料となるはずだった方の魔石が1個。1万円いくかもしれない! けど2人の交通費と入館料で7480円のマイナスだ。ってことは2520円の利益。一人分だと1260円。

 っていうか、11個の魔石を拾ったって怪しすぎるか。

 ……ここでスライム討伐して70円よりは、はるかにいいけど、換金するのに経費と〝問題〟が多すぎる。


 わたしが思いを巡らせている間にスライムがまた出たみたいで、健ちゃんが討伐していた。


「それじゃあ君たちはレンジャーになりたいというより、魔石を換金しにきたんだね。ついでにダンジョンを見にきたってとこかな?」


 それを職業としている人に、ついでとはあまりにも失礼すぎる。

 でもマイケルさんは明るく笑っていて、気を悪くはしていないように見えた。


「マイケルさんはスキルがあるんですか?」


 話しやすいマイケルさんに尋ねる。

 水色のスライムが出てきたので、ラケットで倒した。

 魔石を拾うと、東雲さんにそれを見せてくれと言われて、魔石を渡す。

 すぐに返してくれたが、変な顔をしていた。


「あるよ、とっておきのがね」


 とウインク。

 アメリカンなキャラになりきっているみたいだ。


「俺のスキルは、アイテムボックス」


 ドヤ顔を受けて、健ちゃんが声を出す。


「すげ〜〜! めちゃくちゃ便利なやつじゃないですか!」


「そこまで大きくないから、助かってるよ」


 大きくないから助かる? 大きいから助かる、ならわかるけど。

 意味がわからないでいると、東雲さんが教えてくれた。


「あまり大きいと、軍事目的にも使えるでしょ? だからスキルがそういった〝危険〟を孕んでいると認識された場合、国に〝登録〟されて〝管理〟されることになるの」


 ほぇーーーーーー。国に管理される? 個人が?

 世の中にはそんなことがあるの?


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