出戻り勇者のハネムーン ~ 盗まれた愛剣を取り返して逃げたら、何故か聖騎士様に懐かれました

古森真朝

プロローグ



 幾度月が満ちて欠け、どれほど星々がうつろっても、きっと変わることはない。ずっと、君だけを想っている。

 だからいつか、君とめぐり逢えたなら、そのときは――







 暗い中、一筋の光が差している。

 晴れやかな陽光とは違う、青みがかった清冽で透明な光。どこかもの悲しいそれが照らし出す夜の底、その明りの輪から外れた場所で、身を潜めている影があった。

 (……来た。見廻りのひと)

 闇に沈んだ回廊の奥でゆら、と炎が揺れる。この霊廟を警護する、聖堂騎士団の巡邏だ。ここ十日ほど忍び込んでは様子を見ていたが、驚くほど正確に時間を守っている。いわゆる夜勤ゆえに当番制で、日ごとに違うものがやっているはずだというのに、歩く速度や靴音の間隔まで同じに聞こえるのだ。

 (きっと入団した時、騎士に相応しい立ち居振る舞いを嫌、ってほど叩き込まれるんだろうなぁ……)

 そんな苦行、リオノーラは想像しただけで目が回りそうだ。が、悠長にげんなりしている場合ではない。あちらは異変などない、という思い込みで注意が散漫なはずだし、自分の方も暗い色のマントとフードをすっぽり羽織っていて見えにくい、はずだ。それでもやはりぶっつけ本番、緊張しないわけもない。

 息を凝らして隠れている目の前を、角灯を掲げた鎧姿の騎士が通り過ぎていく。その硬い足音が、もう一方の回廊を折れて遠ざかっていくのを見送って、さらに十を数えてから、思い切って柱の陰から走り出た。脳裏の奥底で緊張しいだなぁ、と、懐かしい笑い声がした気がする。

 (うん、わたしもそう思う。でも、ここだけは失敗できないしさ)

 心でそう返して、目的のものに正面から向き合う。

 細く差し込む月光に煌めいているのは、石で出来た台座に据えられた、一振りの剣だった。長剣と曲刀の中間のような形をした、刃渡りが優に一メートルを超すだろう片刃の大剣だ。本来なら小柄な自分には、持ち上げられるかどうかも怪しい大業物だが――

 「……久しぶり。わたしのこと、覚えてる?」

 そっと話しかけた声が、空気を震わせて石壁に反響する。その木霊が消えるより早く、剣の柄にはまった紅玉が輝いた。それが気のせいではなかった証拠に、光はどんどん強さを増し、台座から覗く剣の半身が煌めき始める。闇に慣れた目には痛いほどのそれを応えと受け取って、柄を握って一気に引き抜いた。

 鋼の塊であるはずの大剣は、まるで羽根のように軽い。かつて初めて手にした時と、全く同じだ。……よかった、覚えてた。忘れてなかった。

 「ありがと、遅くなってごめんね。さあ、行こう!」



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