第1話:陸の覇王の神殿にて①
星が綺麗な宵だ。
金銀の真砂を撒いたような光の瞬きで、夜空の黒が蒼く透けている。天の頂をも見晴かせそうだ、と、ひとり静かに息をつく。
(……そういえば、星の形をした砂があったな。南方の海にしかないという)
ふと思い出したのは、ひとつひとつの粒子がくっきりとした五芒星になっている、人呼んで星の砂。何度か話には聞いたものの、実際に目の当たりにしたことはまだなかった。観光地では土産物として瓶詰にしたものを売っているというし、頼めば同僚やその知人が持ってきてくれるかもしれない。が、
(どうせ見るなら、自分の足で行ってみたいな。時間だけは有り余っているんだし)
自ら請け負った役目を果たすついでに、大陸の南にも立ち寄ってみようか。同胞への良い土産話になるだろう。――もしもそのとき、望むひとと共にいられるなら、望外の喜びだ。いつのことになるやら、全く予想できないけれども。
まあ気長に探すとしよう、と、軽く肩をすくめて踵を返す。すっかり暗がりに沈んだ回廊を、元来た方へ戻りかけた時だった。
「……ん?」
闇に慣れた目に、見るからに怪しい――石柱の裏にへばりついて隠れている、全身黒づくめの影が飛び込んできたのは。
(ああああ、やらかしたー!!!)
柱の陰で縮こまりながら、リオノーラは脳内で叫んでいた。今少しでも声を出したら、即刻不審者としてしょっ引かれる自信がある。なんせ黒一色で揃えている上にフード付きマントをすっぽり被っていて、おまけに持っている品が品だ。
(見張りの人しかいないと思ったから、確実に晴れる今日にする、って決めたのに……)
再び心の中だけでぼやきつつ、大剣が鞘から滑り落ちないようにしっかり抱え直す。柱からはみ出さないようにそうっと様子をうかがった。
目だけを出すつもりでのぞき込んだ、回廊の内側。明々と魔力の明かりが点されている、この神殿の中ではメインホールとなる空間には、決して少なくない数の人間が集まっていた。その中にちらほらと、見覚えのある顔がいる気がする。誰だったっけ、あれ。
「――いやあ、めでたいですな! 王太子殿下にようやくご子息が」
「妃殿下もお子様も健康そのものでおられるとか。陛下もお喜びでしょうな」
(あっ、伯父さんちか! 赤ちゃんが生まれたのか、そりゃあ宰相も大臣も集まってくるわ! 次々世代ほぼ確定だもんね!?)
ひとの輪のど真ん中でそんなことを言っているのは、よくよく見れば宰相と、同じ派閥に属する貴族の面々だった。もしかしなくとも現王室では最大の勢力を持つ王太子派である、その跡取りが生まれたとなれば先を争って駆けつけるだろう。集合したのが王城でなく神殿なのは、このあと行われる王孫子宣下に居合わせるためだ。
「ええもう、ようやっとですな。陛下御自身は多くのお子に恵まれたが、その下の世代が」
「なあ。三男四女もおられるのに、お孫様は何故か病やら怪我やらで……」
「……やはり、今までのことが影響しているのでは……」
「しっ、声が大きいぞ! 陛下のお耳に入ったらどうする!?」
(うん、もうとっくに入ってると思う。地獄耳だもん、おばあ様)
こういう建物の常として、小さい声でもやたらと反響してしまうため、慌てて止められた方と止めた方の言い分はしっかり聞こえた。ついでにあの、身内にすら一切容赦しない現王陛下が、些細とはいえ不遜なことを言う臣下を見逃すとも思えない。早晩どこか遠隔地へ飛ばされることになるんだろうな、この人たち……
いやいや、それどころじゃない。ここを含む大聖堂は、装飾を兼ねた高い塀で囲まれている。このホールを横切らなければ、唯一の出口である扉にはたどり着けない。そして悪いことに、リオノーラは飛行系の魔法が使えないのだ。
(ううう、やっぱり一人じゃ何もできないなぁ……ここに二人がいればいいのに……)
自分なりに必死で考えて行動に移したつもりだったが、やっぱり無謀だったのか。あの子たちがいたら、音速でツッコミが飛んでくるに違いない。これからどうしよう。
考えあぐねてつい、うっすらと涙目になったとき。すうっと、背後に別の影が差した。
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