番外編 彼女が着替えたら


『あんたたち付き合ってもうすぐ2年?』



出版社に勤める清香が校了明けで

久しぶりに時間が取れるとのことで、

清香の家に金曜日の夜から泊まりに来ていた。



「えっと‥‥そうだね。

 来月でもうすぐ丸2年になるかも。

 あっという間に30代に突入して

 構えてたけど意外に呆気なかったね。」



29歳の時にもう恋なんて暫くしたくないって

言ってた時に友達になった東井 晴臣さんと

付き合い始めてもう2年か‥‥



相変わらず同棲しながらも

お互いの時間も作りつつ

大きな喧嘩もなくここまで来ている



慎さんや渡会主任ともBARで時々会うし、

ハルのお兄さんとも何度か一緒に

食事もしている。



『あんた達結婚の話とかしないわけ?』



ドクン



結婚‥‥‥か



二人で過ごす時間があまりにも

居心地が良くてあまり考えてなかった‥‥



「ないわけじゃない‥けど、

 ちょっと違うのかも‥‥」



はっきりと言われたわけじゃないけど、

同棲する前に、お兄さんに挨拶に行った際、

私との将来や今後を考えてるって

言ってくれたんだよね‥‥



『学生の頃は20代で絶対結婚したいとか

 言ってたけど、働き始めると

 なかなかうまくいかないものよね‥‥。

 大学出てから気付いたらもう30代

 入ってるよって感じだもの。』



「ほんとだね‥‥あっという間だったかも」



沢山悩んで突き進んできた20代



理想と現実はかなり違ったけれど、

ハルと出会えた事で嫌な思い出やトラウマも

乗り越えられた



「清香は?」


『ん?私?‥‥今のところ編集の仕事で

 いっぱいいっぱいだけど、この仕事

 好きなのよね‥‥。だから恋愛は

 してる暇ないけど婚活はしていきたいかな』



清香ほどの美人が恋愛しないなんて‥‥



街を歩けば清香を見て男性の鼻の下が

のびてるのすら分かるほど、女の私から

見てもいい女なのだ



勿体ないけど恋愛は無理してするものじゃない



帰りにショッピングを清香としてから

スーパーに寄って、ハルに今から帰ると

連絡をした。



最近ご飯作りあんまり頑張れてないから、

休みの日くらいは覚えたレシピを活かしたい



『ねぇ、君今一人?』



えっ?



ショーウィンドウから、

美味しそうなパン屋さんを眺めていたら、

ガラス越しに私の後ろに立ち肩に手を置く

知らない男性と目が合った



『ねぇ聞いてる?お姉さん?』



お、お姉さん?



振り返ると、カッコいいのか可愛いのか

よくわからないけど若そうな男の子が

ニコッと笑いかけてきた



「‥‥何か用ですか?」



街中で声なんてかけられたことなどなく

生きてきた私にとって、初体験が

こんな若そうな子で怪しい勧誘なのか

不審に思ってしまう



あからさまに嫌な顔し過ぎたかな‥‥



『可愛い人いるなって思って

 つい声かけちゃった。

 お姉さん彼氏いるの?』



可愛い?



どう見ても大学生くらいの子に30代突入した

私が可愛く見えるものなのだろうか?



冷やかしなら面倒だし、

ハルが待ってるから早く帰りたい



「彼氏はいます。さようなら。」



余計なこと言うとより面倒になりそうで、

質問に淡々と答えた私は、その場を

すっとすり抜け歩きはじめた



『えっ?‥‥ちょっとお姉さん!』



えっ?はこっちの台詞なんだけど?



ちょっと着いてくるし‥‥

なんなのこの子‥‥



「あの着いて来ないでください!」


『えー着いてってないよ。僕も

 こっちに用事があるだけだし?

 ねぇそれよりほんとに彼氏いるの?』



「ほんとにいます!

 その人以外興味ないです!

 ずっと一生一緒にいたい人です!」



スタスタと早歩きで歩いてるのに、

全然引いてくれない。



ほんとにヤバい子なんじゃないのか

怖くなってきて、交番か逃げ込める場所を

左右見渡しながらも、カバンに手を入れて

スマホを手に取ってハルに電話をかけた



お願い‥ハル電話に出て‥‥



『奈央!!』



えっ?



目を瞑って歩いていたのか

頭が相当パニックになっていたのか

聞き慣れた声に目を開けると同時に

そのまま抱きしめられた



『はぁ‥‥何してるんだよ‥‥』



「うっ‥‥ハルこそ‥‥なんでいるの?」



まるで瞬間移動でもしてきたのかと思うほど

タイミングよく現れた相手に、思わず

泣きそうになるものの、安心したのか

体の力が抜けそうになる



はっ!!



それよりさっきの男の子は!?



ハルの体から抜け出し振り返ると

先程の男の子とバチっと視線がぶつかった



『奈央?どうかした?』



相手もなんとなくハルを見て、

それ以上近づくこともなくわざとらしく

視線を逸らしたけど、どうしても言いたかった



いや‥‥今言わないとダメだと思った



「あの、この人です!

 さっき言った一生一緒にいたい人!

 分かりましたか!?」



ハルの手を握って男の子にそう伝えると、

顔を真っ赤にしたその子は

キョロキョロしながら信号が青に変わると共に

早歩きで去っていった



はぁ‥‥なんだったんだ一体



声かけるならもっと若くて可愛い子に

すればいいのに‥‥



その子の背中を見送るとふと気づく



「!!!!!ツッ!!」



信号待ちしてる人からたくさんの視線を

向けられていることにようやく気づいた時には

もうすでに遅く、顔だけじゃなく体中が

一気に熱くなっていく



私‥‥‥なんてことをしてしまったのだろう



ただでさえ目立つの嫌いなのに、

こんな街中で、ハルまで巻き込んで‥‥



『奈央?』



どうしよう‥‥


恥ずかしすぎて顔も上げられない



「‥‥ごめ‥‥っ‥‥私」



『さっきの言葉返事してもいいか?』



えっ?



繋いでいた手はそのままに、

もう片方の手も同じように繋がれると、

屈んだハルの唇がそっとおでこに触れた




『奈央‥‥一生そばにいてください。』



ドクン



ザワザワと人々の声が煩いのに

ハッキリと届いた愛しい人の声に、

ジワジワと目に涙が溜まっていく



「‥‥‥はい、いさせてください。」



こんな街中で、準備もなくプロポーズを

受けるとは思ってもみなかった



知らない沢山の人から歓声と拍手を受けながら

大好きな人の腕の中で思い切り泣いて

二人で笑い合った



普段はツナギを着てオシャレもしないけど、

この人のために、これからも素敵でいたい



こんなにも幸せをくれたから。



『誓いのキスは?』



「‥‥帰ってからでお願いします」



END

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