第12話:宵の明星たちの軌跡⑥


 まず間違いなくここ数日、いや、数年来で最大級の怒声を張り上げて鞘を払う。しゃっという良い音とともに現れた刀身を、その勢いのままに襲い来る『腕』目がけて叩きつけた。

 振り向きざまの一撃、かつほとんど抜き打ちで、ろくに狙いなど付けていない。ごく一般的な剣なら本体が歪むか、悪くすれば根元からへし折れるだろう。――あくまでも『普通の』武器なら。


 ずばん!!


 当たった、と見た瞬間。重い斬撃の音を連れて、『手』の親指から中指までが吹き飛んだ。一滴の血も出なければ骨もない、ただ虚ろな黒が広がる断面を見せて、たじろぐように停止した相手目がけて迷わず突っ込む。

 「まだまだっ!!」

 気合いの声と共にその場で半回転し、横薙ぎに一閃。今度は手首が『腕』から離れて宙を舞い、落ち葉の積もった斜面を転がり落ちていく。それを尻目にさらに踏み込んで、後に残された『腕』を真っ向から唐竹割り!


 ざしゅっ!!!


 景気の良い音と、カッターで消しゴムを両断するような軽い手ごたえと共に、黒い丸太のごとき『腕』が両断された。そのまま根元から左右に分かれて倒れていく――かと思いきや、突如断面から黒紫の煙が噴き出した。妙な生臭さに息が詰まる。目に入りそうになって手で庇ったとき、斜め後ろで何やら蠢く気配がした。もう次が来たか!?

 とっさに振り返った目の鼻の先で、ごわあっと炎が上がる。間近まで迫って来ていた二体目の『腕』に向かって、いつの間にか割って入ったアスターが剣を振り下ろした体勢になっていた。何かしらの、おそらくは火炎系の魔法を放ったと思しき聖騎士は、得物を払って鞘に納めながら声をかけてくる。

 「リオン、怪我は――いや、聞くまでもないか。素晴らしい動きだね、余計なお世話とは思ったんだけど」

 「い、いえ、とんでもないです! 魔法ありがとうございました」

 さり気なく褒めてくれるのが少々照れくさい。慌てて礼を言いつつ視線を逸らして、今まさに燃やされているところの二体目の観察に専念する。

 声を出すようになっていないのか、悲鳴も上げずにお焚き上げされている『腕』。少しずつ崩壊しているその表面から、黒い殻のようなものが剥がれ落ちてひらひら、と地面に落ちていく。なんだろう、どこかで見たことがあるような……

 よく見ようと身を乗り出したとき、出し抜けに地面が揺れた。ぱっと上げた視線の先、広がる視界のあちらこちらで、森の地面を割った黒いもの――さっきと同じ『腕』が、何本も何本も生えて来ようとしているのが見て取れた。がさりと落ち葉を跳ねのけて地表に這い出すと、わき目も振らずに殺到してくる。

 「ひゃああああ!?!」

 「走って! さすがに多すぎる、峰を超えて少し行けばマルヴァの領土だから!!」

 空白地帯を突破してよその国に侵入すれば、まず間違いなく国際問題だ。アルテミシアとは規模こそ比べようもないが、今のところ特別険悪な関係でもない他国と、余計なもめ事を起こしたい時期ではないはず。そうだと信じたい。

 夢に見そうなおぞましい光景から逃げるべく、必死で斜面を駆けあがる。マントの端に何かがかすった気がして、まだ抜いたままだった剣と一緒に腕に抱え込む。山の稜線をまたぎ越して、さらに数メートル走り続けたところで、間断なく続いていた這いずる音が聞こえなくなった。

 (やった、振り切っ――)


 ぼすっ。


 思わずほっとしたのと、踏み込んだ足元の地面が抜けたのが、ほとんど同時。すぐ横を走っていたアスターが、仰天した顔で手を伸ばしてくれるが、ぎりぎりで届かない。

 (落ちる――!!)

 前にもこんなことなかったっけ、と、何度目かの既視感にかられた直後。盛大な水音が上がったのを最後に、リオンの意識はふっつりと途絶えた。



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