その少女、尋常ならざる存在につき〜公安6課超常事件ファイル〜
藤原くう
第1話
これは夢だ。
何十回何百回と見た夢は、彼が唯一覚えている記憶。
燃えさかる炎、肉の焦げた臭い、破壊された村、狂ったような笑い声、赤く染めあがった世界に立つ人影。
断片的なイメージが形づくる世界は、不格好で歪んでいる。
平穏な日々が破壊されたその村に響く笑い声は、地響きにかき消されて聞こえなくなった。大地が揺れる。
人影の向こうに巨大な影が浮かび上がる。うねうねと触手のようなものをウニのように無数に伸ばした丸い存在は、村をつぶすように、触手を叩きつけ、自らもごろごろと転がる。
そのたびに、建物はがれきと化し、人々の悲鳴がいたるところで上がる。
建物の陰に倒れた彼は、それらすべての凄惨な出来事を見ていた。
今まさに、か弱い悲鳴が彼の近くで上がった。
目の前で、少女が誰かの手――間違いなく人のもの――によって息絶えたのだ。
シキは自らの絶叫で目を覚ました。
飛び起きるなり、周囲をぎょろぎょろ見回す。狭いカプセルホテルの一室と、そこにポツンと置かれたスーツケースが目に入った。
それをじっと見たシキは、大きく溜め息をついた。
すべては夢だった。
「夢でよかった」
ベッドを降りたシキは窓に近づいていって、締め切ったカーテンを開く。差し込んできた日差しに思わず、目をすがめる。
窓の外には青空と、柔らかな日差しの降り注ぐ日本の首都が広がっている。ビル群が天へ競ってそびえたっているかのような東京の一画へシキの目は向く。
その建物こそは警視庁。
シキが向かわなければならない場所であった。
おろしたてのスーツを着込んだシキは、スーツケースをごろごろ転がしながら、警視庁の中を移動する。手には手紙が握られている。そこには、実に達筆な字で公安六課まで来るようにと書かれていた。封筒には達筆すぎて読みにくかったが、辞令とあった。
しかし、公安六課というのが、そこには書かれていなかった。シキは警察官というわけではない。警視庁に来るのだって今回がはじめてのことだ。警視庁がどのような間取りであり、どこにどんな部署が存在するかなんて知らなかった。
道行く刑事らしき人々へ手当たり次第に質問してみたが、収穫なし。公安部というものがあり、そこにいくつかの課があることまで知っている人は多くいた。だが、その先となると、知っている人は少ないらしい。
どうしたものかと立ち尽くしていると、警視庁のお堅い雰囲気からすると浮いた人物が二人、シキの視界に飛び込んできた。
一人は光り輝くほどに頭を丸めたスキンヘッドの男。
もう一人は、幸の薄そうな少女。
シキは、両者を見比べる。男の方は真っ黒なスーツを身にまとっており、その眼光は柔らかだが、何を考えているのかわからない。ヤのつく職業と言われても信じてしまいそうだ。少女は、影が薄い。黒のワンピースに身を包んだ彼女は、影が歩いているみたいに足音がしなかった。
シキはしばし考えて、少女の方へと声をかけた。
「あの、お嬢さん。ちょっと質問したいことがあるんだけど、いいかな」
少女がシキを見上げる。緑と赤の瞳が、シキのそれを射すくめた。オッドアイという事実に驚いただけではない。何かぞわりとしたものが体中を駆け巡ったような気がして、シキは身を硬くする。
「なに」
「あー、えっと」言葉がついてでてこないことに驚きながら、シキは手を叩く。「そうだっ、思いだした! 公安六課ってどこにあるか知らないか?」
知ってるわけないよな、どうしてオレはこんな子どもに声をかけてしまったのだろうか。そのようなことを考えたシキだったが。
「こっち」
「へ?」
歩き出していた少女が、シキを振り返って言葉を繰り返した。
「六課はこっち」
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