第10話:宵の明星たちの軌跡④
低木の茂みを迂回して、少し開けたところに出る。その手前で足を止めたアスターに軽く手招きされ、そろっと寄っていってみると、
「あ、……花?」
木の陰から覗き込んだ空間には、初めて見る花が枝いっぱいに咲いていた。白いモクレンによく似ているけれど、花びらの外側に紫の渦巻きみたいな模様がある。
ちょうど風が吹いてきて、きれいに並んだ花がお互い触れ合うように揺れた。すると、
『お――――うい』
「ひゃっ!」
かさかさという葉擦れの代わりに、人の声そっくりな音が響き渡った。びっくりして飛び退いたリオンに、案内した相手が笑って解説してくれる。
「
別に捕って食べたりはしないけど、耐性のない人が呼ばれるまま山に入り込んで迷ってしまう事故がわりと多くてね。冒険者ギルドでは群生を見つけたら、場所を報告することになってるんだ。魔法薬の材料にもなるし」
「へええ……」
さすがは異世界、不思議な生き物がいるものだ。澱みなく説明してくれるのにうなずいて、頭上に並んだ花を眺める。どういう仕組みであんな音がするんだろう。案外、花が咲いているのを見てほしいだけだったりして――
(――、あれっ?)
『わあ、花いっぱい咲いてる。キレイだね~』
『山で迷子ってわりとシャレになんないわね……ところで、薬の原材料としての値段っておいくらですか?』
『年によって違うけど、裏年は倍近い値がついてるよ。確か一輪で銀貨二十枚くらいだったような』
『よっしゃ! ひなつ、あんた木登り得意だったわね!? 採れるだけ採って財政難突破!!』
『ラジャー!!』
ふっと、目の前に浮かんだ光景があった。ここではないどこかの山の中、青々と枝葉が繁る様子からするに春の終わりか、それとも夏の盛りだろうか。きらきらと輝かんばかりに鮮やかな緑を背景に、呼子百合の花がたくさん咲いている。その真下、そよそよ揺れる花を眺めて佇んでいる人影が三つ。
見覚えがある、どころではない。あって当然だ。だってあれは、昔の自分たちなんだから。
史緒の質問に誰かが答えてくれて、すかさず花を取りに行くひなつ。一応スカートだというのに全く躊躇がないのが、無邪気な子供っぽさを感じさせて微笑ましい。元気いっぱいによじ登る下で、呼子百合を受け取る準備に入る史緒ともうひとり――もしかしなくても前世のリオンのそばから、知らない第三者の声がする。
『ほら
『はーい』
『あ、この麻布でよかったら使う? こことここを結んだら簡単な袋になるから』
『『『ありがとうございまーす』』』
(……誰だろう、あの声の人)
仲間二人のこと以外は、あまり覚えていないはずだ。なのにどうして、ちらっと聞こえただけの声が気になるんだろう。――どうしてこんなに、苦しくなるほど懐かしいんだろう。
「――ン、リオン! どうしました!?」
「……、あ、れ」
突如耳元で叫ばれて、遠のきかけていた意識が引き戻される。いつの間にかアスターにしっかり抱えられて、落ち葉が積もった地面に半ば座り込んでいた。澄んだ秋の香りがする。ああそうか、あれは現実の風景ではなかったんだと、ようやく我に返った。
「……申し訳ない、やはり強行軍が過ぎたようです。立ち眩みを起こすまで気づけないとは」
「い、いえ、そうじゃなくて! 花を見てたら、今までとは違う事をいろいろ思い出して」
悔しそうに顔をゆがめる相手に、今見たものを伝えるため、必死で身を起こそうとして――
すとん、と。ひっくり返ったように辺りが暗くなったのは、まさにその時だった。
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